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「さてにゃ……」
キナナ先輩が、よっこいしょと言う感じで、立ち上がった。
「どうしたんですか?」
「くっさいのひねり出すんだろ、察してやれよ」
「あ、そっか……」
過奈の発言に、確かにその通りだと思った。
「ち、ちがうなりよー! わ、私はそんなことしないなり!」
顔を真っ赤にしているのは、キナナ先輩。じゃあ、食べたご飯はすべて消化されているとでもいうのだろうか。それとも、手のひらに岩塩みたいになって出てくるとでもいうのだろうか。
「電話してくるんだよー」赤根先輩がフォローする。まるで優しい先輩のようだ。金にがめついくせに。「そうでしょ、キナナちゃん」
「そうにゃりー、そろそろ部長に電話しないと……後がないなりよ」
「後がない?」
「一勝一敗一引き分けだから、次勝ったとしても二勝一敗一引き分けになるわけだろ、つまり、その次、ミトンが負けたら二勝二敗一引き分けで、引き分けになるってことだろ」
「あ、そうか……」
モグラ叩きを触ったこともほとんどない私が、部長に勝てる見込みはまったくない。
「ちなみにその場合は、補欠対決になっちゃうなりよー、でも、こっちはすでに補欠が出てる状態ににゃるから、あっちの補欠がステージの上に出てきただけで負けちゃうなりー」
「な、なるほど……」
まわりを見渡しても、誰も補欠っぽい人は居なかった。
「向こうに、補欠は居るんでしょうか?」
「会場には居るみたいだよー」
赤根先輩が会場を見渡す。
「さて、じゃあちょっと電話してくるねー」
「あ、すみません私も電話」
私もキナナ先輩についていくことにした。
「おう、しっかりひねり出してこいよ」
「ふぅ~」
過奈に言われたように、しっかりひねり出した後にトイレから出ると、キナナ先輩が神妙な面もちで電話していた。
「ごめん、ちょっと用事が……まだ、もうちょっとだけかかりそう……」
携帯電話から聞こえた声は、やはり、あの声はどこかで……
「と、とにかくにゃりですけど、急いでくださいなりですよ~」
キナナ先輩、独特の口調と敬語が重なり、もはや意味が分からない言語になっていた。そんなことはどうでもいい。
「どうですか?」
「うーん、ぎりぎり間に合うかもって言ってにゃー……でも実際のところはどうなるか分からないなり」小さなため息を挟んだ。「あきらめて会場に戻るにゃ~」
「あ、すみません」律儀に挙手をしてしまう。「実はちょっと思うところがあって、私も電話していきますね」
「分かったにゃり、会場に戻っておくなりね」
そう言って、帰ってしまった。本当にひねり出さなくで大丈夫だったのだろうか。
「さて……」
会場に戻ると、まだ副将戦は始まっていなかった。
「よ、よろしくおねがいします」
鮎先輩の横に立っている小さな本をかかえた少女は、馬路さんや赤根先輩よりは身長が高いものの、小動物のようにプルプルとふるえていた。鮎先輩も緊張しているが、あちらも相当緊張しているようだった。
「大丈夫だよ、緊張せずにがんばってね!」
先ほどのお金ばらまきプレイが無かったのように、フェアプレイを心がける優しい先輩みたいな面をしている馬路さん。何が絶対財産(マネーゲーム)だ。
「もしかして副将の人って一年生ですか?」
「そのとおり、大豊一子ちゃんだよー!」
金にがめつい先輩が答えてくれた。
「一年で副将ですか……でもまあ、鮎先輩が一年生に負けるってことは、無いですよね」
「いや、どうかにゃ?」
「といいますと?」
まさか、キナナ先輩のように「うんこ」と呟かれて負けるようなことは一般的には無いと信じたい。
「相手は、副将が鮎ちゃんだと知ってるはずなんだよ~」とか、言い出したのは、やけにポケットが膨らんでいる赤根先輩。「なのに、わざわざ一年生をぶつけてきたってことは」
「何かあるってことですね……」
ポケットの中にも何かありそうだけれども。
「多分、一筋縄ではいかないにゃ」
あの馬鹿力で叩くだけの、落下する絶望(メテオ・ストーム)に対抗する手段なんて、あるのだろうか。ステージの二人は実に対照的だ、おそらく緊張しているであるけれども無表情のまま突っ立っている鮎先輩。
一方、対戦相手の大豊さんは、きょろきょろと周りを見渡し申し訳なさそうにしている。
よく見ると、本をかかえている。文庫本サイズの絵本のようだった。
「よ、よろしくおねがいします!」
やたらアクションの大きな挨拶に、鮎先輩が「よろしく」とだけ呟いた。
「では、副将戦」審判がカウントをはじめる。「3……2……1……0!」
勝負の開始とともに、両手の拳を作る。
落下する絶望(メテオ・ストーム)のフォームに明らかに会場の空気が変わる。しかし、その手がなかなか振り下ろされない。
一方、大豊さんのほうも、なぜか本を開いた状態でモグラを叩こうとしない。ただ、なにやらぶつぶつと言っている。
「かわいそうなモグラ」
