3

 大会前日になったというのに、モグラ叩き部の部室には、鮎先輩しかいなかった。二人になってみると、なんとなく気まずいような気がしてくる。

「えっと……明日大会ですね……」

「うん」

 鮎先輩は、無表情を縦に動かした。

「あ、そういえば、部長さんって、まだ見たことないんですけど、明日は会えるんですよね」私も、過奈の応援に行くことになっている。「楽しみですねー」

「あの人は、変。でも楽しい人」

「楽しくて変な人なんですね……」

 あまり想像できなかった。しかし部長と言うからには、目の前の先輩が使う、落下する絶望(メテオ・ストーム)よりも強いのだろう。

 まあモグラ叩き部、部長という時点で変なのはまあ、そうなのかもしれない。

「ミトン君に似ているかも」

「わ、私にですか……?」

 それは遠回しに、私も変だということを言いたいのだろうか。

「なにを考えているのか分からない。だけどきっと、みんなを楽しませようとしている、そんな人」

 鮎先輩も十分、何を考えているのか分からないと思うけど。

「なんだか私に似ているとは思えないんですけど……」

「確かに」少しだけ間が空いた。「分からない」

「そうですね……」

 鮎先輩は鉄アレイを持って、筋トレを始めてしまった。もう少しくらい、鮎先輩の興味のある話題を引き出せたらよかったのにと、なんだか申し訳ない気分になってしまう。

「モグラ叩きの面白い所は、個々によってスタイルが全然違う所。私には力しかないから」

「鮎先輩みたいな、すごい力、誰も出せないですよ」

「私の力を見抜いてくれたのは、部長」

 無表情からは何も読み解け無いけれど、きっと彼女は部長のことを信頼しているんだろう。

「やっほー!」立て付けの悪いドアが、けたたましく開き、赤根先輩が現れた。「あら、ミトンちゃん、また来てくれたんだねー!」

「おじゃまでしたか?」

「もー、そういう嫌味で言ったわけじゃないよー!」赤根先輩が口を膨らます。「もう入部しちゃいなよー!」

「うーん……」

 魔法少女部のことを考えると、うん、とは言えなかった。

「善処します……」

「残念だよー」

 赤根先輩は、椅子に座り、ぎっこんばったんと腰の力を使って、前後に動かし出した。この行為を小学生時代は「船漕ぎ」と呼んで居たが、授業参観の日にクラスメイトの親御さんが「おいおい、この程度で船漕ぎって、漁師をなめているのか?」とか言い出し、それ以来、船漕ぎと呼ぶのを辞めてしまった。

「過奈は、来ないんでしょうか?」

「過奈ちゃんはね、今、キナナちゃんと秘密の特訓中なんだよー」

「なぜ、秘密に……」

 よく分からないけど、人の家のトイレですらドアを閉めずにひねり出す過奈にも、秘密にしたいような出来事ができたかと思うと、友人としては喜ぶべきなのかもしれない。




 大型ショッピングモールが出来てからというものの、商店街には行かなくなってしまった。久しぶりに見た商店街は、シャッターの割合がさらに増えている。それでも、商店街には個人営業のゲームセンターが数件残っていた。

 その一つを貸し切るという形で大会は行われることになっている。と、前日にもらったプリントに書かれてあった。市民ホールみたいなところにモグラ叩きの筐体を持ち込むのかと思っていたが違うらしい。

 このプリントには、簡単なルール確認も書かれていたし、ゲームセンターへの地図も書かれていた。

 キナナ先輩は「絶対全国いくにゃー」と言っている。落下する絶望(メテオ・ストーム)とかいって、ゲームコーナーを揺るがすような人がいるんだから、全国はモグラを噛み切って点数にする人とか居るかもしれない。

 そう考えると、全国行こうなんて言われても、「それはちょっと……」と言いたくなってしまう。まあ部員じゃないので、関係無いと言ってしまうことも出来るのだけれど。

 一応ルールを確認すると、時間の規定があり「地区大会は原則二分とする」とある。地区大会はという書き方から察するに、徐々に長くなっていくのだろうか。世界大会とかになると三十分くらいモグラが叩かれることになる。もはやモグラ叩きではなく、モグラハードという名称のほうがふさわしいのではないだろうか。

「どうしようー……」

 待ち合わせ場所の公園には、見慣れた三人の先輩と過奈がそれぞれの遊技を使って遊んでいた。

 大会当日だというのに、慌ただしく砂場をうろちょろしているのは赤根先輩。

 鮎先輩はブランコに座っている。破滅的にブランコが下手なのか、それとも、ちゃんとこぐ気がないのかは分からないけど、ブランコ本来の躍動的な動きとは、ほど遠かった。

「遅刻かにゃー」

 いつもはテンションが高いキナナ先輩ですら、ジャングルジムでぐったりとしている。休日だというのに制服で待ち合わせをした理由は言うまでもない。今日が大会だからだ。

 そんな時に、問題が発生した。

 部長が来ないのだ。

 ついに部長との対面となるはずだったのに、まさかのサボタージュ。そろそろ、来なければ大会に間に合わない。その時、携帯電話が鳴った。部長から電話かな、という空気の所、申し訳ないけれども、鳴ったのは私の電話だった。

「もう、どこいってるのよー!」

 姉の怒声が聞こえる。先週はモグラ叩き特訓の為に、相手にできず今日も残念ながら大会なので相手ができなかった。

 それに加えて、面倒なことになりそうなのでこっそり出かけたのが、気にくわなかったのかもしれない。

「いやちょっと……なんか……急に外の空気がすいたくなって……」

「なに、ヘビースモーカーを上司に持つ部下みたいなこと言ってんの!」

「いや、そんなこと言われも……」

「今日は……いったい、何をするつもりなの?」

「ごめん、今日は帰れそうのにないから……」

「いいもん、今日は絶対探してやるんだから!」

 拗ねた声で言い放たれると、電話は切れてしまった。あの姉、ついに休日に妹を探して回るらしい。電話に出なければよかったと少し後悔した。

「さっきの声、電話は家族から?」

 鮎先輩が、聞いてきた。

「そうです、姉です」

「姉……」

 少し考えるように、俯いた。鮎先輩だったが、今度は、鮎先輩の携帯電話が鳴ったので、何を言いたかったのかは分からなかった。今時のJ-POPの着信音が、なんだか彼女に似合っているような似合っていないような微妙な気分にさせられる。

