初めての異性とのつながり
第14話 NO FRIENDS NO LIFE
今年の春先は例年に比べ少し暖かく感じられた。
地球温暖化による影響で平均気温が少しずつ上がっていることも要因の一つかもしれないが、何より俺自身の体感上昇が主な原因であろう。
最もそれは、運動効果によって引き起こされたものではない。緊張による心拍数の上昇のためであると思われる。
マユミと出会って早くも一ヶ月が経過しようとしていた。時間というのは恐ろしいもので、出会った当時に比べるとデート時の緊張度はだいぶ緩和されてきた。
おかげで最初の頃は会うたびに時限爆弾の解除コードをヒントもなしに切断する爆発物処理班の如く手汗びっしょりで過ごしていたものだったが、今は夏場に直射日光を浴びながら行うサイクリング時の手汗くらいには収まっている。
二人の親密度も確実に上がっていて、今日も二人で池袋の百貨店「北武」までショッピングに出かけるという、なんともカップルまがいなイベントを行っている。マユミが「ぬいぐるみ作りに必要な材料を今週末買いに行く」と言っていたので、じゃあ俺も、とついてきたのだ。
こういう男女間の気軽さが、今まで女性との関わりがなかった俺にとっては何とも言えない趣を感じさせる。リア充一派への仲間入りも近いかもしれない。
しかしいざ手芸用品店に入ると、マユミは手際よく必要なものを買いそろえ、用事自体は十数分ほどで終わってしまった。彼女が会計列に並んでいる間店の出口で待つ。
「すみません、お待たせしました」
買い物袋を持ってパタパタと駆け寄り、いつものように深々と頭を下げるマユミ。見ると、額に少し汗がにじんでいた。
「大丈夫だよ。もしかして気を遣わせちゃった?」
買い物中、妙に彼女が手際よく買うものを揃えて見えたので、「さすがよく来るだけあるなぁ」などと単純に考えていたが、もしかしたら俺を待たせまいと急いでいたのか。本当は一人で来てもう少しゆっくり見たかったのかもしれない。俺が来ると言ってしまったがために、気を遣わせてしまったのか……と今更ながらに申し訳ない気分になる。
マユミは俺の表情を伺うと、ゆっくりと首を振り、
「ううん、大丈夫。実際今日は買うもの決まってたから。それに、せっかく邦忠君と外出してるんだから、もっとゆっくりお話したいし……」
顔を赤らめてそっぽを向いてしまった。
もじもじと服の袖口を弄っているのがなんとも可愛らしい。
しかし俺も俺で、なんだか照れてしまって頬をポリポリと掻いていた。彼女が「
せっかく友達になったというのに、ハンドルネーム呼びもどうかと、俺たちは下の名前で呼び合うことにした。俺が「ホウチュウ」ではなく邦忠という名であると明かすと、マユミは「邦忠、君……」と少し恥ずかしそうに控えめな声で呟いた。
その瞬間、俺の心臓が陸に上がった魚のように勢いよく跳ねたのは言うまでもない。
そんな初々しい思いが、未だに抜けきらないのだ。
早まる鼓動を抑えるように、軽く呼吸を整えてから、
「ありがと、じゃあ今日も二人でいっぱい話そう!」
顔を赤らめ視線を逸らすマユミの気を引くように、あっけらかんと言い放つ。すると、彼女は「はい!」と歯切れよく答え、嬉しそうに笑顔を浮かべた。
俺たちはその後昼飯を食べようと、同じデパート内にある飲食店街を物色した。
マユミが「邦忠君が食べたいものでいいよ」と言うので、ツバメ珈琲店のときみたいに変にかしこまった店で自分が仰天こいて白目をむかないように、リーズナブルで女性受けもよさそうなパスタ専門店に入ることに決めた。
店内に入り四人用ボックス席に通されると、俺たちは種類数多のパスタの中から散々悩んだ末に明太子バターパスタとペペロンチーノをそれぞれ頼んだ。
マユミはふぅ、と一息つくと、上着を脱いでは先ほどの買い物袋と一緒に綺麗に整頓して隣の席に置いた。
「それにしても、いろんなもの買ったね。これ全部ぬいぐるみ作りに使うの?」
「ぬいぐるみだけじゃないよ~。他にもパッチワークとか、たまに服も作ったりするんだ」
「服? 服を作るってすごいなぁ」
「そんな大したものじゃないよ~。デザインもシンプルなものばかりだし、まだまだ下手くそだし……」
そう言って困ったように薄く笑みを浮かべる。裁縫針に糸を通すことすらできるか怪しい俺にとっては、服を作れる時点で十分すごいと思うのだが。
「休みの日は結構裁縫してるんでしょ?」
「うん、用がない日はいつもやってるかな。朝から始めたのに夢中になりすぎて気づいたら夕方とかしょっちゅう」
「時間を忘れるほど楽しい趣味っていいなぁ」
「いやでも、休日なのに一人で黙って部屋にこもってるし陰気だよね……だから友達もいないんだよね……」
再びハイパー自虐タイムに入る。それだけ真剣に打ち込める趣味があるということ自体、素晴らしいことな気はするのだけど。それとも、あまり趣味の話は触れられたくないのか……?
