第22話 頑張り過ぎな彼女

 自ら推しておいてこんなことを言うのはあれなんだが。

 意外にも、マユミは装飾リーダーとして抜群の働きを見せた。


 係決めの後「私、文化祭の装飾係リーダーに任命されたんだ! 頑張る!」とあてにメッセージが飛ばされた次の日から、クラスメイトがおぉ、と感嘆の息を漏らすほどのものすごい速度で装飾品を仕上げていったのである。


 もともと趣味でぬいぐるみ作りなどをしていた彼女にとって、装飾類の制作を担当するのはまさに天職と言えたのだろう。として推したとはいえ、活き活きしているマユミの姿を見るのはなんとも嬉しかった。


 装飾、と大雑把に括ってはいるが、実際の作業項目は多岐に渡っており、ウェイター係の生徒が身に着ける衣装はもちろんのこと、教室を喫茶店風に変えるための飾りつけや、お品書き等のデザインなど数多くの仕事を担っていた。


 ともに装飾係を担当し、もはやマユミにとってクラス一の仲良しと相成った黒田が主に各作業員のマネジメントを手伝いつつ、実作業や作業員への裁縫技術の伝授といったことはマユミの領分となっていた。


「小美濃さん、ここどうやって縫えばいいかな」

「あっ、ここはね、こうやってコの字に縫っていくといいよ。縫い目が目立たなくて仕上がりが綺麗に見えるんだ」


 そうやって、自然とマユミの周りにはクラスの女子たちが集まっていくのだった。


 それは始業式のあの日からは考えられない光景だった。例の成瀬と高山がマユミを罵り、それを遠くから傍観しているだけのクラスメイトたち。誰もマユミを助けようともせず、近づこうともしない。触らぬ神に祟りなしと、関わり合いを持とうとされなかった彼女の周りには、今や服の縫い方を学びたいとする女子たちでわいわいと盛り上がっている。


 その盛り上がりは文化祭というイベントが作り出す、期間限定の特別な雰囲気によるものかもしれない。


 けれどこれをきっかけに、マユミの周りにもっと心を許せる友人が増えていくことを願わずにはいられない。いや、おそらくきっとそうなるだろうと、俺は遠巻きから彼女の活き活きとした表情を見て思った。友達なんて、そんなちょっとしたきっかけでできるものなんだろう。


 しかし、一切心配がないかと言えばそうでもない。

 端的に言ってマユミは頑張りすぎなのだった。


 文化祭の準備期間は、授業の一部が準備時間に割り当てられるのだが、それらの時間は女子たちへの技術伝達に費やしているので、自分の作業は滞ってしまっているようだった。そのため、放課後は一人居残って黙々と作業をしているし(俺は寝たふりをしながら実はこっそり見ている)、家に持ち帰ってなお文化祭の準備作業をしているようだった。


 これは学校での姿を見ていない、とのメッセージ上でのやり取りにすぎないが、本人曰く「好きなことだから全然苦じゃないよ!」とのこと。

 だがまぁ、傍目から見ても日に日に疲れが溜まっていることは明らかだった。


 ある日、俺は数学の退屈な授業を呆けた面でぼーっと眺めていると、黒板よりも手前で起こっている事象にひどく心を奪われ、その寝ぼけ眼を見開いた。


 なんと、あの真面目なマユミがうつらうつらと頭をゆらし、船を漕いでいるのだ。


 彼女がそれなりに教卓から近い席に座っているだけあって、黒板で何やらXだのYだのと書いていた数学教師田邊にすぐ見つかってしまった。

 「小美濃、起きろ」と言われると一旦は目を覚ましたようだが、ずっと眺めているとたびたび頭が不自然に揺れている。


 田邊は何度かマユミの様子を窺うように眺めていたが、やがて諦めたのか気にする様子もなく授業を進めた。マユミはそのまま、突っ伏しこそしないものの、授業が終わるまではそのままずっと寝こけていたようだった。


 しかし、そんな明らかに疲れているであろうマユミは、その日も変わらず放課後は文化祭の作業で一人居残っていた。


 いつも通り、授業が終わろうと誰にも起こしてもらえない俺は、放課後になっても机に突っ伏し続けていた。目が覚めたときにはいつも教室に誰一人として生徒はいない。各々部活なりに勤しんでいるのだ。


 それなのにこの文化祭の準備期間ではいつも、起きた俺の視線の先には机に向かって黙々と作業を進めるマユミの姿があった。授業中に不本意ながら居眠りをしてしまうほど疲れている日であっても、それは変わらなかった。


 マユミは真面目だ。だからこそ、リーダーを全うしようと一人で懸命に頑張っている。それはずっと彼女を見ていて十分に分かっていた。


 けれどこの状況は俺が焚きつけた結果であると言っても過言ではない。ゆえにどうしても彼女が頑張りすぎてやいないかと、心配せずにはいられなかった。


「……小美濃」

 気づいたときには声をかけていた。


 マユミは俺の声を聞いて後ろ姿でも分かるくらい、ぶるりと大きく全身を震わせた。首だけをこちらに向けながら、彼女はコトリと裁縫セットを机に置く。


「須田君?」


 そう言ってこちらに向けた表情は、眉をあげ、俺に話しかけられたという驚きを露わにしていた。


「すまん、驚かせたか?」

「あぁ、うん……多少」


 言いながら苦笑いを浮かべ、今度はしっかりと椅子ごと身体をこちらに向けてくる。


「文化祭の準備をしてるのか?」

「うん、そうだよ。自分がやらなきゃいけない分、まだ終わってなくて」


 チラリと机に置いてある衣装を眺め、少し困ったように目尻を下げた。机には大量の衣服と山のように積みあがった七色のボタンが鎮座していた。おそらく、衣装のボタン付け作業をしているのだろう。


 俺は手芸についてはとんと分からんので、ボタン付け作業というものがどれほど大変なものなのか想像がつかない。そんな俺でも机の上の服を見て「これは日が暮れるまでには終わらないかもな」と思えるほどの作業量だった。


「他に手伝ってくれるやつはいなかったのか」

「みんな部活があるみたいで、放課後は基本的に私一人でやってるんだ。まぁ手芸部だし、ほとんど部活みたいなもんだけど」


 えへへ、とにやけ顔を浮かべながら服をやさしくなでる。実際、その作業自体を彼女は苦に感じている様子はなかった。とはいえ、好きなことでもぶっ続けてやっていれば疲れないはずはない。


 本当なら「無理をするなよ」とでも声をかけたかった。でも、そんな無責任な発言はできない。「誰かと何かをやってみろ」と言った俺の言葉を信じ、その答えとしてマユミが選んだのがこの「装飾リーダーとしてみんなと文化祭を盛り上げる」ということなのだ。


 俺がするべきなのはそんな突き放すような言葉での励ましではなくて、彼女を応援してやることであるはずなんだ。


 だから、俺が言うべきことはこれだ。


「……何か俺に手伝えることはないか」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る