「もっしー」もしもしをコジャレた言い方をする鮎先輩に、少し脱力してしまう。「え?」

 鮎先輩が携帯電話を耳からはずした。表情は相変わらず無表情なので、何も読みとれない。ただ、電話口からは何を言っているかは分からないけれども、声が少しだけ聞こえた。

 なんだか、どこかひっかかるような声だった。

「部長、遅れる」

「えぇー!」赤根先輩が、大げさに驚いた。「何かあったのかなー??」

「分からない。ただ用事ができたから遅れるって」

 そう言った後、しばらくの間、鮎先輩は固まってしまった。宅配便の人なら諦めるくらいの時間は経過しただろう。考えた末、ぽつりとつぶやいた。

「ミトン君お願い」

「へ?」

 私の口から、自分でも驚くほど間抜けな声が出てきた。

「同じ高校の人が居れば、一回だけ補欠として出ることが出来るから」

「えぇ!? わ、私部員でもないんですよ!」

「何アホな顔してんだよ」

「アホな顔って……がんばって生んでくれたお母さんに謝ってよ……」

「違うわ、ボケ! とにかく、他に方法がねーんだから、ミトン参加しろよ!」

 少し、今の状況を楽しんでいるようにも見える。

「他に、北宿毛女子の生徒が居ない」

「そ、そうなんですけど……」とりあえず部員ではなくても出場はできるらしい。「私、一度もモグラ叩きしたことないんですけど……」

「大丈夫。キナナ、赤根、私、過奈君のうち三人が勝てば、ミトン君に順番が回ってこない」無表情が、こちらに平行移動した。「それが一番、効率的」

「そうですけど……もし部長が来なくて、私に順番が回ってきたら?」

「その時は、その時だろ!」

 過奈が楽しそうに言った。




 貸し切りになったゲームセンターには、福祈と北宿毛女子のモグラ叩き部しかいないものかと思っていたけれど、いざ入ってみると二十人くらいの観客がすでにモグラ叩きを囲んでいた。小さなゲームセンターにとって、十分すぎるほどの人数だと思う。私服だから分からないけど、たぶん、他校の生徒らしき人物が数名、もしかして、偵察に来たのだろうか。

 四万十さんも、コインコーナーの椅子に少し距離をとるように座っていた。小さく手を振ると、あちらも手を振り返してくれた。

 あとは親子連れなんかも居て、「小さい頃は私も、モグラ叩きをやったものね~」なんてほほえましい会話をしている。想像以上に、モグラ叩きの歴史は長いのかもしれない。

 小さなステージの上には、対戦用のモグラ叩きが設置されており、ステージを挟むように五つの椅子が左右に設置されていた。ここのゲームセンターの人だろうか、審判と思わしき人物が筐体を雑巾掛けしていた。スコアは筐体を見れば一目瞭然なのに、なにを審判するつもりなのだろう。

 椅子がステージを挟んで五席ずつ用意されていた。悪役レスラーが武器として使ってきそうな、鉄パイプで出来た椅子に、それぞれ「先鋒」から「大将」まで書かれていた。補欠と書かれた椅子がないので、大将と書かれている一番手前の席に座る。仕方がないとはいえ、なんとなく申し訳ない気分になってしまう。

「なんだか私、すごい見られてる気がするんですけど……」

 あの、嫌味ったらしい大川さんを含めほとんどの人が私を見ていた。正面に座っている福祈の部長、北川右右子さんだけが、こちらに興味を示さずに携帯電話を触っていた。

「なんかすごい見られてる……」

「大将席なんだから、そりゃそうだろ」

 大将というからにはやはり部長クラスの人物が座っているということになる。

「まあ、なるようになるんじゃないか」

 大川さんは面識があるものの、私の実力をしらない。まさかほとんどもぐら叩きをしたことがないとも思わないだろう。

 ちなみにこちら側は、先鋒から大月過奈、キナナ東洋、日高赤根、仁淀川鮎、そして私こと津野ミトン、という順番。

「ルールは、全国地区大会のシングルスに準じます」

 審判らしき人物は、ルール説明は、その一言で終えるとステージから降りて、何か資料を確認している。

「今シングルスって言ったよね……」

「ああ、言ったな」

 シングルスがあるのならば、ダブルスとかも存在するのだろう。

「しかし、あっちの部長は、本当に携帯ばっかり触ってるな」

「何かゲームをしてるのかも?」

「マジか、課金はほどほどにしろよ」

「私に言われても……」

 うーん……

「あの携帯も、何かモグラ叩きと関係が?」

「多分」

「何か、もぐら叩きに関する情報を調べているのかも?」

「分からない」

 向こうの部長である北川さんは、ずっと携帯ばかり触っているのが、なんだかすごくアンバランスに見える。よっぽど気になるニュースがあったとしても、普通あそこまで携帯をさわったりしないだろう。

「今日は福祈と私達だけなんですか?」

「そう」

 十時になると、モグラ叩きの地区予選の第一試合、つまり福祈との試合が始まった。モグラ叩きって試合って言うのかな?

