「アリカタくん、水を飲むんだ。死ぬぞ」

 どうやらあれでもまだ手加減をしていたようだ。そう思わせられたのはアリカタがレンリの下っ端アリになってすぐの事だった。

「アリ。これだ」

 レンリが指したのはサンドバッグだった。吊るされている物では無く人が抱えて耐えるタイプのやつ。

 アリカタはそれを抱え踏ん張る。歯を食いしばりレンリから繰り出される蹴りの衝撃の備える。

 まるで交通事故の轟音の様な音がトレーニングルームに響きアリカタはサンドバッグと共にその場に立ち尽くした。気絶をして。

 緊張が過ぎたのだろうアリカタはその体をただの棒としてサンドバッグと床を繋げた。

「おお、わたしの蹴りを受けて立っているやつがいるとは。よし! もっかい蹴ってやる!」

 隅でじっと待機するキサキはふたりを見つめていた。

 何度蹴っても微動だにせずサンドバッグを支え続けるアリカタに満足していた。そして、レンリは満足するはずだとも感じていた。

 アリカタの足が汗で滑って転げるまで蹴りは続いた。

 気絶から回復したアリカタの目に最初に飛び込んできたのはしっとりと汗で服が濡れたレンリだった。服がぺたりと肌に張り付き主張する所は主張するその姿を見てアリカタは目を細めて思った。

(俺はロリコンじゃない。俺はロリコンじゃない。あ、でも勃ちそう)

 思いっきり蹴る事が出来て満足したのかレンリはアリカタの邪淫な気配に気がつく事は無くトレーニングルームを後にした。

「アリカタくん、水を飲むんだ。死ぬぞ」

 キサキから渡された水を一気に飲み干しアリカタは大きくため息を吐いた。

「キサキさん。これ、毎日ですか?」

「週イチだな」

「週イチですか……」

「体幹を鍛えるいいトレーニングになるぞ。相手との駆け引きも学べる。まあお嬢は直情型だから素直に蹴りが来るが」

「俺、私もお嬢って呼んだほうがいいのですか?」

「先に呼ぶべきではないな。向こうに答えて呼ぶべきだ。そうしないとさっきまでの蹴りが直接自分に来ると思ったほうがいい」

「あれが直接は、流石に死にますって。あの顔に入った蹴りが手加減されていた物とは到底思えないんですが」

「人間生きようと思えば存外生きているものだぞ。とりあえず着替えてこい。自室を貰っただろう?」

「え、ええ。本当にいいんですか? 新入社員が社長宅で年頃の娘さんと一緒に住むなんて……」

「その辺りはいいから早く着替えてこい」

 水をもう一本持っていけ、キサキはそうアリカタを追い立てた。

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