第16話 友達第一号!
マユミと休日デートをした次の日、幸せいっぱいで自然と笑みがこぼれていた俺とは正反対にマユミはいつにもまして思いつめた顔をして一日を過ごしていた。
マユミにいつも嫌がらせをしている成瀬たちもその日は特に面倒ごとは起こしていないようだったが、それでも彼女は眉根の皺を十字に刻み、憂愁の影を差していた。
一体何があったのか、と俺は遠目に彼女を眺めていた。こんなとき直接話しかけにいけないことに歯がゆさを感じる。スマホは持ってきているのだろうから、メッセージの一つでも寄こしてくれれば励ましやすいのだが……いかんせん、見守る他なかった。
そんなマユミが意を決して行動に移したのは、五限目の終わった休み時間のときだった。
「黒田さん、その、聞きたいことがあって」
なんと教室の最後列の席で静かに読書をする手芸部員、黒田に声をかけたのだ。まさしく先日俺が提案した通り、友達作りのために最も共通の話題が多いであろう彼女へのコンタクトを試みていた。
その様子を見かけた周りの生徒はマユミの行動の突拍子のなさに目を見開き、黙って動向を探っていた。俺はその理由を知っているがために意外には思わなかったが、それでもうまくやり取りができるのか心配であることに変わりはなかった。
大丈夫だろうか……よもや初めてのおつかいに出かける我が子を眺める親の気分だ。しかし、黒田の懐柔は初めてのおつかいの数十倍難易度が高い。けしかけておいてなんだが、こちらも気が気ではない。
「あなた、名前何て言ったっけ」
黒田は本から視線を外し、目の前に立つマユミの顔を窺いながら言う。
「小美濃です。
「あぁ、小美濃さんね。で、小美濃さんが聞きたいことっていうのは?」
淡々と要件だけを尋ねる黒田。その視線は凍てつくほどの冷気を纏っていて、遠くからでもプレッシャーが伝わってくるようだった。
マユミはほんの数秒、視線を泳がせながら黙りこくってしまう。しかし、腹をくくったとばかりに強く両手を握りしめると、改めて口を開いてこう言った。
「黒田さん、って手芸部、だよね?」
決然とした口調でそう尋ねる。あれほど俺と話していたときは渋っていたが、マユミは自ら友達作りへの一歩を踏み出したのだ。
しかし、そんな彼女の頑張りを気にも留めることもなく、
「そうだけど、それが何?」
と、黒田は冷たくあしらうような言い方で返す。俺はそれを見て思わずしかめ面を浮かべてしまった。
せっかくマユミが頑張っているというのに、なんだその態度は。マユミのクラスでの立ち位置が黒田に変なバイアスをかけてしまっているのだろうか……いや、優等生かつ、いつも冷静な見方をする黒田にとって、そんな稚拙な理由で突っぱねたりはしないだろう。
だとしたらマユミのしどろもどろな喋り方にイラついたのか?
いやいや黒田よ、それは沸点低すぎだろ。
心の内で応援するように、一点にマユミを見つめる。彼女は俺からの視線も周りの視線にも気づくことなく、必死に目の前の黒田に立ち向かっているようだった。
しかし今の一言で黒田に完全に圧倒されてしまった様子で、マユミは二の句が継げなくなってしまっていた。次第に俯きがちにチラチラと視線を泳がせている。
こういうときに助け舟を出せない自分が情けない。しかし、友達作りというのは、マユミ自身が頑張らなくてはいけないものだとも思う。俺は遠くから眺めて応援することしかできない。
(がんばれ、がんばれマユミ……!)
