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「おはようございます」
今日は玄関の前のバナナの皮に足を滑らせて転んでしまったせいで、メガネを置いてきてしまった。メガネが壊れたわけではないけれども、メガネがバナナまみれになってしまい、今日は鞄の中にしまっている。
過奈には、メガネがバナナまみれになったことに関して、「相変わらずアホだな」等と罵られた。
その過奈はどうやら部室にはまだ来ていないらしく無表情であるだろう先輩が、あいかわらず鉄アレイを上下に動かしていた。メガネをかけていないので、いまいちよく見えない。
「おはよう」
二人きりになると少し気まずい。
私が、人見知りなのもあるけれども、先輩は相変わらず無口だった。必要最小限しか喋らないスタイルは今も貫かれており、実は私と二人きりになるとおしゃべりになるような、意外な展開も無かった。
「あ、あの……」
実は私なりに決めていたことがある。
「実は、今日は入部しようと思って……」
主体性の無い私だったけれども、今日の占いのラッキーアイテムが「プリンと醤油と入部届け」だったこともあり、朝はプリンに醤油をかけてウニの味をエンジョイした後、入部届けを書いた。
「いいの?」
「えぇ……姉の関係で、あんまり顔だせないのとレギュラーが埋まっているから役にはたたないと思いますけど、手伝えることがあると思います。だからまあ入部したといっても、今とあんまり変わらないと思いますけど……」
入部届を鞄から出すと、無表情の先輩に渡した。
「分かったよ」
先輩がこちらを向いた。
正面から見た、先輩は、なんだか幼い顔立ちをしており、遠くで見る鮎先輩とは、どこか異なるように見えた。
よく見ると顔立ちだけではない。
髪型も少し異なっていたし、身長も異なっていた。
急いで鞄から、バナナにまみれたメガネをかけると、バナナの香りがほんのりと鼻を通して、体中に広がった。
「あれ?」
「どうしたの?」
「あれあれ?」
よく見ると教室にはいつもあったモグラ叩きの筐体は無く魔法陣のようなものや、かわいらしいマスコットの人形などが飾られていた。
「あれ?」
先輩はいつもと顔が違う、なんだか幼い顔立ちをしていた。身長とかも微妙に違うし、右手にはいつもの鉄アレイではなく、ピンク色のスティックのようなものを振っていた。
一年二組と書かれているはずの、教室には一年三組と書かれていて、段ボールに書かれている「モグラ叩き」は、かわいらしいピンク色の看板に変えられていた。
先輩が笑った。
「入部してくれるんだ!」
本家鮎先輩とは違い、無表情を貫くつもりはなく、うれしいことがあると素直に笑えるらしい。
「え、入部……? あ、はい……」
「ありがとう! まさかこんな唐突に新入部員が来るなんて思わなかったよ!」
心底うれしそうに、スティックを置いて私の両手をつかみとって、外交官のように深々と握手をした。
「ようこそ、魔法少女部へ」
「というわけで入部できなくなりました……」
北宿毛女子は部活の掛け持ちを認められていない。魔法少女部に入ってしまった以上、モグラ叩き部に入部することはできない。
「そうなんだね……」
いつもは不作時のキャベツのように高い赤根先輩のテンションも、生ゴミとなって三角コーナーに捨てられてしまったように、下がっていた。
「元気ないですね……」
少し罪悪感が芽生える。
「登校中に朝ご飯のバナナを落としちゃったんだよー……」
はぁ、と赤根先輩がため息をつく。小さな吐息が、なんとなく可愛らしい。
「それは災難でしたね」
バナナを落としたって……なんだか少しひっかかるような気がしたけれども、あまり気にしないようにした。
「それに、ミトンちゃんが入部できないなんて……」
また小さな吐息が漏れた。
「いや、でも過奈の手伝いはしますよ。過奈がいるから団体戦には出場できるわけなんですから。だからまあ、あんまり今までと変わらないわけですよ」
そういって、部室を見渡す。
やっぱりメガネがあると見通しがいい。まだ少しバナナの香りが漂ってはいるけれども
「それが、そうもいかなくなっちゃったかもなんだよー」