「それでは、先鋒戦を始めます。先鋒は、ステージにあがってください」

 その言葉を聞くやいやな、ステージに飛び込んだのは過奈。早くリベンジをしたいという思いもあるだろうが、彼女はただ単に目立ちたがり屋なのだ。ステージがあったらとりあえず上りたいという精神の持ち主で、過奈の将来の夢は意外にもアイドルだったりする。だからなのかどうかは知らないが、たまにインターネット上で生放送を行っている。

 一度見に行った時に、あまりのコメントの少なさに驚愕して三人分くらいのコメントをしたのだけれども、どうやってバレたのか、次の日に「二度とそんなことすんな」とマジギレされてしまった。

 あれ以来、彼女との間でその話はタブーのようになっている。しかし、文化祭はとりあえずワンマンライブを開催したいらしい。

「えぇ~、つまんな~い、こんな弱いのと戦うの?」

 過奈のことを指す。しかし、過奈はお構いなしに、ぐいぐいとステージに進んだ。

「ぶっ潰す」

「あんたが? もしかして私をぶっ潰すの?」

「そうよ」

「ありえな~い」大げさに両手を広げた。「それにあんた、何持ってんの~?」

 嫌味ったらしい大川さんだけれど、過奈の持っているものは、少し気になった。彼女が手に持っているのは、下敷きだったからだ。しかも、二枚。片手に一枚ずつ持っている。

 もしかして過奈は、モグラ叩き対決とは知らずに、どっちが風をおこせるか対決とか、どちらがノートの文字が下のページに写らないか対決かなにかと勘違いしているのかもしれない。

「これが、私のだ。文句あるか?」

「はぁ?」

 手元にあるプリントに目を落とすと「武器の規定」という欄があった。武器の使用が認められているが、当然、それに関しても規定がある。そうでなければ、トンカチを持ってきて筐体をガンガン殴りつければいいだけになってしまう。

 当然、トンカチは認められないらしい。

 鉄や銅等の金属は禁止されているからである。

 じゃあ、木刀を持ってこればいいのでは? という疑問もあるが、これもだめらしい。重量にも制限があって、それを越えてはいけないのだ。その重量ギリギリに作られた木槌が、一般的な武器の一つであるらしい。

 合計重量を越えなければ個数に制限は無い。

 また、金属を使用していたとしても、それを筐体に触れなければOKというルールもあるらしい。詳しい武器の規定に関してはQ&Aが、添付されている。

Q、腐ったプリンは使用可能ですか?

A、腐ったプリンにてモグラにダメージを与えるのも、戦術として認められます。

 あたりで読むのがアホくさくなってやめてしまったが、武器に関しては細かいルールがあるらしい。ちなみに武器以外のものは所持してはいけないし、武器以外を手首になにかを巻き付けることも禁止らしい。これは、手首におもりを巻き付けてダメージを増やす行為への対策らしい。

 これにより、「そろそろハンデ有りじゃつらいか……」といいながら、手首につけている重たいリストバンドをはずすという演出もできない。と、鮎先輩が嘆いていたらしい。

「下敷きが武器って大丈夫なんですか?」

「分からない」鮎先輩が首を振る。

「大丈夫だと思うにゃ~」と、キナナ先輩。

「キナナ先輩のアイデアなんですか?」

「うんにゃ? 私っちは少し相談に乗っただけ」

「人と違う武器というのは珍しいことじゃないですよ~」今度は赤根さん。「私達の先輩には、バームクーヘンをつかって攻撃する人もいましたよ~」

 確かに、バームクーヘンでモグラ叩きする人を見ているのなら、下敷き程度では驚かないかもしれない。どうやってモグラを叩いていたのか、気になってしまう。

「バームクーヘンでどうやって攻撃を?」

「あ、はじまりますよ~」

 審判によるカウントダウンが始まる。

「3……2……」

 息を飲む。過奈と大川さんがにらみ合っている。

「1……スタート!」

 カウントの終了とともに、両者が目の前のモグラ叩きをにらみつける。一匹目のモグラの人形を、大川さんは片手で、過奈は下敷きでたたきつけた。

「下敷きじゃダメージが入らないんじゃないですか?」

「いや」

 鮎先輩も、二人から目を離さない。よくよく見ると、二人ともスコアが「7」になっていた。

「ど、どういうことなんですか?」

 明らかに流星群(メテオ・シャワー)のほうが威力が高いはずなのに、下敷きを使った過奈がなぜ同じ点数になっているのだろう。

「ふふーん、確かに流星群(メテオ・シャワー)のほうがパンチ力なら上かもしれないにゃ~」キナナ先輩が得意げに語る。「でも、実際に触って痛いのはどっちなり?」

「触って痛い……あっ!」

「そうなり。過奈ぽんは、自分のコンプレックスを武器にしたんだにゃ~」

「コンプレックス……静電気体質を……」

 過奈のほうをみる、髪の毛が見る見る乱れている。しかし、顔には余裕の表情が浮かんでいた。

「確かに過奈は……髪の毛をかきむしるだけで髪全体が乱れるような異常なまでの静電気体質……」

「そうぽん。短期間で強くなるには、何か近道が必要にゃ~」

「なるほど……」

 点数は、大川さんのほうが少しだけ上回ってはいるものの大した差ではない。あちらが気を抜けば、すぐに抜き返せそうなほどの点差だった。

「流星群(メテオ・シャワー)は強い。だけど疲労も早い」

「た、確かに……それに、下敷きで叩いているだけの過奈に疲労はほとんど見えてません」

 お互い点数は100を越えた。

「なんで、点差が開かないのよ!」

 いらだちが混じった声を出す大川さん。

「一年だからって舐めてたからだろ」

 下敷きでモグラを叩き続ける過奈。

 点差が少しずつ開き始めた。過奈が優勢だ。

「私の静電気(スタティック・ショック)は、あんたと違って疲労がない。舐めてかからずに最初からペース配分を考えていたら、あんたが勝ってたかもな」

「あ~バカバカしい、もしかして勝ったつもりでいるの?」

 余裕ぶった事を言っているが、表情はずいぶんと苦しそうだ。今度は片手だった拳を両手に握り替えた。この構えは……

「落下する絶望(メテオ・ストーム)!?」

「残念でした~。あんたの先輩の技、私にだって使えるんだよ」

「あんた、苦しくなったから鮎先輩の技って、あんたの流星群(メテオ・シャワー)が劣化って認めてるみたいなもんだろ」

「言ってろ、勝てばいいんだよ~」

 しかし、点差は縮まるどころか、どんどん広がっていく。

「鮎先輩の落下する絶望(メテオ・ストーム)は、そんなちゃっちいもんじゃない。戦ってる相手が、腰抜かしてその場に倒れ込むようなもんなんだよ」そう言いながらも、下敷きによるモグラへの攻撃はまったくペースを落とさない。「劣化なんてもんじゃない、あんたのも、あの時私がやってたように、見よう見まねだ」