静まりかえった会場で、大豊さんの声が耳に届いた。声量はあまりないが、はっきりとして、可愛らしい声。春キャベツがアナウンサーになったような、素直な声だった。
「かわいそうなモグラは、動物園の人気者でした」
意気揚々と本を朗読しだす大豊さん。
「な、なんですかあれ……」
横を向くと、二人の先輩が険しい表情をしていた。
「あれは言語幻惑(ストーリーテラー)のだね~、でも、なんで福祈にアレが使える人がいるの~?」
指を顎もとにあて、首をひねる赤根先輩。
「いや~、あんなルーキーが入ってくるとはにゃ~」口調こそキナナ先輩そのものだったけれど、表情は険しい。「しかもよりにもよって鮎ぽんにあたることににゃるとは困ったなり」
「鮎先輩だと問題なんですか?」
見てれば分かるよ、と言わんばかりにステージを向く先輩達。
「モグラのモグたんはいつもみんなの人気者。おかげで、動物園は大盛況。モグたんは、お客さんに勇気と笑顔を与えました」
なんだか、どっかで聞いたような話なんですけど。
「これってモグラでしたっけ? なんだか私が聞いた時、別の動物だったような気がするんですけど」
「だけど、動物園の近くにでっかい遊園地ができると徐々に、お客さんが減っていきました。やっぱり、遊園地だよな~。こんなモグラをみるよりもジェットコースターに乗るほうが楽しいぜ~。などと、あんなに毎日通っていた子供たちも、毎日ジェットコースターにのって、動物園にはあらわれなくなりました」
「すみません、なんだかすごくしょうもない話なんですけど……」小声で先輩達に聞いてみる。「あの話になんの意味が」
「鮎ぽんの動きが止まっているのはにゃ~、あの話、言語幻惑(ストーリーテラー)のせいにゃりよ~」
「え、なんですか? 鮎先輩は、しょうもない話をされているときに動くと、死に至る病なんですか?」
「違うよ~なんでミトンちゃんは、すぐ死に至る病に侵そうととするのかにゃ?」
「深い意味はないんですけど……」
「鮎ちゃんはね、すごく感受性が豊かって言ったよね~」
「確かに……まさか感受性って!」
思わず、鮎先輩を凝視する。
まさか……まさか……いや、でも……まさか……本当に……あのくだらない話に、感銘して……モグラが叩けなくなっているってこと……?
「部長が言ってた話なんだけど、鮎ちゃんと部長は小さい頃から仲良しだったんだけど、鮎ちゃんがすごい泣き虫だったから、いろいろからかわれて、徐々に感情を表にださなくなったんだって~」
「じゃあ、この話が、モグラが主人公になっているのは?」
「モグラをたたけなくするために、アレンジしてるにゃー」
「な、なるほど」
納得してみたものの、この話を聞いてモグラが可哀想になって叩けなくなるという鮎先輩の精神構造は理解できなかった。
「何がおこってるんだ?」
特にこの、過奈とかいう鴨を見ながら鴨鍋を食べれそうな人には決してわからまい。
「現に、鮎ぽんのスコアはゼロなりよ」
「確かに……」
「でも、おかしいよ~」おかしいのはお前の金銭感覚だよ。赤根先輩が首を傾げる。「大豊さんのスコアもゼロなんだよ~」
確かに、スコアはお互いゼロのまま微動だにしない。モグラの人形だけが上下に動いていた。
「あっちはモグラを叩かないんですかね?」
「きっと、あの一年生の言語幻惑(ストーリー・テラー)は未熟なんだよー」指をくるくると回して、上空をかき回すような仕草をとった。「もともと鮎ちゃんを引き分けにもつれ込ますための作戦だったんだねー」
「なるほど」
ステージではまだ、大豊さんの朗読が続いていた。しかし、話はしょうもなさの域を越えている。言語幻惑(ストーリー・テラー)というのは、本当に鮎先輩以外に意味があるものなのだろうかと疑ってしまう。
「だけど、モグたんは悲しみました。一生懸命穴をほって、その土が上空に跳ね上がる様子を、自分の地位向上に重ねたりもしました」
ずいぶんといやなモグラだ。
「だけど、客足は途絶えに途絶え、もうモグたんの餌代も払えない経営状況になってきました。園長も失踪。ついに潰れることになりました。」
鼻をすする音が聞こえる。
「まさか、鮎先輩、こんな話で泣き出さないですよね……」
「泣く? 何の話だ? あっちは何をさっきからぶつぶつ言ってるんだ?」
やはり過奈は状況を理解できていない。出来るほうがおかしいとも言える。
「飼育員の人が、かすかに見えるジェットコースターを指さして言いました。僕が悪いんじゃない、あの遊園地が悪いんだ。といって、餌をさしだしました」
飼育員もずいぶんややつだ。
「だけど、モグたんはそれに毒が入っていることをなんとなく分かってしまったのでしょう。もう最終手段しかない、そう思い、飼育員が注射器を持った時、ちょっと待った!という声が聞こえたのです」
「うわああああああ!」
鮎先輩が叫んだ。
いつもの、MIDIにすると一本線になりそうな抑揚の無い声とは違う、感情の籠もった叫び声だった。
「まさか、大声で彼女の言語幻惑(ストーリー・テラー)を打ち消すつもりなんでしょうか?」
「そうかにゃ……?」