「どういうことですか?」
部屋には過奈はおらず、本物の鮎先輩が無表情で教室をうろちょろしている。ロールプレイングゲームのレベル上げのためにフィールドをうろつく主人公みたいである。
「過奈ちゃんがね、もううんざりだとか言って出て行っちゃったんだよー」
「過奈が……」あの過奈が、何かが嫌になってどこかに行ってしまうなんてことは……多々あるし、まあ今回もどうせそんなことになるだろうとは思ったけれど、一応聞いてみることにした。「どういう経緯でそうなったんですか?」
「鮎ちゃんがね、一日中筋トレさせたんだよ」
「モグラ叩きの基礎だから」
そういって、私達のほうを見た。だから、出て行ったのは悪くないとでもいいたいのだろうか。
「だからって、一日中筋トレしたって面白くないことくらいわかるはずだよねー?」
「己の肉体を鍛え上げるのは楽しい」
自分の否を認めない、というわけじゃないだろうけど、かたくなに筋トレが正しかったという姿勢を貫く鮎先輩。あの頑なさが、あの落下する絶望(メテオ・ストーム)を作りあげているのかと思うと、なんだか微妙な気分になってしまう。
「だけど、どうしよう」また部屋をうろちょろしはじめた。「どうしよう、どうしよう」
明らかに狼狽えているのに、無表情なのがなんだかシュールで怖い。
「鮎ちゃんはね、無表情なくせに感受性が豊かなんだよー、無表情なのにすぐ怒って、すぐ悲しむし、すぐ狼狽えるし……」
確かに、ゲームセンターでもつっかかってきたのは彼女のほうからだった。
「しかも、メールじゃ超饒舌なんだよ、返信しなかったら、なんで返信くれないの?とかメール届くし」
「想像以上に面倒そうですね……」
「去年の大会も、絶対勝てる相手だったのに、感受性を突かれて負けちゃったんだよー」
「モグラ叩きで……?」
モグラ叩きの対戦相手が感受性を攻撃してくるというのも、いまいち意味が分からないけれども、インフェルノや、流星群(メテオ・シャワー)なんていう通り名があるわけだから、感受性を攻撃してくるやつがいてもおかしくはないのかもしれない。
「ヤッホー!」立て付けの悪いドアをこじ開けるように現れたのは、金髪の生徒だった。「あっらー? どなたかな?」
金髪が私のほうに近寄る。
「えっと、彼女は津野ミトンちゃんだよー」
「へー! 津野ってどっかで聞いたことあるような……もしかして新入部員かにゃ?」
「いえ、私はその……横の魔法少女部の部員にさっきなったばかりの見習い魔法少女ですけど、たまに友達の過奈を手伝うくらいに部活に顔を出しているわけで……」
「え、じゃあその過奈って子は入部してくれたのかにゃ!?」
「そうだったんですけど……」
「あ、にゃるほどにゃるほど」金髪の彼女は、くるりと教室を見渡した。「だいたい分かったなり、鮎ちゃんは相変わらずだにゃぁ……」
うんうんとうなずく。
「キナナちゃん、自己紹介忘れてるよー」
「あっそうだったにゃー!」両手を広げて驚いた。「すっかり忘れてた、キナナ東洋、二年生なりよ! 気軽に、キナナって呼んでほしいにゃ」
「キナナ先輩ですか」
変な人しか居ないこの部活において、さらに異彩を放っている様子だった。なにせ、外国人?で金髪で、変な言葉使いなのだから。
「よろしくー!」
またもや、やたら情熱的な握手を求められた。ボーリングでハイタッチする習慣すら苦手な私としては、スキンシップに少し戸惑ってしまう。ボーリングのハイタッチすら苦手なので、ボーリングの誘いはすべて「小さい頃、ボーリングの玉と間違えて投げられたことがあるから嫌」という嘘で断るようにしている。
それを聞いた人が「あぁ、確かに丸顔だからね……」と納得してしまうのはいただけない。
「キナナちゃんはね、状況判断能力がすごいんだよー、洞察力っていうのかなー?」
「いやぁ、誉めても何も出ないよー」キナナ先輩が、うれしそうに金髪頭を掻く。「とりあえず、探しにいこっかー」
「誰をですか?」
「決まってるなりよ、その、鮎ちゃんの筋トレに嫌になって出て行った新入部員をだよー」
確かに、すごい洞察力だと思った。
過奈を探していると、廊下から聞き慣れた声が聞こえた。
この声は……過奈……!