 大川さんの動きが止まる。がっくりとうなだれてしまった、と思った次の瞬間には、顔をあげた。

「いやだ……そんなの嫌だ……負けたくない!負けたくないよ!」

 焦燥感に満ちた顔はしていたものの口には出さなかった彼女だったが、ついに彼女は急激に顔を真っ赤にして、叫び始めた。

「負けたくない!」

 怖い。と思った。

 福祈の大将こと、北川右右子さんが、チラリとこちらを向いた。携帯から目を離した彼女を、初めて見た。

「大川は嫌味な性格。負けず嫌いな面もある。だけど、いや、だからこそ、敗北を嫌い、感情的になってでも勝ちにこだわる」

「で、でも、もう残り三十秒を切りましたよ」

「どうかな?」

 そういうと、北川さんは携帯電話の世界へ戻ってしまった。

「キェエエエエエエエエ!」

 再び、彼女が流星群(メテオ・シャワー)を繰り出した。早い、いや、動きが早くなったわけではない、ただスコアの延びが急激にあがっているのだ。

「どういうことなんですか?」

「肘を使っている」

 鮎先輩の言うとおり、よくよく見ると、流星群(メテオ・シャワー)において手を引く際に、肘を使ってもう一度、モグラにダメージを与えているのだ。モグラにダメージを与えるタイミングが、一回のパンチで二回に増えることになる。

「ここに来て、流星群(メテオ・シャワー)を進化させてくるとはね。あんた、おもしろいな」

 過奈がニヤリと笑う。

「うわぁあああああ!」

 大川さんはもはや誰の言葉も聞こえていないようだ。

「過奈君は、モグラ叩きを勝敗に関わらず楽しんでいるように見える」

「これほどまで素質あるモグラー、なかなかいないにゃ~」

 キナナ先輩と鮎先輩との会話を聞いて、ショックを受けてしまった。才能のある過奈、きっと彼女は結果がどうであれモグラ叩きを続けるだろう。友人が何かに夢中になり、置いてけぼりになったような感覚がした。さらにショックだったのが、モグラ叩きをする人間のことを、さらりと「モグラー」と言ったことだ。さすがにかっこわるすぎだはないだろうか。今後もし、どんなにモグラ叩きが好きになっても「え、君、モグラー?」って聞かれたら、思わず「ち、違いますわよ?」と否定してしまうかもしれない。

 審判が笛をならした。終了の合図らしい。

 モグラ叩きのスコアの欄には、過奈の前には311、大川さんの前には301と書かれていた。

「勝者、北宿毛高等学校!大月過奈!」

 ホワイトボードに、過奈の勝利が書き込まれる。

「やったね!過奈ちゃん!」

 赤根先輩が、ステージから降りている過奈。

「危なかった」

 余裕かましている過奈だったが、赤根先輩に抱きつかれて、安心したように息をもらした。

 大川さんは顔をあげて、会場全体を見渡し叫んだ。

「こんなゲームなんかに熱くなって……馬鹿じゃないの!」

「そうかもな」

「次は……次は負けないから!」

「ああ」

 過奈が笑うと、大川さんが諦めたようにため息をついた。




「すごいよ過奈!」

「当たり前だろ」

 ステージから降りてきた過奈は、少年マンガの主人公が出来そうなくらいに髪の毛が乱れていた。櫛で必死にとかしているが、なんだか無駄な抵抗のように思えてくる。

「大川さん……」

「ああ……なかなか、想像以上に面白い奴だった」

 あんなに嫌っていたのに、モグラ叩きを通してわかりあえたのかもしれない。

「ねぇ」

「ん? なんだ?」

 大川さんは確かに性格が悪いけど、モグラ叩きを認めていた。その彼女がなぜ、野良モグラ叩き場を過疎化させたのだろう。

「いや、何でもない、ちょっと気になったことがあったけど」

「なんだよはっきりしないやつだな」

 私は昔からはっきりしない。

「次は私の番なり」

 椅子から飛び上がりステージへ上るキナナ先輩。そういえば、彼女がモグラ叩きをするのを見たことがない。

「キナナ先輩って、いったいどんなモグラ叩きをするんですか?」

「ミトン君。キナナ君のIQ、いくつか知ってるか?」

「えっ……IQってまさか……」ごくり、と自分の息を飲む声が聞こえる。「まさかキナナ先輩のIQって……いくつなんですか?」

「知らない」

「へ?」

「急に気になった」

 鮎先輩は、当然無表情だった。

「あれ? この流れって、キナナ先輩が天才とかいう流れなんじゃないんですか?」

「いや、あいつの成績は中の下だ」

「じゃあなんで今、IQを聞いてきたんですか……?」

「気になって」

 意味の分からない質問によって、キナナ先輩の知りたくもない成績事情を知ってしまった。いったいなぜ、このタイミングでIQを聞いたのだろうか。進研ゼミでも紹介すればいいのだろうか。