キナナ先輩が首をひねる。
そして、鮎先輩は、ついに大きく両手を振り落とした。落下する絶望(メテオ・ストーム)が炸裂し、会場は大きく揺れ、大幅にスコアが伸びる……はずだった。
笛の音が、終了を告げた。
「間に合ったんですか?」
「いや……」
スコアを見ると、鮎先輩のスコアは0のままだった。大豊さんは、その場に座り込んでおり、スコアは1になっていた。
鮎先輩が振り向く、無表情だけど涙を流していた。本当に、自分でも涙を流していることに気がつかないといった様子。
「叩けなかったんですね……」
両手は、モグラの穴とは異なる部分に落下していた。その結果、初めての味わった落下する絶望(メテオ・ストーム)の衝動に、驚いた大豊さんは、本を落としてしまったのだろう。
文庫本サイズの絵本がは、大豊さんとは少し離れた位置に落ちていた。よく見ると可愛らしい本で、モグラさんの絵が可愛らしく乗っていた。きっと作中に出てきたもぐたんだろう。
「本があたって、1点入っちゃったんですね……」
あの落下する絶望(メテオ・ストーム)の鮎先輩が、まさか0対1という結果で負けてしまうとは。
「ほら、拭けよ」
鮎先輩にハンカチを渡したのは、過奈。
「ごめん」
ハンカチをうけとって、涙を拭くとすぐに座ってしまった。いやいや、感動的な話みたいになってるけど、泣きたいのはこっちのほうだから、とはとても言い出せない空気だった。
「いい勝負でした! ありがとうございました!」
言語幻惑(ストーリーテラー)の使い手、大豊さんがこっちを向いて、深々とお礼をした。
いやいや、全然良い勝負じゃないから。むしろ、しょうもない勝負三連続でしたから、とは誰も言わない。私だけが心が荒んでいるのだろうか。
「部長はまだですか?」放心状態の鮎先輩の体を揺さぶる。「魂戻ってきましたか? 早く部長を呼んでください!」
「モグたん」
「モグたんはあの後、強靱な肉体を手に入れて、今はたとえ陸軍の総攻撃を受けようとも屈しない力を手に入れたんですよ!」
「そうなの?」
放心状態から少し戻ってきたようだ。
「そうなんですよ、モグラ叩き部の部長に叩かれることでさらに自分の肉体を鍛えようとしているんですよ。そんなモグたんの願いを叶えるべく、早く部長に電話をお願いします」
「わ、分かった」
「ふぅ……」
なんとか説得に成功したように、電話を取り出す鮎先輩。
よし、これでなんとか部長は来るはずだ。
副将戦が始まる前、姉に電話した時のことを思い出す。
「鈴姉」
「どうしたのミトンちゃん! 電話の電源切ってたでしょ!何度電話したと思ってるのよ」
「ちょっと聞きたいことがあるんだけど、いいかな?」
「何、どうしたの? どんな質問にも自分に都合が悪くない限りは、何でも答えてあげるよ!」
「お姉ちゃんってもしかして部長?」
返事は帰ってこなかった。宣言通り、自分の都合が悪い質問には答えない所が、実に鈴姉らしい。
「部長だよね?」しばらく待ってみたが、やはり返事が帰ってこなかった。「お姉ちゃん、今日は大会なの知ってるよね? 早く、会場に来てよ。部員のみんなが困っているみたいなんだよ」
「会場……」
「あの、昔お姉ちゃんと一緒にプリクラ撮ったゲームセンターだよ。お姉ちゃん覚えてるよね」
「うん……」
「みんな待ってるから、早く来て。部のみんな、待ってるから……」
小さく「分かった」と聞こえて、電話が切れた。
あの電話から、副将戦を挟んでいるのでおおよそ3分くらい経過しただろうか。姉は当然、現れない。
「気が付くのが遅かったのかな……」
「電話にでんわ」
親戚のお子さんが言っていたら軽く注意するレベルのくだらないダジャレが、鮎先輩の口から出てきた。
向こうはスタンバイは完了しているらしく、福祈の部長、北川右右子さんが、つまらなそうに携帯電話を触っている。
「いや、もう少し……もう少しで部長来るんですよ」
「なんでミトン君がそんなことを?」
「私には分かるんですよ!」
お姉ちゃんは何をやってるんだろう。もう少し早く気がついていれば、一緒につれてくることも出来たのに……
「過奈ごめん、ちょっと、とりあえず時間稼いできて……」
「無茶いうなよ」
「いいから早く、もうすぐで部長くるんだから!」
なんだかもう、面倒になってきたので、過奈をステージに押し出す。
過奈は、ステージの上に立つと、「今日は私のワンマンライブに来てくれてありがとう」とか言い出した。
さすが親友。
いざというときは頼りになるやつだ。
ワンマンライブは失敗に終わり、観客に多大なる不快感を与えたが、時間稼ぎとしては有力だった。
「ちょっと、早く大将だしてほしいんですけどー!」
大川さんの罵倒が飛び出す。
おじいちゃんの痰みたいなワンマンライブを終えたにも関わらず、どこか満足げな過奈が「私のワンマンライブがみれたのに何、文句言ってんだ!死ね!」と、反論した。
「えぇ……」
大川さんも、あまりの理不尽さに戸惑っていた。
「ひぇー」