そんな時ふと、何かを見つけたのかマユミの目が大きく見開かれた。そして曇った表情がパッと晴れるように少し口角が上がったのが見えた。
「このぬいぐるみ黒田さんが作ったものだよね?」
途端、興味を失っていた黒田の瞳に光が宿る。マユミはしゃがみながら、何やら黒田のバッグについている猫のマスコットキャラのぬいぐるみを触っていた。
「……! なんで分かったの?」
「縫い目が手縫いだから、もしかしたらハンドメイドかなって。私も、ぬいぐるみ作るのが好きなんだ」
黒田を見上げながら、マユミはいつもの柔らかい笑みを浮かべていた。
「そうだったの……。うん、それハンドメイドだよ。このキャラが好きで、部活で習いながら作ってみたの」
そう言いながら、俺が見たこともないような優しい笑みで黒田はその猫のぬいぐるみを撫でる。
「なんだか気づいてもらえると嬉しいな。小美濃さんが作ったぬいぐるみ、今持っていたりする?」
「うん、黒田さんと同じように私もバッグにつけてるから!」
「そうなんだ! 是非見せて欲しいな」
黒田は先ほどまでの冷たい対応から一転し、マユミに笑顔を向けた。それを見たマユミはほっと胸をなでおろし、安堵の表情を浮かべている。
そのあと二人は旧知の友達同士であるかのように手芸の話で盛り上がっているようだった。黒田にとって、手芸について分かり合える友人と話せることがよほど嬉しかったと見える。そもそも黒田自身も、他の女子も含めてあれほど人と喋っている姿を見たことがなかった。
よもや俺が心配することはなさそうだ。二人の和やかな会話シーンから目を逸らし、安寧のもと机に身体を突っ伏すこととしよう。
「おい、何穏やかな表情してんだよ。らしくないぞ」
ヒロキが打ち付けに俺の机の前から顔を出す。驚きのあまり、思わず声をあげそうになった。こいつはいつも、背後から声をかけてきたり机の下から現れたり……一体なんなんだ。
ヒロキは俺が先ほどまで眺めていた方向……つまりマユミと黒田たちへと視線を移し、おもむろにこう言った。
「珍しいよな、あのミノムシが黒田と話してるなんて」
「そ、そうなのか。興味ないが」
唐突にマユミたちについて話し始めるヒロキに対して、できる限り内心のキョドりを悟られないよう、抑揚なく答える。マユミとの関係がヒロキにバレると、いろいろ面倒な気がしてならない。きっとやたらといじってくるだろうし、次の日にはクラス全体に知れ渡っているかもしれない。
ヒロキはマユミたちからこちらに視線を戻し、いつもの様にひょうきんな顔を浮かべながら、
「最近すだっちよくミノムシのこと見てるよね。いじめる対象探してるの?」
と、まさに心を見透かされたかのような発言に内臓がひっくり返るかと思った。いや、別にいじめの対象探しでマユミを見ているわけではないが。
「べ、別に見てねぇし、俺は人をいじめねぇよ」
「ほんと? 普段の行動を自分で振り返ってみたほうがいいよ」
普段の行動を顧みたって別にいじめはしていない。相手が勝手に怖がっているだけだ。俺は生まれながらにして目つきが悪いだけ。ケチをつけるなら神様の造形技術に対してだ。
「すだっちが実際にいじめをしてるかどうかはどうでもいいんだけど、じゃあなんであっち向きながらニヤニヤしてたのさ」
言いながら、ヒロキは未だ会話に花を咲かせるマユミたちの方向を指差す。
「それは、あれだ。黒田が美人だなって思っただけだ」
「本当にそう思っているとして、すだっち絶対言わないよね。チャラチャラしてる俺ならまだしも」
ヒロキは探るように、俺の目をまっすぐに見つめる。なんだこいつ、いつにもましてしつこいぞ。そんなに俺の恋愛事情が気になるのか。もしかしてあれか、俺に気があるのか。それなら悪いが俺にそっちの気はないぞ。
変に執着するヒロキの相手をしていると、思わぬところから助け舟がやってきた。
「邦忠、また寝そべってんの。ちゃんと授業受ける準備くらいしなさいよ」
アリサが口を尖らせながら近づいてきては、持っていた数学の教科書で頭を小突いてきた。
「うるせぇな」
「アリサちゃん、今こいつ黒田眺めるのに必死だからほっといてあげてよ」
「眺めてねぇって言ってんだろ!」
俺がそう言って否定しながら、ヒロキを無視するように逆方向に首をひねってそっぽを向いて寝ると、視界の外からやたら不満げな声が聞こえた。
「ふーん」
その声が変に淡白なものだったので、横目でアリサの顔色を窺うと、なんだかやたらジトッとした目つきでマユミと黒田の二人を見ていた。そしてこちらに向き直ると、手に持った教科書でもう一度俺の頭を叩いてきた。今度は先ほどより勢いよく、やや痛みを感じる程度の強さで。
「痛ぇって! なんだよ、いきなり」
「べっつにー」
と言いつつ、明らかにその表情は何か物申したい様子だった。
「アリサ~自販いかない?」
アリサは何某かに呼ばれてケロッと表情を変え、「行く行くー」と元気よく返しながらこの場から去っていった。ヒロキはそれを残念そうに眺めながら、それでもいつもよりは短時間で切り替えて俺に向き直ると、結局休み時間が終わる瞬間までチクチクとマユミのことを探るのだった。
ヒロキが面白半分に根掘り葉掘り俺から情報を引き出そうとしてきたが、結局最後までだんまりを決めこんだ。なんだか変にネタに扱われるのも嫌だったというのも理由の一つだが、何よりヒロキにとって、マッチングアプリを俺が使っていることは知っているにしてもマユミが使っていることは知らないはずなのだ。
そういうのはあんまり言いふらさないというのがマナーだろうと思った。なんとなくだけど。
休み時間が終わる頃、マユミと黒田が仲良さそうに笑顔を浮かべながら別れる場面を見かけた。どうやら友達を作る作戦はうまくいったらしい。
俺はホッと胸を撫で下ろし、再び瞼を閉じる。
おかげで六限目の授業はぐっすり安眠することができた。
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