「対戦相手は誰かにゃ~」

「私ですよ」対戦相手はステージにゆっくりと上がっていった。「キナナ東洋さん。初めまして、本山美知ともうします」

「えぇ!? 私っちのこと知ってるなり?」

 大げさにたじろぐ。

「もちろん。私の知っているのは、名前だけじゃありません。私の武器はこれです」持っていたノートを開きぺらぺらとページをめくる。「北宿毛高等学校二年、キナナ東洋、アメリカ人の母と、日本人の父の間に生まれた。そのコンプレックスに悩んでいた時期もあれど、明るい性格が幸いし、交友関係も広い。人一倍の洞察力を持ち、新人である大月過奈の特質静電気(スタティックショック)を引き出した。本人のプレイスタイルも、洞察力を巧みに行かしたもので、筐体の癖を見抜く力、間違い探し(スポット・ザ・ディファレンス)を武器に戦う」

「げげぇ! なんでそんなことを!」

「それだけじゃありません。私にはあなたの弱点が分かっています。そして……あなたが今内心焦っていることもね」

「うぬぬぅ~」

 キナナ先輩が後ずさりをする。

「確かに先鋒戦は、私達が負けました。しかし、これはあくまで私の想像ですが、さっきの試合に対するリアクションをみる限り、大将のミトンさんは、ほとんど戦力にならない。きっとそちらの本当の大将がなんらかの理由で来れなくなって、補欠として座っているだけでしょう。だから、ここで負けてしまうと後が無い、そんな状況で弱点をつかれるということは、あなた達の敗北を意味しますね?」

「そんなのやってみにゃいと、分からないなり」

 ぽんぽんと、自分の顔を両手で叩くと、そのまま筐体の前に腕を組んで立ち上がった。

「あれ? いつの間にか補欠のことばれちゃってますよ」

「ど、どうしてだろうねー!」

 なぜか、赤根先輩が顔を反らした。

「ところで、キナナちゃんは武器を使わないんだよー」

「そうなんですか」

 明らかに話題を変えましたよね、とは言わなかった。

「キナナちゃんはね、あくまで自分の拳で戦うんだよ。そんでもって、どっちかというと手数で稼ぐモグラーなんだよ」

「モグラーって……」

「では、キナナ東洋さん。よい勝負にしましょう」

 審判がカウントを始める。

「3……2……1……スタート!」

 同時に、二人が拳をつかってモグラを叩き始めた。

 キナナ先輩は、ただただ普通にモグラを叩いているように見えた。

「普通にモグラを叩いているだけですか?」

「違うんだよー、よく見てみるといいよー」

 目を凝らしてよく見ると、モグラが出てくるとほぼ同時に叩いているのだ。まるでどこからモグラが出てくるか知っているかのように。

「すごい、まるで未来が見えるみたいだ!」

 過奈も、キナナ先輩のモグラ叩きを知らなかったらしい。

「これが間違い探し(スポット・ディファレンス)だ」

 そういえば、そんなことを本山美知さんが語っていた気がする。お尻がかゆかったので、うまく椅子をずらしてごまかすことに集中していたので、あんまり話を聞いていなかった。

 私が全然話を聞いてなかったことを察してくれたのか、もう一度鮎先輩が解説してくれた。

「キナナの洞察力は筐体の癖を見抜く」

「だから、穴から出る前のモグラの動きが分かるんですね」

「それだけじゃありませんよ~、穴からモグラが出てくる速度も合わせてるから、ダメージが増えるんですよ~」

 なるほど、確かにスコアはキナナ先輩のほうが少し有利になっている。

「でも、こっちだって負けてないし~」先鋒の席に戻っていた大川さんが、得意げにしゃべり出す。「本山先輩の、観察力に適うわけないじゃん」

「死ね」

 過奈が、非業のレスポンスで反論した。

「本山君もキナナ君も同じく堅実なモグラー」

「モグラー……」いちいち、ひかかってしまう単語である。あまり履歴書には書きたくない。「でも、点差、なかなか開きませんね……」

 点差はキナナ先輩のほうが上になってはいるものの、点差は開かない。むしろ徐々に縮まりつつあった。

「あっちも、モグラの動きを観察して状況を判断し、出てくるモグラを判断して叩いている」

「確かに、それなら点差が縮まるのも頷けるな」

 過奈が言葉通り頷いた。

「それに、本山はまだ切り札を隠している」

 勝負前に弱点がどうとか言っていた。

「そろそろ、みせてやってください!先輩の本山先輩の教科書(テキストブック)を!」

 彼女の能力、教科書(テキストブック)が出るとわかり、会場が静まりかえる。

「うんこ」

 えっ。

 本山さんの口から出た言葉に耳を疑う。

 会場では誰一人として、先ほどの言葉について語ろうとするものもいない。教科書(テキストブック)をみせつけろとかどうとか言っていた、大川さんですら、お通夜に来た小学生のような不安と絶望を浮かばせた顔になっている。

「先輩……?」

 大川さんが疑問の声をあげたが、誰も反応するものもおらずステージの二人は、もくもくとモグラを叩いている。

「幻聴だったんですかね……」

「いや」鮎先輩が、こちらをチラリとみた。「この勝負、分からない」

 そりゃ、うんことか言い出す勝負を分かるほうがおかしいでしょう。

「ちんちん」

 うわ、また何か言い出したよ。

 本山さんから、しょうもない言葉が出てきた。

「これはいったい……」

「見て」

「何をですか?」

「キナナ君の動き」

「動きですか……えっ」

 何が変わったのか分からなかったが、確かにキナナ先輩の動きが変わった、というより何もない穴を叩く回数が増えた。

 端的に言うと、動きが悪くなったのだ。

「あそこまで的確に弱点をついてくるなんて」

「なんですか、うんこって言われると死に至る病かなんかなんですか?」

 表情を見る限り、冗談で言っているわけではないらしい、いや、常に無表情な彼女のことだから、もしかしたら冗談かもしれない。

「いや」

「じゃあシュールギャグに弱いとか?」

 ギャグになっているかどうかは別にして。

「キナナ君は下ネタに弱い」

「な、なるほど……」

 うんこや、ちんちんと言った言葉に動揺する女子高生もどうかと思うが、まあ、現に動きが悪くなっているんだから仕方がない。的確に弱点をついているのだから、相手の思惑通りだろう。