「私と、ミトコンドリアどっちが大切なのよ!」
いや違う。
あれは過奈に声がよく似ている、大豊由衣さんだ。中学時代から、彼氏があまりにミトコンドリアにハマりすぎて、自分のことを見向きもしなくなったことに悩んでおり、クラスメイトのほぼ全員に「ねぇ、相談のってよ、私達って分かれたほうがいいかな?」と相談していくという迷惑な人だ。
みんなはどう答えたかは知らないけれど、私は「じゃあ別れたほうがいいんじゃないかな」と答えたけれど、「そんな簡単に言わないで、彼にもいいところがあるのよ!」と怒られてしまった。そのせいで、その日から二~三日くらい憂鬱な気分になってしまった。
答えが決まっているのに相談するなんて、時間の無駄だとは思わなかったのだろうか。
まあ、そんな省略していいような話はともかくとして、もっとよく探していたら女子トイレで過奈をみつけた。すでにキナナ先輩、鮎先輩、赤根先輩の三人が、過奈を囲んでなにやら話をしている。
部室から出る時、
「手分けして探すにゃりよー」
「私が一番、過奈とのつきあいが長いんで、私が一番に見つけますよ」
なんていう会話をしたというのに、まさかのビリ。なんだか少し恥ずかしい気分になってしまう。
「遅いんだよー!」
赤根先輩が手をふる。
「ミトコンドリアの話題についつい耳を傾けてしまって……」
「みとこんどりあー?」
赤根先輩が首をかしげる。
「とにかくだにゃー、次の大会までは過奈ぽんは、私が面倒を見ることになったっちゃ」
「もう筋トレはこりごりだからな……」
なんだか話も、うまくまとまりそうになっていた。
鮎先輩は無表情で、うつむいている。少し悔しかったのだろうか。
「モグラ叩きの基礎は筋トレ……」
鮎先輩が、何かつぶやいたような気がしたけれど、聞かなかったことにしよう。
「まあキナナ先輩、しばらくあんたについてくわ」
「もう、ついてけねーわ……」
「あら?」
びっくりした。あまりにの早い前言撤回っぷりに、数ページ読み飛ばしたかと思ってしまった。
「どうしたの?」
「なんつーか、キナナ先輩の特訓って質疑応答ばかりなんだよ。筋トレとは違う意味、糞疲れるんだよな。なんだか圧迫面接をずっと受けてるような」
「どんな質問?」
「好きなアニメキャラとか、パンツの色とかいろいろ聞かれたぞ」
「へぇ~」
私がモグラ叩き部に顔をだしていない間に、いろいろあったらしい。ちなみにその顔を出していない二日間、私は魔法少女部に行ったり、家にかえって姉を納得させたり、撮り貯めたアニメを見たり、クリアしたゲームのレベル上げをしたりと、それなりにそれなりな日常をこなしていた。
「魔法少女部って、いったい何やってるんだよ」
「魔法少女になるトレーニングだよ」自分の拳を握れば、そこに魔力が貯まっていく気がした。「もうすぐマジカル☆ミトンに変身できそうな気がするんだよね、魔法少女との距離が少しずつ近づいているような」
「私は、お前が遠ざかっていくのを感じるわ」
過奈が髪をかくと、バリバリと音を立てて静電気で逆立っていく。
「そんなことより、ついたぞ」
過奈が私の家にくるのは珍しい。鈴姉に嫌がらせをされると分かっているからだ。それにも関わらずわざわざ私の家に来るのだ、よっぽどの理由があることはすぐに察っすることができた。
過奈が先輩達から聞いた話だけれども、モグラ叩きは思ったよりポピュラーなスポーツであるらしい。ゲームセンターや、大型ショッピングモールだけではなく、野良モグラ叩き場が、地方にも点在するらしい。
高架下にフットサル場があるみたいなもんだとは思う。
「へぇー、今の子供達は、カードゲームばっかりしてるのかと思ってたよ。あっ私、大きくなったらカードゲーム作って大もうけしたいよ。印刷所で、まるでお金を刷ってるみたいって呟いてみたい」
