第15話 彼女の幸せを願って
「……? 邦忠さんいきなりどうしたんですか」
俺があまりに真面目な顔をして突拍子もないことを言ったから驚いたのだろう。マユミは頭を傾げながら、困惑するように眉根を寄せて問い返してきた。動揺したせいか、口調も敬語に戻ってしまっている。
「あ。いや、さ……なんかマユミさんに友達いないのなんておかしいなーなんて思っちゃって」
なんだか恥ずかしくなって、誤魔化すように頭をかきながらそう答える。
だっておかしいではないか。こんなに可愛くて愛しい人が、「誰も友達がいない」と気落ちしているなんて。俺はいつだってマユミに笑顔でいて欲しいって、勝手に思っているのに。
しかし、マユミは少し神妙な面持ちを浮かべ、
「だって私、見ての通り根暗だし、別に不思議じゃないと思うよ。そもそも話しかける勇気もないし……この前だってクラスの子から、なんかその……い、嫌がらせみたいなことされるような、そんな感じなんだよ?」
諦観の念を示すように、歯切れ悪く語る。
瞬間、頭の中に成瀬たちの姿が思い浮かび、咄嗟に、
「いいんだよ、あんな奴らは気にしなくて。もっと他にいい子がいるでしょ」
と答えてしまう。
「……あんな奴ら?」
不思議そうに首をかしげるマユミ。
「あいや、『そんな』やつらだよ。クラスメイトをいびるやつなんてろくなもんじゃなさそうだ」
慌てて言い直す。危ない危ない、目の前でその場面を見ていただけに、たまに知った風な口調で話してしまう。あくまで別の学校の人間である体でいなければ。
「それに別に根暗なんかじゃないじゃん。今こうやって俺とだって普通に話せてるし」
「そ、それは、邦忠君だから喋れるだけで……」
突如照れるマユミ。そして唐突なキラーパスに「あ、お……おう」などと挙動不審になってしまう俺。
いやいや、「邦忠君だから」なんて言われたら一発で惚れてしまうじゃないか。不意打ちすぎるぞ。
お互い恥ずかしくなってしまい、しばらく口を閉ざした。しかし改めて、オホン、と少しわざとらしく咳ばらいをしてから、俺は話を元に戻す。
「お、俺と話せるっていうのは具体的にどういう理由で……」
「なんか直接聞かれると恥ずかしい……でも、なんだろ、やっぱり事前にメッセージとかでやり取りしてて、人となりもなんとなく分かってたとか、そういうのも関係するのかも……」
頬をほんのり赤らめたまま、顎に手を当て考えるようにして彼女は言う。
なるほど、どういう人か分かっているとしゃべりやすいのか。なんとなく、分かる気がする。結局人間には性格の相性というものがあるものだし、初めて会う人全てが自分と仲良くしてくれるかなんて分からない。多分、マユミのように自信がないタイプだとより一層その警戒心が強いのかもしれない。
すっかり食べることを忘れた俺たちは、皿の上にフォークを置き去りにしたまま、会話を続ける。
「じゃあ、なんとなく共通の趣味がある人に話しかけてみればいいんじゃない? そうすれば話も続きやすいだろうし、人となりも掴みやすいだろうし」
「趣味……って、お裁縫とか?」
「うん。前にマユミさん、手芸部に入ってるって言ってたじゃん。手芸部の人とか仲良くなれそうな人いない?」
「学校の決まりで部活入らなきゃってことになってるから一応入ってはいるけど……去年からほとんどいけてなかったし幽霊部員みたいなものだよ」
彼女はそう言って、顔を俯かせる。そして下げた視線の先にあるパスタを見ては、思い出したかのようにフォークを手に取ってそれを口に運んだ。
「じゃあ、クラスメイトに手芸部の人とかはいないの?」
「いる……たしか、黒田さんがそうだった気がするな……」
その名前を聞いて再びピクッと反応しそうになる。
黒田か……よりにもよってあいつとは。
「その子に話しかけてみればいいじゃん」
できる限り自然を装って提案してみる。
しかし彼女は手に持つフォークの動きを完全に止め、
「でも彼女、すっごく綺麗な上にクールでかっこいいんだよ。私なんかが話しかけて迷惑かもしれないし……」