「そのわりに、点差縮まりませんね……」

 点数は相変わらず、キナナ先輩優位のままだった。

「そうなんだよー」

 赤根先輩も不思議そうに首をひねる。

「うんこ」

 それはともかく、下ネタのバリエーション少なすぎでしょう。

「先輩……もう少し、具体的な下ネタのほうが……」

 大川さんが、先輩に向かってアドバイスをしている。意外と先輩思いではあるけれど、そのアドバイスが的確なのかどうなのかは分からない。

「で、でっかいうんこ」

 具体的になりました。

 大きさの問題ではないのだけれども、

「そんな小学生みたいな、下ネタじゃなくて……」

「ひ、ひどいにゃ~」

 耳をふさぐキナナ先輩。だめだ、うんこ程度であのダメージだ。

「あの人、トイレする時どうしてるんですか?」

「目隠ししてひねり出すんじゃねーのか?」

 想像以上に汚らしい答え出していただいたのは、もちろん過奈だ。小学生の頃、トイレに行く最中、男子に「お前ももしかして、うんこするのかー!?」と聞かれ、「おう、今からくっさいの出してやるぜ!」と言ってトイレにかけこみ「うぉおおおおおお!」と、最中に叫び、担任の先生に怒られていた。

 過奈も異常だが、キナナ先輩も少しおかしい。しかし現実問題、ダメージは深刻だ。もっと具体的……というか、もっとドギツい下ネタを言われてしまえば、キナナ先輩は動揺し負けてしまうだろう

 点差は徐々に狭まっていく。もう逆転された頃じゃないだろうか。

「って、あれ?」

 キナナ先輩は明らかに動揺し、何もない場所を叩いてしまったり、叩くタイミングがずれてしまったりしているのに……

「確かに点差は縮まってるけど」

「あっちも、ずいぶん遅くなったな」

 本山さんも、徐々に動きが悪くなっている。

「多分、キナナちゃんが下ネタが苦手なのは間違いないけど」赤根先輩が楽しそうに言う。「あっちのほうも苦手だったみたいだね」

 赤根先輩の視線の先にある、本山さんの顔も、真っ赤になっていた。

 あれは一生懸命下ネタを考えているのだろうか。

「ということは、このまま逃げ切れれば」

「まだチャンスはあるね」

 もはやモグラ叩きなのかなんなのか。

 時間が迫るにつれて、点数は近づいていく。

「大丈夫ですかね……」

「信じましょう」

「はぁ……」

「う、うんこのついたパンツ……」

 そう言った瞬間、キナナ先輩と本山さんが、二人同時にバランスを崩したように、その場に倒れ込んでしまった。

 過奈や、大川さんが駆け寄ろうとしたけれども、それを審判が手のひらをみせて制した。

「試合中、審判以外は入っちゃだめなんだよー……」

 赤根先輩が残念そうに呟いた。

 それとほぼ同時に、笛が鳴り響いた。

 その瞬間試合が終わった。スコアはどちらも242と表示されていた。

「引き分け……ですか?」

「うん、そうみたいだにゃー」

 答えたのは、以外にもキナナ先輩だった。立ち上がると、本山さんの近くまで歩き、手をさしのべた。

「大丈夫だったかにゃ?」

「大丈夫です」本山さんが手を借りて、立ち上がる。「せっかく見つけた弱点が……私と一緒だったのは運がなかったようですね」

「どうかにゃ?」キナナ先輩が、精一杯笑顔を作った。「下ネタを言わずに、普通に戦ってたにゃら、こっちが負けてたかもしれないなりよ」

「あなたは、優しいですね」

 本山さんは、銃で撃たれた刑事のように、ふらふらと自分の席に戻った。そこまで深刻なダメージを受けてしまっていたのだろうか。

 恐るべき、教科書(テキストブック)。

 恐るべき、うんこのついたパンツ。

「いい勝負だった」

 感傷深いかのように、しんみりとつぶやく鮎先輩。無表情なので、実際のところは「糞みたいな勝負だった」と思っているのかもしれない。

「いい勝負……でしたか……ね?」

 どうも私には共感できなかった。

「しょうもない勝負だな」

 正直な過奈。

「だけど、スコアはすごいね」

 それでもお互い242というハイスコアを叩き出している、二人とも下ネタに動揺していたにも関わらずだ。スコア表示欄が四桁あるのも納得だ。全国大会なんかになると点数が四桁になる戦いもあるのかもしれない。

「うーん、ごめんなりね……」

「大丈夫なんだよー、優位なことは間違いないんだよー」

 赤根先輩がなぐさめるも、あまり納得は出来ない様子で、キナナ先輩は首を傾げていた。

 倒れ込むように自分の席に座ると、「ふみゅー」と呟いて目を瞑ってしまった。

 やはりダメージは深刻だ。




「私の番だね~」

 きゃっきゃっ、という声が聞こえてきそうなくらいに、楽しそうな声でステージに向かうのは赤根先輩。

 中堅にして、頼りになる先輩の一人だ。

 赤根先輩の、三子教訓状(スリー・アローズ)の強さは知っている。あの落下する絶望(メテオ・ストーム)にひけをとらない強さだった。

 木槌を、ぐるんぐるんと振り回している。

「赤根先輩は木槌をよく使うんですか?」

「モグラ叩きにおいては、一般的な武器の一つ」鮎先輩が答えてくれた。「金属を使わずに、それなりにダメージをだせる武器。赤根君のように、武器以外の所で点数を稼ぐモグラーがよく使う」