「知らんわ。で、ここが、その野良モグラ叩き場らしい」
「なるほどね……」
通学路に平行して流れている用水路、その死角にはモグラ叩きの筐体が置かれていた。
「こんな所に筐体が……」
「確かに言われてみれば、小さい頃、この場所に子供が群がってるのを見たことがあるな」
その頃から態度はでかかったよね、とは言わなかった。
しかし、こんなところにモグラ叩きの筐体が野ざらしになっていていいのだろうか。電気はどこから供給されているのだろうか、壊れないのだろうか、誰がプレイするのだろうか、法的に問題ないのだろうか? などの疑問が芽生えてしまう。
「しかし、臭いすごいな」
「うん、まあ仕方ないよ……」
一人の少女がモグラ叩きの筐体を拭いていた。日曜日だというのに制服姿だった。
「あれは……福祈か……」過奈が露骨に嫌な顔をした。「他に行こうぜ」
「ええ、まだ悪い人だと決まったわけじゃないよ……?」
それぞれの野良モグラ叩き場には、いろんなモグラ叩きプレイヤーがいるらしい。そこで、モグラ叩きプレイヤーと出会ってみるのも、一つの勉強になるかも、とキナナ先輩に薦められたのがここに来るきっかけになったらしい。
その割に、一人しかいないんだけど。
「あ、はじめまして」
福祈の生徒は、こちらを向いて、ペコリと頭を下げた。
「おい、福祈にも普通のやつ居るんだな」
「失礼だよ……」
「私の名前は青と言います、四万十青」
「えっと、私は津野ミトンといいます、そんでもってこっちの、偉そうなのが……」
「大月過奈だ」過奈は鼻をならして、威嚇した。「あんたも、福祈のモグラ叩き部なのか?」
四万十さんは顔を反らして、少し自虐的に言った。
「いえ、私はモグラ叩き部に入りたかったんだけど……その……入部させてもらえなくて……」
「なるほどな」
過奈も、それ以上聞かなかった。聞くと悪いと思ったのか、聞くとめんどくさそうな話になると思ったのかは分からない。
「あの、他に人は居ないんですか?」
「最近はあまり……人、こなくなっちゃいました……」
四万十さんは力なく笑った。
「なるほどな、キナナ先輩の言う通りだったわけだ」
「どういうこと?」
「ここは、昔、野良モグラ叩き場として有名だったけれど、今は少数の人間によって、牛耳られているって」過奈は、四万十さんに、指をつきたてた「犯人は、お前だ! 死ね!」
「わ、私ですか?」
唐突に罵倒されて驚く四万十さん。彼女は中学時代、男子によって秘密裏に行われた、痴漢冤罪で憂さ晴らししてそうな人ランキングで堂々の一位に輝いたことがある。ちょっとやそっとの言いがかりなんて、ブラインドの開け閉めくらいに容易なものだった。
「ちょっと待ってよ」止めに入ったのはもちろん、休日はやること無いから一日中寝てそうなランキング一位の私だ。「そんな悪そうな人に見える?」
「見える」
彼女は言いがかり始めたら最後、絶対に自分の意志を貫こうとするのだ。たちが悪い。
「わ、私じゃありません!」
首をぶんぶんと振る四万十さん。
「何をしているの!?」
急に聞いたことのある声が聞こえた。声のするほうを向いてみると、そこには制服姿の流星群(メテオ・シャワー)の大川さん。福祈は休日でも制服で出かけると、恋愛運でも向上するのだろうか。
「何って、お前に関係無いだろ死ね」
「関係あるんですけどー!」腕を組んでこちらを見下している。「ここで勝手に、モグラ叩きされたら困るんですけどー!」
「けどけど、うるせーな、何のキャラ付けだよ、糞して死ね。それか糞の段階を省略して死ね」
「あんただって、死ね死ねうるさいんですけどー!」
どっちもアホみたいで、とても高校生の会話とは思えない。
「あ、もしかしてお前が、ここのモグラ叩きを過疎らせたのか?」
「あ、あぁ……それね……」