言語幻惑(ストーリーテラー)の大豊さんに至っては、耳をふさいでガタガタとふるえている。お姉ちゃんはまだ来ない。
もう腹をくくって、とりあえずやれることだけやるしかないのか。
審判が「あの、そろそろ……」と言いながら、過奈に近づく。意外とモグラ叩きの審判は大変そうだ。
お姉ちゃんはまだ来ないのかな……
「どうですか?」
「下手」
鮎先輩が正直に答えてくれた。別に、過奈の歌唱力に関して聞きたかったわけではない。
「そうじゃなくて……」
「だけど感情のこもった良い歌だった」
「そういう意味でもないです」
「もう、諦めるしかない」鮎先輩が呟いた。「部長は間に合わなかった」
その時の彼女は、やはり無表情だった。
「先輩……」
その瞬間、静まりかえっていたゲームセンターに、入り口のほうから声が響いた。
聞き慣れた声。
「お待たせしました!」
私は思わず振り向いた。
「お姉ちゃん!」
そこには……姉が立っており、颯爽とこちらに向かって歩いてきた、ような気がしたけど、それは気のせいだった。
まず立っていたのは、全然違う人。
「やっぱり、あの声、あの時の店員だったのか!」
過奈が指差した先には、ドアにもたれ掛かるようにポーズをとっているショッピングモールのウェブデザイナーになりたい店員さんが居た。
「ごめん、バイトで遅れた!」
「あれ? お姉ちゃんは?」
「お姉ちゃん……? 何言ってんだ?」
「え、いやだって……部長って鈴姉のことかと思ってたんだけど……みんな気がついてないだけで……」
「それなら先輩達が、名字で気がつくだろ」
「あぁ……」
そりゃそうかな、と納得した。
「え、じゃあ鈴姉、どうしよう……」
意味もなくゲームセンターに呼ばれている鈴姉は、今頃、自転車で必死こいてこっちに向かっているかと思うと申し訳ない気分になる。
「お待たせしたわね」
このウェブデザイナーになりたい、ショッピングモールの店員……改め、部長である。
「私が、北宿毛女子の安芸秋(あきあき)です。あの時のお客さんじゃないの、偶然ってすごいと思ったわぁ~」
「えっと、津野ミトンです。部員ではないんですけど……、えっと、あきあき部長ですか?」
「そう、安芸秋(あきあき)、変わった名前……はお互い様かな? そっちは?」
「ああ、大月過奈だ」
「もう茶番は終わったかしら?」
向こうの部長が、携帯電話から目をはなさずに、興味なさそうにステージに立った。
「ちょっと、携帯電話は……」
審判に申請するように携帯電話を見せる。一応、それを筐体に触れないのであれば金属を使用していても構わないんだったっけ。
「これが私の武器です」
「はぁ……」
モグラ叩きの審判とは、私達が想像しているより遙かに大変なものなのかもしれないと思わされた。
「今あいつ、私のライブを茶番とか言ったか?」
「過奈、話がややこしくなるからやめて……」
過奈はおとなしく座っている。不機嫌そうな顔を作ってはいるものの、どこか満足そうだ。ワンマンライブの後だからなのか、部長が来たからなのかは分からない。
「しかし部長、汗びっしょりですね……」
白いシャツに、ジーンズ。今までその上にユニフォームを来てアルバイトをしていたのだろう。それにしても、びっしょりでブラが少し透けて見えるくらいだ。
「大丈夫、水分補給はしてきたからね」
二人がステージの上に立った。
ワンマンライブが挟んでしまったが、ついに大将戦が幕をあげる。モグラ叩き部の部長二人が、いったいどんな勝負を繰り広げるのだろう。
「でも、これ勝っても引き分けになりますよね?」
「まあね、だからミトンぽんも準備しといたほうがいいなりよ」
「えぇ!」
思わず声をあげてしまった。
そうか、補欠同士の戦いになるんだった。
「そ、それより、部長は武器を使わないんですか?」
「そうにゃり、過奈ぽんと同じ……」
そこで審判のカウントが始まってしまったので、キナナ先輩はしゃべるのを中断した。
過奈と同じ。
一体何が同じなのだろうか。部長も、過奈のように近所のやかましい犬に生卵をぶつけて怒られたことがあるのだろうか。
「3……2……1……スタート!」
カウントが終わるとともに、部長がすごい勢いでモグラを叩き始めた。
「な、なんですかあれ!」
「すごいんだよ部長はー!」赤根先輩がうれしそうに語る。「すごいいっぱい、手数を増やして、どんどん点数をあげていくんだよー」
「そうなんですか……」
部長の発汗量が徐々に増えている。そしてどんどん点数が増えている。
一方あちらの部長、北川さんは、携帯電話をずっと触っていた。モグラ叩きに触れるつもりも無いらしい。
「やる気ないんでしょうかね……?」
「過奈ぽんの、歌で心が壊れちゃったのかにゃー?」
「今、失礼なこと言わなかったか?」
過奈がキナナ先輩を容赦なくにらみつける。
インフェルノの北川右右子、一体何をしているのだろう。あちらの部員達も、誰も注意をしない。
こちらはどんどん点数を重ねていく。
「さてと、こっからが本番だ」北川さんが携帯電話から、一瞬と目を離した。「点火……!」
