第26話 彼女の本当の気持ち

 学校最寄りの駅まで歩いているときも、電車に乗っているときも、家についてからも。

 片時もポケットにしまったスマホのバイブレーションによる報せを逃さぬように心がけていた。


 が、夕飯を食べ終わるこの瞬間までとうとうマユミからの連絡はなかった。


 これだ、この時間が最も辛いのだ。だから俺は自分からメッセージを送るのを戸惑っていたのだ。


 夜の時間、おそらく帰宅から風呂、飯までマユミはスマホを弄る時間が取れなかったのだろうと必死に理由を作りながらも、現在二十一時を迎えようとしていた。今までの経験から、マユミは二十二時を過ぎるとメッセージの返信をしてこないことが分かっている。おそらくその時間には寝てしまうのだろう。


 その時間が近づくにつれて、心のざわめきが強まっていくのを感じる。俺はいつからこんなナイーブになってしまったのだろう。硬派を目指していたくせに自分のことながら呆れる。


 俺のことを不良だと思っているうち学校の生徒たちが見たら嘲笑の的になるだろう。ヒロキなんてもう、爆笑だ。


 しかしそれでも気になってしまうものはしょうがなかった。今までのマユミとのトーク履歴をさかのぼりながら、過去のやり取りを眺めて気を紛らわす。スマホを見るのをやめようにも、すぐに不安が押し寄せてしまうのだ。今はこうすることでしか落ち着くことができなかった。


 と、そんなとき、


 ピコン、


「あっ、やべ」


 マユミからのメッセージが来た。一瞬で既読つけちまった。

 やばい、ずっと見てたと思われただろうか……少し恥ずかしい。


 なんて、そんなこと今はどうでもいいんだ。


 恐る恐る、見ていたトーク履歴を最新の内容に向けて下までスクロールしていく。


「今日はいきなり帰っちゃってごめんなさい、今大丈夫ですか?」


 それを見て、即座に「うん」と返答する。


 マユミが「今大丈夫ですか」と送るときはメッセージのやり取りをしたいときだった。わざわざそうやって聞いてくるところも彼女の真面目さが出ているような気がして俺は好きだった。そして何より、メッセージが即座に既読になったやつが暇じゃないわけがなかった。


 続いてメッセージが飛んでくる。


「メッセージ、送ってくれてありがとう。クッキーも食べてくれたんだね、嬉しい……」

 すかさずこちも返信する。

「さっきのメッセージにも書いたけど、クッキーすごく美味しかったよ。お礼のためとはいえ、わざわざ作ってくれてありがとう」

「不思議な感じ、私はクラスメイトの須田君に渡したのに、それが邦忠君に食べてもらってるなんて……本当に驚いちゃったよ」

「……隠しててごめん」


 メッセージを打ちながら、もらったクッキーの残りを包みから取り出し、口に放る。


「ううん、もともとアプリで知り合ったからね。こういうのって素性を隠すのが普通らしいし……私は分かりやすかったかもしれないけど」

「俺、はじめびっくりしたよ。まさか同じ学校だとは思ってなかったから」

「それで文化祭のことも私の背中を押してくれたんだね」

「それは、まぁ、たまたまそうなっただけだよ……」


 そう、あれは意図してやったことじゃない。


 マユミがもっとみんなと話したいと言っていたから、思いつくがままに提案しただけだ。


 そう、普通に……みんなに恐れられ、挨拶もろくに交わせない「不良の須田邦忠」としてではなく、一クラスメイトとしてマユミと接したかった。ただそれだけだった。


「なぁ、あのさ」

「何?」


 俺はずっと不安だった。

 マユミに不良としての姿を知られたらどうしようと思って、その事実を隠し続けていた。はあくまで別人であると、そう思わせておきたかった。


 友達がいないと言っていたマユミが、まともに話せた相手が不良であると思ってショックを受けたら、そしてそれが原因で俺を避けるようになったら……そう思うだけで、真実を打ち明ける勇気が出なかったんだ。


 それなのに今日、意図せず真実を知られてしまった。


 だから俺は、こう聞かずにはいられなかったのだ。


「もしよければ、これからも今までと変わらず、こうやって一緒にメッセージのやり取りしたい。たまに遊びにも出かけたいんだ。どうかな……」


 震える手でメッセージを送信する。相手の愛を確認する恋人のように、どこまでも女々しいと行動だと思う。


 きっと、マユミは快諾してくれるだろう。今までやり取りをしてきて、なんとなく察しがつく。マユミは見た目で人を判断しないし、ましてや噂だけで人格を決めつけ、避けるような人間ではない。そういうところが、俺は好きなんだ。


 それなのになんでだろう、どうしても聞きたかった。


 マユミの言葉が。彼女から不良である俺を受け入れてくれると、そう言って欲しかった。


 そしてやっぱり、彼女は俺が望んでいた通りに、

「もちろん、これからもよろしくお願いします」

 俺がメッセージを送ってからわずか数秒後、何のためらいもなくそんな言葉をくれたのだった。

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