這い寄る不吉
第27話 変化の兆し
この前の一件があってから、俺は学校でどうマユミと関わっていこうかと一人頭を悩ませていたのだが、実際に過ごしてみると俺たちの関係性に大した変化はなかった。
そりゃそうだ、そもそもマユミとはそんなにしょっちゅう話すような仲ではない。今までだってクラスメイトの目があるところで会話をしたことなんてなかった。それがいきなり二人で話し始めたら、そりゃ悪意はなくともクラス中から奇怪な視線の的になるに違いない。
マユミも同じ気持ちだったのか、あえて話しかけてくるようなこともなかった。
そのうえ、今の時期マユミは文化祭の準備でてんてこまいだ。休み時間になってもクラスの誰かに裁縫の仕方を教えているか自分の作業に没頭していたし、昼休みは黒田と弁当を食べていたから、空き時間なんてものがなかった。
だから変わらず俺たちは学校で関わることはない……と言いつつ、やっぱりちょっと寂しい気持ちがないわけではなかったが。
唯一変わったことがあるとすれば、彼女とやたら目が合うようになったということだろうか。
たった今もそうだ。昼休みが終わるまでの残り五分を使って、五時間目の授業に向けて虚ろな目をして居眠りモードに遷移していると、その視線の先でマユミがこちらを見ていたことに気づいた。
黒田と一緒に弁当を食べていた彼女は、くっつけていた自分の机を離そうと椅子から立ち上がったところだった。そこで、俺がぼーっと意味もなく前を向いていたために視線が交差したのだ。
まどろんでいた俺の意識は覚醒し、思わず瞼をかっと見開き、自慢の三白眼を披露していた。その様子に気づいたクラスメイトは「怖っ!」と恐れおののいて教室から出て行ってしまったが、マユミは全くそんなことをせず、
「……ふふ」
と、天使のように穏やかな表情を浮かべながら、小さく手を振ってくるのであった。
これはもう、イチコロである。右ストレート一発ノックアウトである。
俺はそのマユミの動作に軽く頷いて返し、彼女が背を向けて教卓前に自席を戻す姿を見ながら、今度はどちらかといえば見惚れるといった意味で、再びぼーっと――
「わお、すっげーアホ面」
「……ほっとけ」
気づけば隣に立っていたヒロキ。好き勝手に人の顔を貶す男である。
しかし今のやり取り、見られてしまっただろうか。だとしたら面倒だ。
ヒロキは俺の前の空席にどっかりと座り、モデルのようにスラリと長い足を組みながら、
「すだっちの百面相を見るのが最近の趣味でね」
薄ら笑いを浮かべてそうのたまうと、背もたれに身体を預けていた。
「言うほど、そんなに表情なんて変わってねぇだろ」
「いやいや、前までは一体社会の何をそんなに怨んでるんだってくらい、生きにくそうにずーっと額に皺を寄せていたけどね、最近はなんだか機嫌がよさそうにも見えるよ。少なくとも俺には」
したり顔を浮かべつつ背もたれに体重をかけて椅子を傾け、ギコギコと鳴らして戯れていた。後ろに倒れて後頭部強打しろ。
とまぁ、どうにも。俺にも変化はあったらしい。
やっぱり、よく言うアレなんだろうか。人は恋をすれば変わる、だなんて。
……いや、やっぱりやめよう。女の子が言うなら可愛げもあるが、こんなこと未開の地に住むゴリラのようなガタイをした男子高校生が言うのは痛いだけだ。
俺もマユミも、出会ってから少しずつ変化があった。
同時に、人が変わるということは周りを取り巻く環境も変わっていくものなのだろう。
このあと俺は、そのことを身をもって知ることになる。
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