彼女がそう呟いた瞬間、スコアが上がった。
それも尋常じゃないほどに一瞬で、
「ええ、今、筐体に触れてもいないのに!」
「スコアがあがったな」
あの異常光景にも過奈は冷静だ。というか満足げだ。
「なに、ワンマンライブに満足してるの……」
「やっぱ向いてるんだろうな」
何が、何に、向いているのか私には理解できなかったが、スコアには213と表示されていることは理解できた。
「携帯電話に触ることで、何か点数とのつながりが?」
「分からないが、筐体を見てみろ」
なんと、北川さんの筐体からモグラ達が出てこなくなっていた。それなのに点数は、少しずつ上がっている。
「携帯電話にインフェルノにゃりか……もしかして……」
「へぇ、さすが間違い探し(スポット・ザ・ディファレンツ)のキナナ東洋さん。もしかして、気が付いたのかしら?」
ステージの上の北川さんと、キナナ先輩の目が合う。
「モグラに精神的に、ダメージを与えているってことにゃりね?」
「その通り、モグラ叩きが、物理的にダメージを与えるのみなんて誰が決めたの? 叩くのは口頭でも出来るでしょう。もちろん、インターネット上でもね」
「にゃるほど、インターネット上のオピニオンリーダーとしてコミュニティを形成することで、ある程度自分が思う相手を常に叩けるようにしているにゃりね」
「そう、ユビキタスネットワーク社会において、物理的にモグラを叩く必要なんて無いのよ」
まったく話についていけない。
「何の話だ?」
「さぁ」
過奈もよく分かっていないらしい。
「つまり、北川さんは、インターネットを使ってモグラを叩いているにゃりよ。それこそが彼女の能力、炎上(インフェルノ)だにゃ~」
「炎上(インフェルノ)って……つまり、彼女がずっと携帯電話を触っているのは」
「いろんな人と仲良くしておくんだよー」赤根先輩が、かみ砕いて説明してくれる。「そんでね、いざモグラ叩きが始まるとモグラの悪口を書いて、みんなで共有するってことなんだよー」
「まあ確かに、それだともぐら”叩き”ってわけだな」
いやでも、モグラの悪口が広まることによって、スコアが増える理屈が分からないけれども。
「しかし、何を書いているんだろ」
「悪口っていうからには……モグラは茶色いから、うんこを体中に塗りつけているとか」
「ひぇええええ!」
耳をふさぐキナナさん。
それはともかく、一分くらい経過しただろうか。折り返しだというのに、もう北川さんのスコアは300になろうとしていた。
部長も、200台にはなっている
「ま、負けそうですね……」
「いや」
「大丈夫なりよー」
「余裕なんだよー」
この点数差でも、動じない三人の先輩。
「そうは言っても……部長は汗だくじゃないですか。何か策があるんですか?」
「次鋒、中堅、副将と、弱点をつかれたり相性が悪かったりだったんだけど、最後は相性が良かったみたいだよー!」
赤根先輩が答えてくれた。
「見てれば分かる」
鮎先輩は、ステージからいっさい目を離さない。きっと、部長のことを信じているのだろう。古いつきあいだと言ってはいたし。
「じゃあ、そろそろ私も暖まってきたかな」
部長が何を思ったのか、急に頭を振り始めた。まさかこのまま頭突きでダメージを与えるんじゃ。
「部長って、石頭なんですか?」
「違う」
部長をよく見ると汗が飛び散り……
筐体の上に虹が架かった。
「なんですか、あれは……」
昼下がり、チューリップにじょうろで水をあげた時に出てくるようなミニサイズの小さな虹だった。
「あれが、部長の能力、空に架かる小さな七色(オーバー・ザ・レインボー)」
「あれが……」
汗が飛び散りキラキラと輝き、色彩を放つ小さな虹は、とても綺麗だった。
「すごいな」
「空に架かる小さな七色(オーバー・ザ・レインボー)に敵はない」
なんだか虹が出てきて綺麗だから勝ったみたいな流れになっているが、おかしくないかな。
「いや、確かに綺麗ですけど……勝敗に何の関係があるんですか?」
虹は消えることなく、部長がキラキラと輝いている。
「筐体を見てれば分かるなり」
キナナ先輩が、誇らしげに語っている。うんこで引き分けた人とは思えない。
「筐体を?」
モグラ達は、部長のほうにしか出てこない。相変わらず、北川さんのほうにモグラは出てこずに、スコアだけが上がり続けている。
差は開かれるばかりだ。
「何かおこるんですか?」
「もうそろそろだよー」
赤根先輩が楽しそうに答える。
すると、虹がさらに大きくなったかと思うと、一斉に穴から飛び出してきた。部長のほうも、北川さんのほうも。
そして、穴に戻ることが無く、叩かれてもずっと戻ることなく
「なにがおこったんだ?」
「過奈ぽんは虹が好きかにゃ?」
「別に好きじゃない」
「ワタクシは好きなんだよー」
赤根先輩が手をあげて発言する。
「赤根先輩の好きなのは、金だろ」
「お金も好きだけど……」いじけたように、口を膨らませた。「そうじゃなくて、虹が好きな人は多いんだよー、それは動物だって、それを模した無機物だって同じかもしれないんだよー?」
