白黒斑

 給料日にカスミちゃんへ貢いでハメを外しすぎて寝ゲロしてクソメガミ ビッチとヤッて、と順を追って話をする。俺がカズマに話すのは定めだったかのようにするすると言葉が口から流れた。

「……で俺はシロを育てている。もう1度クソメガミ ビッチとヤれるけどどうだって言われたら鉄アレイをヤツの顔面に投げつける事も厭わん」

 俺は天に向かって両手で中指を立てた。養育費をもう1回寄越せ。頼むから。2回でもいいぞ。

「カミサマに向かってその態度はダメなんじゃないかと思うが……」

 俺の手を下ろそうと自分の手をのばすカズマに向かって俺は吠える。

「クソなもんはクソなんだ。上に行ったからってクソな世界に変わりはない」

「マジかー」

 カズマと俺とで天を仰ぐ。

 しばらくふたりで穴の空いた天井を見ているとカズマが

「吸ってもいいか?」

 とジャケットの内ポケットからシガーケースとマッチを取り出してぴこぴこと振った。

 俺が頷くとカズマはケースから煙草を取り出してマッチで火を着けた。

 カズマの吸う煙草の匂いは正直言って苦手だ。

 でも、数少ない友人でしかも筆頭だと言ってくれている手前、割り切って好きに吸わせていた。まあなんて定番の嫌と言えない日本人でしょうか。

 カズマが吐き出した煙がいつも俺にまとわり付くのが嫌だった。しかし、今吐き出された煙はきらきらと煌めき俺にまとわり付くこと無く周囲に広がった。

「フミさん。俺がこれを吸うの嫌だったでしょ」

 2本の指で挟んだ煙草をカズマが揺らす。俺は静かに首を縦に揺らした。

「そりゃそうだよ、フミさん。俺が煙で巻いて無ければ堕ちる所だったんだから。いやホントに」

「堕ちる? なんだそれ」

 堕ちるってなんだ?

「フミさんは、アダムとエヴァの話知ってるか?」

「ああ、蛇に唆されて楽園追放の話だろ? それが人類最初の罪だっていう」

「昨日、フミさんに言ったオーラの話。あれ、実は誤魔化した部分があるんだ」

 首をかしげる俺にカズマは一呼吸置いて

「人間にはさ、蛇が巣食ってるんだよ。誘惑の蛇。フミさん蛇はオーラを吸ってやばいくらい成長しててさ、女神様はそれにシロちゃんのちからを喰わせる気だったと思う。だから”殺さなきゃ何してもいいわよ”だったんだろうね」

 と苦い顔をした。

 俺が、シロを、喰う?

 殺さずに、喰う?

 どうやって、どうやって喰うのか。

 食べるって言ったら食べるんだ! 左から黒い俺が言う。

 おいしく、おいしく熟成させて食べるんだよ! 右から白い俺が言う。

 今日の分は浄化されたんじゃねーのかお前ら。

「死んだシロを喰う以外の喰うってどうやって喰うんだ?」

 率直な疑問だった。しかし、それを聞いたカズマの顔からは表情が消えた。

「フミさん、修行が進みすぎてるよ。早い、早すぎる」

「は? 修行? んなもんしたこと、無い……」

 俺の背中に冷たい物が流れ左右の俺が食べろ! 食べろ!と騒ぎ立てる。壁の向こうで何かが起きている。

 俺はカズマを押し退ける様に扉を開き中に飛び込んだ。

「シロっ!!」

 入ると同時に声を張り上げる。ワンルームの一番奥でシロが倒れていた。

「おい! シロ!! だいじょう、ぶ……か」

 靴を脱ぎ捨て駆け寄ると白い毛の根本から黒い毛が伸びていた。肌もじんわりと黒く染まっていっている。

「おい! フミさん! どうした? いきなり駆け込ん、で」

 抱き上げたシロの額を擦りながら俯く俺を見てカズマが声のトーンを下げて言葉を続けた。

「フミさん、シロちゃんのシャツ捲ってもいいか?」

 俺はしっかりと頷けたのだろうか。気が付けばカズマの手が白黒斑になったシロの腹の上にあった。その顔は真剣だった、と思う。

「フミさん。俺、失敗し しくったかも。シロちゃんのちからを隠してあげようと聖木の煙で結界つくったのがダメだったみたいだ」

 だらりとシロの腕が落ちる。

「シロっ! 死ぬな!」

 声を張り上げる俺をよそにシロの全身を黒が覆ってゆく。

 完全に黒く染まり、髪が部屋の床を全て覆うように伸びると俺の腕の中から、黒くなったシロが消えた。


  そして、俺の背後、シンクの方からくつくつと笑い声がした。シロの声より低い音程で、でもシロを思わせる可愛らしい声。

 その声は言った。

 

 おはよう。トウサマ、と。

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