「へー……モグラー……」

「モグリストになれば、また、違うんだろうけど」

「え、なんですかそれ? 何が違うんですか?」

「がんばるよー!」

 赤根先輩が無邪気な顔で両手をあげている。勝負を楽しもうという姿勢が、モグラ叩き部のムードメーカーになっていることを伺わせる。

 モグリストに関しては謎が残ってしまった。

「この勝負どうなりますかね?」

「多分、勝てる」

 赤根先輩を信じている。その事がよくわかる一言だった。

 それに、次には鮎先輩も控えている。部長が間に合わなかったとしても、まず私の番まで回ってくることはないだろう。そう思うと少し安堵して、ため息をついてしまう。

「よろしくおねがいしますだよー!」

 ジャンプでステージの上にあがる赤根先輩。大きなツインテールが揺れる。

「えーっと、こちらもよろしくお願いしますね~」

 福祈高校の中堅は馬路ゆず。

 赤根先輩の対戦相手としてふさわしいほどに身長が低く、かわいらしい容姿をしていた。

 ただ、馬路さんは髪は耳にかからないほどのショートカットで、赤根さんのような赤いランドセルが似合うような容姿より、どちらかと言えば黒いランドセルが似合いそうだった。

 ランドセルといえば、小学生の頃、過奈はランドセルを背負うのが嫌で、お父さんの肩掛け鞄のひもを使い、肩掛けランドセルとして使っていた。最近になって過奈にあの話をふると「うるさい!」と怒られてしまった。

「馬路ゆずちゃんなりか~」

「キナナ先輩、何か思い当たることが?」

 というよりも、いつの間に目を覚ましていたのだろう。

「うーん……、私の勘違いだったらいいんだけどにゃ~」

「赤根君のIQ、いくつか知ってるか?」

「鮎先輩、意味もなくIQ聞くのやめてください」

 ステージの上では、過奈先輩と馬路さんが楽しそうに握手をしている。お互いが「いえーい」なんて言っており、楽しい勝負を予感させる。

「いい勝負にしようね~」

「うん、いいしょうぶにしよ!」

「勝負の前に、一個だけ教えたげるね!」

 馬路さんがポケットから武器を取り出した。その何かを見て、会場に居る人間はまた戦慄した。

「私の武器はこれだよ!」

 赤根先輩は返事をしなかった。

「まずい」

「やばいなり……」

 先輩二人が呟く。

「別に、ルール上は問題ありませんよね」

「い、いやしかし……」

 審判がたじろぐ。

「地方のゲームセンターって大変なんだよね! あ、三枚落としちゃった! でも気にしない! 戦っている最中にもっともっと落としちゃうかも! でもぜんぜんきにしないで、この武器で戦っていくもんね!」

 馬路先輩は、ピースサインを作った。

 平和的要素がまったくないピースである。

 審判はこぼれ落ちた武器……一万円札をチラリとみた。

「まあいいでしょう」

 馬路さんの武器は、札束だった。

「やっぱりにゃぁ……馬路っていうのは、この商店街に寄付している会社、馬路コーポレーションの関係者だろうにゃ~」

「いやでもさっき、明らかに買収がありましたけど……」

「別にいいんじゃないのか? モグラ叩きは普通にやるんだろ?」

 過奈の意見もごもっとも、札束でモグラを叩くことに有利なことは何かあるだろうか? 勝敗も審判が決めるわけではなく、モグラ叩きの筐体にあるスコアで決まるわけだし。

「いくらなんでもスコアに書かれている数字を無視するようなことは出来ないだろ」

「そうだね……、もしかして、モグラがお金が好きで札束で叩かれるとスコアがあがるとか?」

「金が好きなのはモグラじゃない」鮎先輩が、深刻な声で呟いた。

 どういう意味か聞き返そうかと思ったけれども、審判がカウントがスタートしていたので、やめてしまった。

「3……2……1……スタート!」

 いきなり、赤根先輩の三子教訓状(スリー・アローズ)が炸裂する。ハンマーとツインテール。まるでそれぞれが、意志をもっているかのように動き出し、モグラ達をおそう。

 スコアがみるみる上がっていく。

 一方、馬路さんのスコアはそれの半分ほどのスピードだった。札束で叩いている割には、まあ早いとは思うが、今までの超人的な人たちのモグラ叩きとは違い、一般的なモグラ叩きといった感じだった。

「今のところ、札束の意味がないな」

 たしかに、札束を大根に変えたほうがまだ点数があがりそうだった。大根といえば、過奈がコンビニでおでんを買う時、大根一個に対しておつゆをペットボトル一杯分くらいもらっていたのを思い出す。

「勝てそうですね」

「それはどうぽん、かにゃ~」

「どういうことですか?」

 これは別に、キナナ先輩の日本語がどうなっているのかという意味で聞いたのではない。キナナ先輩がこの有利な状況ですら、深刻な表情をしているからだ。

 何かあるのだろうか、馬路さんの動きに注目していると、急に彼女が手を止めた。

「あーーーー!」

 馬路さんが叫んだかと思った次の瞬間、彼女の手元から一万円札がこぼれ落ちた。おおよそ十枚くらいだろうか。

「ついつい白熱して、十万円ほど落としちゃった!」自分のおでこをコツンと叩いて、舌をぺろりとだした。「でも落としたものは仕方がないから、赤根ちゃん、今すぐ拾ったらあげるよ!」

「わーい!」

 赤根先輩はなんの躊躇もせずに、お金を拾いに行った。今まで見た彼女の笑顔のなかで最も輝いていた。

「いやいや」

 思わず手を振って否定したくなった。

「あんなこと許されるんですか?」

「ルールの穴みたいなもの」

 なにそのザルみたいなルール。

「そして、その穴を巧みについた技こそが、絶対財産(マネーゲーム)なりよ!」

「技なんですか、それ?」

「それに赤根君は、異常なほどの金好き」鮎先輩が、補足してくれる。「絶対財産(マネーゲーム)にだけには当たりたくなかった」

 なんだか意外だが、目の前の光景を見ているとうなずける。

「あ、赤根ちゃーん。お金をとるときは、口でとってお金最高でーすってダブルピースしてくださいね」

「うん、わかったよ~」

 言うとおり、一万円札を口でくわえる。

 そしてすごい早さでポケットのなかにつっこむと「お金最高でーす!」といいながらダブルピースをした。

 あまりの光景に、口の中にスイカをつっこまれたかと思うくらい、口があんぐり開いて塞がらない。

 スコアなんてもう正直どうでもよくなったけれども一応言うと、当然赤根先輩は負けている。三子教訓状(スリー・アローズ)によって稼いだスコアも、十万円を口で拾ってダブルピースをしている間に、抜かれてしまっている。