いずれにしても、
「やっぱり、マユミさんってネガティブな人?」
「そう……ですね……」
図星をついてしまったか、頭上にどよーんという擬音が浮かんでしまいそうなほどしょげてしまった。
タイミングのいいことに、そんなマユミの前に注文した明太子バターパスタが届く。視線が目の前の皿に移る彼女を見て、「まぁまぁ、先に食べちゃってください」と勧める。食べ物でつるようで申し訳ないが、人間はたいてい腹が膨れれば元気が出るもんだ。
縮こめた身体をゆっくりとおこし、マユミは小さく「いただきます」と言って丁寧にパスタを口に持っていく。ゆっくりと頬張りながら十分に味わうと、ふわっと顔を綻ばせた。
俺からすると、マユミに友達がいないというのは実際の学校生活を見ていてすでに知っている。ただ、それはあくまでここ一ヶ月、同じクラスになってからの話で、去年のことは何一つとして知らない。
「一年生のときの友達とかはどうしているの?」
俺がそう尋ねると、「……んく」とやや急ぎ気味にパスタを飲みこみ、
「一年生のときは本当に学校に行けてなかったの。だから友達という友達はいなくて……」
と暗い表情を浮かべ答える。
どうにも、友達がいないというのをコンプレックスに思っているようだった。そりゃそうだ、俺だってまともにつるめる相手なんてヒロキくらいなものだし。学校行ったら周りの友人と普通に打ち解けたいと思うのはごく自然なことだと思う。
ただ、彼女の場合は俺とは事情が違う。
拗らせて不良の振りなんかしていない。単純に、友達を作るタイミングを逸しただけだ。それでこんな風にコンプレックスに思ってしまうのは、なんだかかわいそうな気がする。
マユミの顔を眺めながらしばらく思考に耽っていると、白シャツの似合う清潔感溢れるお兄さんが俺のもとに出来立てのペペロンチーノが届けてくれた。唐辛子のツンとした刺激臭が鼻をそそる。美味しそうだ。
俺は汚い食べ方をして愛想をつかされぬよう、マユミを真似てゆっくりとパスタを食べる。さすが大正義ペペロンチーノ、ガーリックの味が安定した美味しさを誇る。
「どう? そっちも美味しい?」
マユミは食べる手を止め、ペペロンチーノを頬張る俺の様子を窺っていた。俺が「うん、こっちも美味しいよ」と答えるなり、マユミはフフフ、と小さく笑顔を浮かべた。そんなやり取りが俺にとっては新鮮で、こうして話しているだけなのにとても幸せな気分になる。
マユミはスパゲッティーを食しては頬を緩ませ、口に運ぶたびに美味しい美味しいと呟いていた。その幸せそうに食べる姿が、先ほどの暗い表情と酷くギャップを感じさせた。
彼女には、いつもこんな笑顔でいて欲しい。
俺は彼女をスパゲティから立ち上る湯気越しに眺めつつ、ふと、
「マユミさん、友達作ろう」
そんなことを口走っていた。
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