「動物に模した無機物……ということは……」納得はいかなかったが、一応の理屈だけは分かった。「もしかして、モグラ達は虹が見たくて、穴から出てきてるってことですか?」
「そうにゃりよ。それも、炎上(インフェルノ)なんて忘れられるくらいになり、それが、空に架かる小さな七色(オーバー・ザ・レインボー)」
よくよく見ると、あっちのスコアが止まっている。モグラ達が一斉に出てきて以降、一点も増えていない。
そして、穴に戻らなくなったモグラは、部長の手によってすさまじい早さで叩かれている。
点差がどんどん縮まっていく。
「そんな馬鹿なこと……」
呟いたのは、北川さん。
あわてて携帯電話を触っているものの、スコアはこれ以上増える様子がない。
「炎上(インフェルノ)面白い能力ね!」
部長は、北川さんに向けて笑った。そのとき、ついに部長がスコアを抜き返した。
「何それ、余裕のつもり?」
「モグラを精神的に叩くなんて、よく考えたわね」
「あんたに何が分かるのよ」
北川さんは、ついに携帯電話を触るのをやめてしまい、目の前に出来た大きな虹を見つめている。
「分かるわ。少なくとも、どんな嫌なことがあっても、綺麗なものを見ていれば心は洗われるってことくらいわね」
「あっそう」
北川さんはまだ時間が来てないというのに、自分の席に歩いていった。
「もう戻るの? まだ勝負はついてないじゃない」
何も言わずに立ち去っていった。それを見て、部長は手を止めて自分の席に戻った。
「えーっと……」
一応はタイムアップまで待った審判が笛をならした。
スコアは632と599でこちらの勝ちだ。
「スコアすごいですね……」
「部長はすごいんだよー!」
「いやあ、それほどでも無いよ」
頭を掻いて笑っている。
「ところで部長、重たいんですけど」
「乙女に向かって、重たいは禁句よ」
「いや、そういう意味じゃなくて」
部長が自分の席に戻ったということは、補欠用の椅子が無くなることになる。そのことを考慮してくれたのか、ただの嫌がらせなのか、椅子に座っている私の上に、部長が座っている。
「しかし……やっぱりこうなちゃったというか……」
今の対戦成績を表示してくれるボードみたいな便利なアイテムは無いが、私の記憶が確かなら二勝二敗一分け、つまり勝負がついていないことになる。
「じゃんけんとかか?」
過奈は全然話を聞いていない。
「補欠同士の対決になるんだよー、地区予選は登録の必要がなくて、同じ学校の生徒で、参加した五人以外だったら誰でもいいんだよー」
「ということは……?」
「ミトンだろうな」
過奈の視線が痛いので、目を反らした。やっぱり私になるのね。
「福祈は誰を出してくる?」
すると、福祈の部長である、北川さんが立ち上がった。携帯電話から珍しく目を離している。
「棄権するわ」
「部長……」
大川さんが悲しそうに見つめている。
「私達、福祈のモグラ叩き部には五人しか居ないの、だから、残念だけど、今回は棄権させてもらうわ」
そういって、携帯電話に顔を落とそうとした時、会場から叫び声が聞こえた。
「私が居ます!」四万十青さんだ。「私も福祈の生徒です!」
「だめだ」
「あんたじゃ、どーせ負けるから意味ないんですけどー!」
北川さんと、大川さんが否定している。
「何だか向こう、話がややこしくなってますね」私の上に座っている部長に話しかける。「ところで、早くどいてもらっていいですか?」
「彼女は四万十青さん」
「知り合いですか?」
「彼女は有名人よ。特に福祈ではね」
「戦力外だから、入部させていないって聞きましたけど」
「多分、そういうことにしたかったんでしょうね。でも、実際は違うわ」
「どういうことだ?」
過奈の質問に、部長は首を振って答えてくれなかった。答えなくてもいいから、はやく、どいてくれないだろうか。
「去年の地区予選突破校が、一回戦敗退だなんて、そんなのだめですよ!」四万十さんが、北川さんに言い寄る。顔がくっつきそうなほどの至近距離だった。「私を参加させてください」
「うっ……」
北川さんは、彼女の発言にショックをうけたのか、よろめいてその場に倒れ込んでしまった。
「部長……」大川さんが、二人の間に割り込む。「参加してもらいましょう!」
「大川……」
「私耐えられません……部長も、もう耐えられないでしょう……? 無理なんです私には……」大川さんが涙を流した。「今回だけでも参加してもらったら、彼女も納得するでしょう」
「分かった……」
四万十さんのほうを向いて「補欠、頼んだ……」とだけ言うと、椅子に倒れ込むように座ってしまった。携帯電話を落としてしまったが、それを拾うことすらしなかった。
「何がおこってるのかな?」
「さぁな、とにかく、お前はあいつを倒すしかないんだろ」
「倒すって……、なんだか、訳ありな空気がするんだけど……部長は何か四万十さんについて知らないですか?」
「知ってるわ、彼女は……特殊すぎる」
「特殊すぎる?」