大川さんは、誘われていない同窓会を目撃したような気まずそうな顔をしている。
「福祈の生徒が、ここを過疎化させたって聞いたぞ。お前だろ!」
「え、えっと……そ、そうよね……その通りなのわよけど」
なんか口調がおかしくなってるけど、まあ元からおかしかったので気にしないことにした。
「その通り、この私が、流星群(メテオ・シャワー)によって、ガキ共を地獄にたたき落としてやったのよ。この手でね!」
そういいながら、右手を見せつける。
「ひどい!」
四万十さんが叫んだ。
「そうだ、ひどいぞ」
過奈が意味もなく便乗する。
「私は子供たちとモグラ叩きをするのが好きだったのに……それを……」四万十さんが、筐体のほうを向いた。古びていても、毎日手入れしているのが分かる。「練歩ちゃんは悪いと思わないの?」
「青……」大川さんが、四万十さんの肩を叩く。「モグラ叩きは弱肉強食だから、それが分からない馬鹿のことなんて知らないんですけどー!」
「おい、お前」過奈が、二人の間に入り込む。「約束通り先鋒になったからな、大会までお前の顔面の形を変えないでやろうかと思ったけど、決めたわ。今すぐ顔面を醜くしてやる」
「え、いや、ちょっと暴力はやめてほしいんですけど……」
「ちょっと待って!」
四万十さんが叫んだ。
「なんだ? こいつをかばうのか?」完全に悪役みたいなことを言い出す過奈。「こいつが犯した罪を知ってんのか?」
「過奈も知らないでしょ……」
「練歩ちゃんは、モグラ叩きを勝つことに心を奪われちゃったの、だから、一緒に遊んだあのときの気持ちを思い出せないでいるの」
そして空を仰ぐ。
「一緒に遊んだあのときの気持ちを、私が絶対思い出させてあげるね!」
そういって、虚空を抱きしめるように腕を組んだ。なんだか、ビジュアル系バンドのボーカルみたいなポーズだった。これから、冬に関するラブソングでも歌うのかな?
「なんだあいつ、自分に酔ってるのか」
過奈、まさかの批判。むやみやたらに全方向に敵を作っていくスタイルは、どんな瞬間だって見参だ。
「だからね、また一緒に遊ぼうね……、また二人でここを盛り上げていくんだね!」
なんだか私だけが蚊帳の外。ロールプレイングゲームの支援キャラのように一歩引いた立ち位置で、二人を眺めていた。
「何遊んでる?」
声をするほうを見上げると、用水路のポンプの上に立っている人が居た、案の定、福祈の制服を着ていた。福祈の生徒は、私服を全部、燃やし尽くしたのだろうか。
「かえるぞ」
「部、部長……」
大川さんに部長と呼ばれた生徒は、何事にも興味がないと言った無表情だった。それに関しては鮎先輩に似ているけれども、それとはまた違って、ただひたすら携帯電話に目を落としていて、何もかも面倒で、携帯電話以外には興味がありませんといった様子だった。
「部長ってことは、あんたも、ここを過疎化させた人間の一人なのか?」
「だとしたら?」
部長さんは、やはりこちらをむかず、携帯電話で何かを入力している。
「あ、あなたが練歩をたぶらかしたんですね!」
何も答えなかった。
福祈の部長と言えば、鮎先輩と赤根先輩から話は聞いている。北川右右子、インフェルノとかいう仰々しいモグラ叩きで有名らしい。
ああ、制服をインフェルノで燃やしたせいで、だから持っていないのかな?
「帰るぞ」
そういって、彼女は立ち去ってしまった。
後を追うように、大川さんも走り去ってしまった。
一瞬だけ振り返ってこちらを向いた。
「四万十さんのことが気になるのかな……」
「まあ、それもそうだろうけどな、まあ一番はお前のことが気になっているとは思うけど」
「なんで?」
過奈はため息だけついて、答えてくれなかった。
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