と言いながらも、自信なさげに声量が少しずつボリュームダウンしていった。やはり自分から話しかける、ということに対して勇気が出ない様子だ。
「そんなことないって、大丈夫だよ」
俺はどうにかして勇気づけるように、あえて軽く彼女を応援した。
とはいえ、彼女が黒田に対して引け目に感じるのも納得ではあった。
友達を作ろう、と考えたとき最初の相手に黒田を選択するのは、正直なところ分が悪いだろう。
なんといっても黒田は近寄りがたいのだ。そういうオーラを放っている。モデルかと思えるくらいにすらっと背が高く、まっすぐに伸びた黒髪が印象的な純和風系の美人で、成績も優秀スポーツも万能と、まぁ簡単に言うと完璧超人なのだ。男どもも黒田に憧れるやつは多いが、頂上が高すぎて見えないくらいの高嶺の花であるがゆえに手が出せない、という状況らしい。すべてヒロキの情報だが。
そんな黒田が手芸部であったことも驚きではあるが、それをネタにマユミが話しかけるのであれば……まぁ別におかしなことではないだろう。ナンパしようというわけでもないのだし。
「きっと、その黒田さんがぬいぐるみ作りとか、パッチワーク? とか好きならマユミさんとも仲良くなれると思うな。マユミさんだって休みの日はずっとやってるくらいお裁縫が好きなんだから」
「そうかなぁ……そうだといいなぁ」
「大丈夫だよ! 俺と話しているときを思い出して気楽に話せばいいんだって」
少しでも勇気づけられるようにとテンション高めに励ます。マユミはそんな俺に対して肩をすくめながら自信なさげにも柔らかく笑ってみせてくれた。
本当なら、自分が友達になれればいいのに。
彼女の浮かべる暖かい表情を眺めながら、そんなことを思っていた。
でも、そうすることはできない。
学校では悪名高い自分ではマユミと友達にはなれるはずがない。
俺はこうやってマユミと休日でかけたりしながらも、学校では特に絡まないようにしている。もちろん、学校での「須田邦忠」とマユミは面識がないからというのもあるが、何よりも不良と噂されていることがバレ、彼女に嫌われてしまうのが怖いからだ。それだけはなんとしても避けたかった。
結局は保身でしかないのかもしれない。
けれど、どうしても学校でその正体を明かすことはできなかった。
おかげでいつも、マユミが一人寂しそうにしているのを遠くから眺めてばかりだ。
だからこそ、マユミに友達ができればいいと思った。俺が直接彼女を救うことができないのなら、こうやって間接的にでも背中を押して、友達ができれば少しは学校に馴染めるんじゃないかって、そう思ったんだ。
気づけば、パスタはすっかり冷え切ってしまっているようで、水気が完全に失われていた。俺たちはお互いの皿を見ながら顔を見合わせ、苦笑いを浮かべあった。
「食べちゃいましょうか」
「そうだね」
アルデンテを越えて固くなったパスタは決して出来立てより美味しくはなかった。けれどそんなパスタを食べながらお互い眉根を寄せて笑い合えるなんてことが、味の良し悪しなんかよりもよっぽど重要で、俺にとっては最高の幸せだった。
そんな幸せを噛みしめながら、俺たちはなんとこのまま四時間も他愛ない会話を続けて店に居座り続けた。趣味のことや学校のあれやこれやを話しているうちに店内からは他の客が少なくなっていき、気づいたら外は暗くなっていて、店の窓からは街灯がぽつんぽつんと点灯していく様子が見られた。
俺たちはどちらが言うでもなく「帰ろっか」という空気になり、夜飯を食わずに店を出てそのままマユミを駅の改札まで見送り、俺も帰路についた。
四時間もレストランでただ駄弁るだけなんて、学生だからこそできる業だなとも思いながら、実は同世代の友人とこんな過ごし方をするのは初めての経験だった。
こんななんでもない出来事こそが青春の一ページなんだなぁ、それもマユミと一緒に……なんて思いながら、この日は幸せ気分で終始ほっこりと頬を緩ませたまま電車に揺られていた。
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