今までのモグラ叩きも十分特殊すぎると思うんですけど。小さな虹が、まだ彼女の周りにかかっている。
「とにかく、もし何かあればすぐに棄権することね」
「何かって……どういう意味ですか?」
「言葉の通り、命が危険だと思ったらという意味よ」
物騒なことを言っているが、冗談じゃないことが表情から読みとれる。
「本気……なんですね……」
ステージに立つと、少し緊張してしまった。なにせこんな舞台、小学生のころの朗読コンクール以来だ。
「がんばるなりー」
「頑張ってだよー!」
キナナ先輩と赤根先輩が手を振って、応援してくれている。
ステージの上には、すでに四万十さんが待機していた。
頑張るって、いったい何を頑張れば勝てるんだろう。
「今日は、あの衣装じゃないんですね、用水路の野良モグラ叩き場で見たときびっくりしました」
「今日は一応、学校の生徒として来たからね。制服なんだよ」四万十さんに一歩近づく。「なんで、福祈のモグラ叩きの味方をするんですか?」
ふぅ、と可愛らしいため息をもらした。
その瞬間、世界が変わってしまった。ドス暗い、ヘドロのような霧に囲われて、そのまま地獄にたたき落とされたような感覚。馬糞の天ぷらを、散乱銃に詰め込んで乱射されたようなおぞましい感覚。
「私はね、モグラ叩きが好きなの。みんなと、モグラ叩きが楽しめればそれでいいのよ」
審判の顔色が悪い。
おそらく、今の空気を感じ取っているのだろう。
「それでは、はじめますね……」
審判がふらつきながらカウントを始めた。
「3……2……1……スタート!」
さらっと始まったものの、モグラ叩きなんて基礎すら分からない。いやまあ、モグラを叩いたらいいってことくらいは分かるけど。
しまった、木槌くらい借りればよかった。
「えいっ!」
モグラに叩いたら、当然スコアが一点増えた。まあこれでとりあえず、鮎先輩より点数を稼いだことになる。
「いいぞー!」
過奈の応援がむなしく響きわたる。
「もしかして、本当に素人さんなんですか?」
横の四万十さんが聞いてきた。
「うん」
「そうなんですか、でも手加減しませんよ」
こちらを向いた。
まずい、明らかに今までの部員達とは、空気が異なる。
比喩表現ではなく、おそらく本当に……
「この神の息(ゴッド・ブレス)はね、私が神様から与えられた力なんです」
ふぅううと、その神の息(ゴッド・ブレス)を吹きかけられたモグラ達は、動きが鈍くなり、スコアは急激に跳ね上がった。
「すごいでしょう?」誇らしげに、笑った。「私が息を吹きかけると、なぜか点数が上がっていくんですよ」
彼女がこちらに向き直した時振り向いた時、すべてが分かった。
足下がふらついて、倒れそうになる。
空気が変わった原因は彼女の息……もっと言えば、彼女の口臭だ。神の息(ゴッド・ブレス)なんて言っているが、実際の所は、すさまじい口臭により、モグラにダメージを与えているのだ。
それも、尋常じゃないほどの、すさまじい口臭で。
「まさか……」
大川さん、及び福祈のメンバーのほうをみた。全員が、辛辣そうな顔でこちらを見ていた。
「どうしたんですか? あなたの実力はこんなものですか?」
そういって、神の息(ゴッド・ブレス)を再び吹きかけた。
「なんなりかこれは……」
ゲホゲホとむせる、キナナ先輩。過奈はハンカチで口元を抑えている。
野良モグラ叩き場で、誰も人が来なくなったのは、おそらく彼女のせいだったんだ。それを庇っていたのが、大川さんと北川さんだったんだ。
補欠戦が始まる時、耐えられないと言っていたのは口臭に耐えられなかったんだ。
「そんな実力がありながら……」なぜ部に入れてもらえなかったのか、そう聞こうとして自分で答えが分かった。「においがきつくて遠回しに断ろうとしていたんだ……」
しかも本人は、そのすさまじい口臭に気が付いていない。
「どうしたんですか? 諦めたんですか?」
四万十さんが、こちらを向いてきた。
「ひぃ!」
神の息(ゴッド・ブレス)が来るのではないかと、思わず身構え、その場にふさぎ込んでしまった。
「みんな、そうなんです。私の神の息(ゴッド・ボイス)にみんな恐怖して、あなたと同じようなリアクションになるのです」
「それは……」
あんたの口臭は神から与えられたものでもなんでもない、ただの臭い息だ。そう言おうとして、やめてしまった。彼女が涙を流しているのに気が付いたからだ。
「き、気が付いているの?」
「何にですか?」
「やめろ!」
会場から、声があがった。大川さんの声。口臭のことは触れるな。そう言いたげに、涙目で首を振っていた。
彼女なりに、友人を守っていたんだ。
「あなたも、神の息(ゴッド・ブレス)で楽にしてあげるね」
「え、ちょっと……」
直接攻撃なんてありなのか、なんて考えてみても、あっちは息を吹きかけているだけなのだから、攻撃でもなんでもない。それに、相手に本を読み聞かせるのもありのモグラ叩きである。もしかしたら、相手の耳をかじるくらいはありなのかもしれない。いやでもボクシングでも耳をかじるのはアウトなんだから、さすがにアウトかな?