「十万円なんだから十回しなきゃだめだよー」

「もちろんだよ~」

 ピースを丁寧に十回、私たちに見せつけた。

「羞恥心はないんですか……」

 私の問いに、誰も答えてくれなかった。

 当然ながら、どうしようもないほどに点差が開いてしまっている。

 それでもまだ点差を開きたいとばかりに、「お金もっと、落としちゃうかも、四つん這いになって三回まわってワンって言われちゃったらどうしよう! もっとお金落としちゃうかも! 武器が減って困っちゃうかも!」とか言っている。

 当たり前のように、四つん這いで三回まわる赤根姉貴。資本主義の犬とはこのことか、と言わんばかりの迷いの無い行動だった。

「ワン!」

「はーい! 落ちちゃったー!」

 一万円札が五枚ほどばらまかれる。彼女の祖先きっと一円札に火をつけて「ほおれ明るくなっただろう」とか言う成金に違いない。

「こ、今度は、もし私にキスしたら……もっとお金、落としちゃうかもしれないよ!」

「うん、分かったよ~」

 それは大丈夫なのか?

「そろそろとめたほうがいいんじゃ……」

 横を向くと、キナナ先輩が真っ赤な顔でうつむいて耳をふさいでいる。

「え、これはキナナ先輩にとっては下ネタの部類なんですか?」

「き、キスなんて高校生にはまだ早いなりよ……」

 高校生にとって、キスが早いか遅いかはともかくとしても、キスでそこまで恥ずかしがる高校生というのは、稀だと思う。

 いや、まあ私もしたことはないんですけどね。

「キスって……」

 過奈が少しとまどっている。

「ストーーーップ! 勝負は終わりましたよ! 勝負はおしまい!」

 審判の大声で会場に目をやる。

「へ?」

 催眠術から解き放たれたように、ポカンとして周りを見渡している赤根先輩。

 いつの間にか勝負は終わっていたようだった。

「馬路ゆず選手の勝ち!」

 審判が高らかに宣言する。

「いやぁ、まさかこんな勝負が二回も続くとはな」

「そうだね」

 過奈の「こんな」という言葉が「しょうもない」「ひどい」「どうでもいい」のどれを指すかは分からなかったけれども、すべてに同意だったので特に問題なかった。

「あまりモグラ叩きの関係ない勝負だったね」

 過奈と大川さんの先鋒戦のみが、唯一モグラ叩きっぽい勝負だった。

「赤根先輩」

「どうしたの? 私、一体何をしてたの~?」

「本当に覚えてないんですか?」

「ミトンちゃん、どうしたの、そんな怖い顔して、私なにかしたの?」

 指をあごにあてて「うーん、わからなーい」みたいな顔をしている。

「あ、ポケットから、さっき拾ったお金が落ちそうですよ」

「本当!?」赤根先輩はポケットを急いで確認した。「って、ちゃんと入ってるじゃん嘘つき~」

「……」

「……」

 沈黙が二人を包んだ。

「嘘つきは、先輩でしょ」

「人間は、お金の為に嘘をつくんだよ~」顔は笑ってはいるけれど、目は笑ってはいない。「じゃなきゃ、お父さんがあんなになるわけないじゃん」

 やばい、変な話に深入りしそうだ。壮大な事情をかかえていて、今にも話し出しそうな空気になっている。

「お父さんはね、お金によって生きていた。だからこそお金によって死んだんだよ」

 やばい、そんな話聞きたくない。

「そうなんですか……あ、そろそろ、次の準備しなくちゃいけませんね。鮎先輩、準備はできてますか?」

「だけどお父さんは、本望だったんだと思う。お父さんにとってお金はすべてだった。だからお金に殺された時、最後の瞬間までお金に関与できたことを喜んでいたと思うんだ」

 全然、話やめる気ないよ、この人。

「にゃはは~、まあその話はそのくらいにするなりよ~」

 キナナ先輩が赤根先輩の肩を叩く。

「とにかく次の勝負に行きましょう」

 キナナ先輩のありがたいフォローに便乗する。

「そうですね、そう思います。いやあキナナ先輩は、本当にいいことを言うなぁ」

「だけどね、お金さえなければ、もう少しお父さんと居られたのかな、なんて思うこともあるの」

 ついに、キャラまで変わってきたぞ。

「わぁ! そ、それはともかく、今は勝負ですよ、勝負!」

 なんで、金のために勝負を棒にふったあげく三回まわってワンしそうになった人に、気をつかわにゃいかんのよ。

「ともあれ、次は鮎先輩だからな」ちなみに過奈は、床に落ちていた一万円札をこっそりポケットに入れていた。後で三千円くらい分けてもらおう。「負ける気しないな」

「そうですよね、鮎先輩」

「そういえば次は私だな」

 そうつぶやくとその場で転んだ。

「だ、大丈夫ですか?」

「あぁ、大丈夫だ」

 あれ、なんだか様子がおかしい気がする。

「あれ? 私のめがね知らないかな?」

「いや、すでに、かけてるじゃないですか」

「そうだったな」

 そういうと、メガネをクイッっと直した。

「実は鮎ぽんは、緊張しまくりなり」

 キナナ先輩が、鮎先輩の耳元に近づいた。

「先輩。がんばってくれよ、なにせ後が無いんだからな」

 過奈ですら心配そうに、鮎先輩を見つめていた。

「分かった」

 クールに立ち上がる。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る