「逃げろ! もういい、棄権しろ!」
過奈が叫んだが、恐怖のあまり口から声が出なかった。四万十さんが思い切り息を吸った。
しかし、彼女が息を吐きかける瞬間、私達の間に何か棒のようなものが飛んでくるのが分かった。
「これは……?」
ピンクを基調としたシンプルなデザイン、それでいて可愛らしい羽が二つついており、天使のように浮き世離れした存在感。先端にはクリスマスツリーを彷彿させる、星形の装飾がついており、その部分がステージに突き刺さっていた。
星形と言うけれど、そんな形をした星なんてあるのだろうか。
「これは……」
マジカルスティックだ。
「それは、一体?」
いつの間にか、ステージの下に待避してマスクをしていた審判。どこから出したんだそのマスク。
「これは、私の武器です。金属使われているか分かりませんけど、直接、筐体に触れなければ大丈夫ですよね?」
「それはそうだが……」
「そんな棒で何をするつもりなんですか?」
彼女が吸った息は、突如として飛んできたスティックに驚いたのか、直接私に吹きかけられることはなく、口から漏れていった。
それでも、私には甚大なダメージがあり、生ゴミで出来た牢獄に閉じられた感覚に陥った。
共感覚からなのか、視界が曇りがかる。
「四万十さん、少し質問があるんだけど」
私はスティックをもって、立ち上がった。
「何ですか?」
「歯を磨いたことありますか?」
「歯を、磨く? どういうことですか?」
「やはり……」
確信した、彼女は侵されている。
「何が言いたいんですか?」
会場が緊迫した空気に包まれている。
「はっきり言いますけど、四万十さんはは口臭がすさまじいだけですからね。神の息(ゴッド・ブレス)なんていってますけど、実際は、あなたの口から出てくる、生ゴミを薫製させ腐敗させ、ちぎりとって缶詰に詰め込んだような臭いの息で、苦しめているにすぎません」
「口臭? 生ゴミ? 何を言っているんですか?」
「言っても無駄だよね、だって、四万十さんはもう、理解できない領域に進んでいるんだもの」
私に出来るだろうか。
やるしかない、相手はまだ……
「マジカル☆メタモルフォーゼ!」
スティックが光に包まれたかと思うと、光の帯がパルプ工場のように大量に生成され、私に巻き付いていく。そして徐々に形が形成されていく、私が一人の少女から、魔法少女へと変身していくのが自分で感じ取れる。
周りからはどう見えているのだろうか?
テレビの中の魔法少女は、裸だったり、どっか異空間で自己紹介しているけれども、自分で見ることが出来ない。
だけど、どれもキラキラと輝いていたりと、素敵になるものが多い。魔法少女部に入ってから、変身は何度かしたことはあったけれども、
「ミトンお前……本当に魔法少女に……」
「ミトンちゃんかっこいいー!」
「す、すごいなりー!」
キラキラと輝いている自分の姿、私は魔法少女としてステージの上に、立ち直した。
「闇と光は表裏一体、魔法少女マジカル☆ミトン見参ってね!」
言ってみてから気が付いたのだけど、「魔法」と「マジカル」って同じような意味なんだから、二重表現なのではないだろうか。
「なんですかそれ」
四万十さんがあきれた顔をしている。モグラ達は、私達に関係なく穴から出たり入ったりを繰り返していた。
「さてと、四万十さん。アニメとかで魔法少女を見たことある?」
「あ、ありますけど……」
「アニメの魔法少女には意味があるの、存在意味が」
誰かを救ったり、時にはいたずらする為だったり、戦うためだったり、世界を守るためだったり。
「でも、私はね、あなたみたいな人間を救うためにいるのよ」
「な、何の話を、しているの?」
「四万十さん。あなたは、魂を食らうもの(コンプレックス・ゴースト)に侵されています」大きくなった魔法のスティックの先端を彼女に向けた。「はじめはわずかなコンプレックス、もしかし私、口が臭いのかも、くらいには気が付いていたのでしょう」
ビクン、と四万十さんの体が跳ねた。
「それは……」
「過奈みたいにコンプレックスとうまくつきあう人も居れば、あなたのように絶望し、いつしか心を閉ざしていく人もいる。だけど、その心の隙に魂を食らうもの(コンプレックス・ビースト)は現れる。そのコンプレックスを肥大化させる。あなたは気が付かないうちに、口臭そのものをコンプレックスにより肥大化させていたのよ」
スティックの先端が光りだす。
「細かいことを気にしたらハゲるっていうけど、ハゲ自体が気になって悪循環になるみたいなものか」
「ちょっと違うけど……」
浄化はやったことないけれど、基礎は分かるはず。
光が強くなった、というよりは光が大きくなったという表現が近いかもしれない。線香花火みたいな円上の光が徐々に大きくなっていって、ゲームセンター全体が光に包まれる。
「四万十さん、最後の質問いいかな?」
聞こえなかった、それとも無視されたのか、返事は無かった。
「モグラ叩き好きですか?」
「うん」
彼女がうなずいた。
「じゃあ大丈夫です」
光が破裂したかと思った、飛び散った光のかけらたちは、彼女へとすべて集約された。
「魔法少女としての初めての活動が、こうなるとはね……」
小さく息を吐いた。そよ風が、四万十さんをを中心にゲームセンターへと広がっていった。さわやかな草原のような風で、四万十さんは涙を流していた。
「私は……」
「大丈夫、もう全部終わったからね」
ピーーー
審判が、笛を吹いた。試合は終了。
長かった、この一回戦も終わりを告げた。
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