第13話 デコボコな二人
しばらくしてから、スマホのバイブレーションが鳴った。
「ツバメ珈琲店着きました。中にいますかね……?」
メッセージを読むと同時に、期待に胸を高鳴らせながら顔を上げて窓の外に視線を向ける。するとそこには、背のびをしながら店の中の様子を窺っているマユミの姿があった。
心なしか肩が上下して息が上がっているように見える。走ってきたのだろうか。
自分の居場所を報せるように店内から外に向かって手を振る。それを見つけたマユミはニコッ、と笑顔を浮かべると、小走りで店の入り口に向かっていった。
入店を報せるアンティークなベルの音が鳴る。同時に心臓が脈打ち、再び緊張が走った。
マユミは待ち合わせであることを店員に伝えると、トタトタと急ぎ足で俺の座っている席へと近づいてきた。
そして、俺と目が合うや否や、
「連続で遅れてしまい、ごめんなさい! その、学校で掃除当番だったせいで遅れちゃって」
言いながら、この前会ったときと同じように大げさに頭を下げる。
「大丈夫です、気にしないでください! とりあえず座ってゆっくりしましょう」
俺はできる限り緊張を悟られないように、丁寧な口調で言う。それに対してマユミは軽く会釈をすると、向かいの椅子に座って小さく息を吐いた。
予想通り、マユミは小美濃繭実その人だった。今日学校で見かけた通り、赤いリボンのついた指定ブレザーを着て、長い黒髪をおさげに結んだその姿のまま、俺の前に現れたのだった。
とはいえ、マユミが小美濃繭実であろうと、正直俺にとってはあまり関心がない。そもそも今まで小美濃繭実を認知していなかったのだから、一昨日初めて会ったという事実も変わらない。
どちらかというと、彼女に俺が同じ学校で不良と噂の須田邦忠であるということを悟られてしまうことの方が心配だった。が、
「ホウチュウさんの制服姿、なんだか新鮮ですね」
俺の制服を見ながら、笑顔を浮かべて彼女は言った。どうやらバレていないらしい。昨日お互い顔を見合わせていたから、今日改めて会った途端素性が知られてどん引きされるんじゃないかと内心不安だったのだが、それも杞憂のようだった。
喉に堰き止められていた不安と緊張を胃に流し込むように、缶コーヒーよりも心なしか苦いように感じるツバメ特製ブレンドコーヒーを一気に飲み干した。
カチャン、とコーヒーカップを皿に置きながら、俺はどうやって話を切り出すか決めあぐねていた。
すると、マユミの方から口火を切り、
「あの、一昨日はいきなり帰っちゃってすみませんでした」
そう言ってまた、彼女は顔を伏せながら謝るのだった。
先ほどとは違う罪悪感が胸に満ちる。謝るべきなのは俺の方だ。
「いえ、僕の方こそいきなりあんなことしちゃって……すみませんでした。一人で勝手に盛り上がってしまって……」
「いやその! 私もいやだとかそういうのではなく……ちょっと驚いちゃっただけで、その……」
俺の言葉を遮るように言いながら、いつもの癖で両手を顔の前で振っていた。
いやじゃなかった……? ってどういうことだ。
「あっ、注文しなきゃですね、ごめんなさい」
そう言って、マユミは立てかけられていたメニューを手に取る。心なしか、顔が紅潮しているようにも見える。
お互いなんだか気まずくて言葉が出てこなかった。数分後、マユミが注文したカフェラテが届くと、彼女は湯気が上がるティーカップを傾けてすすりながら、チラチラと俺の顔を伺っているようだった。
「……よくよく考えてみれば、あのアプリって、その……異性の人と出会う場でもあるんですよね……」
コトッ、とカップをソーサーに置きながら、彼女はたどたどしく呟く。
「なので、えと……わたしも、いやじゃないですし……いやじゃないってあれですよ! 別にやましい気持ちがあるってわけじゃなくて!」
落ち着いた様子でしゃべっていたかと思いきや、今度は突然声を大きくあげる。それが変にオーバーリアクションだったがゆえに店内にいた数名の客が迷惑そうにこちらを一瞥した。
他の客からの視線に気づいて、しょんぼりと肩を落とすマユミ。
「大丈夫だよマユミさん、分かってるから」
薄く笑みを浮かべながらマユミを諭す。なぜだかテンパる彼女を見て、こちらは逆に穏やかな気持ちになっているようだった。
マユミはチラチラとこちらに目配せをしながら、何やら口をもごもごと動かしていた。
「だからその、そういうことなので……」
火照った顔の赤色が、さらに耳や首すじにまで広がっていった。明らかにテンパっている様子だったが、ふと何かを決意するかのように目をきつく閉じ、息を吐きだす。そして再びその黒目を大きく開くと、マユミは勢いよくこう言い放った。
「あの、私とお付き合いしていただけないかと!」
謎の申し出のあとに訪れる沈黙。整理しきれない展開に思わず、
「はいっ?」
今度は俺が大声を上げる番だった。周りの客からの視線が再度集まったが、そんなことを気に留める余裕はない。
「いやいや、いきなりどうしたの! 自分を棚に上げるようであれだけど、いきなりそんな……」
「ダメなんですか……」
道端に捨てられた犬のごとく、つぶらな瞳をでマユミは言う。その仕草に思わずドキッとしてしまい、はぐらかすように店の外へと視線を投げた。
「いや、ダメじゃないけど……なんでいきなり?」
俺の問いに、マユミは顔を伏せて少し悩むような表情を浮かべた。そしてゆっくりと、自分の心情を語り始める。
「私、実は病気がちで、一年生のときほとんど学校にいけなかったんです。それがあって、本当に友達がいなくて……もちろん、病気のせいだけじゃないとは思うんですが」
マユミが語ったことは昨日ヒロキから聞いた話と合致する。学校に来てなかったのは病気のせいだったのか。
「私も高校生にもなって友達がいないっていうのが寂しくて……それであのアプリを始めたんです。最初はあんまりうまく使えこなせなくて、誰かと直接メッセージを取り合うこともなかったんですけど……そんな中、ホウチュウさんが話しかけてくれて、私すごく嬉しかったんです」
必死に女子とつながりを持とうと、メッセージを送りまくっていたときの当時の記憶が思い起こされる。
何人かの女子に話かけたが、その時はあまりに俺の絡み方が下手すぎて、誰一人としてメッセージを返してくれなかったのだ。
だけど、マユミだけは唯一返事をしてくれた。そこからメッセージのやり取りが始まり、一昨日初めてデートするに至ったわけだ。
「実際に会ってみても、優しくて面白い人で、初めて会ったあの日とても楽しく過ごせたんです。最後はあんな風に別れちゃいましたけど……」
「あのときは、本当にごめん」
「いえ、でも私、帰ってから思ったんです。あんなにいい人が私に好きだって言ってくれるって素敵なことなんじゃないかって。たしかに、びっくりして逃げ出しちゃいましたけど、嬉しくもあったんです」
彼女の視線が真っすぐこちらに向けられた。自分の気持ちをちゃんと伝えられるようにという強い意志が見て取れる。
「なので、友達とは言わずいっそのこと恋人としてどうかって……いやでも私なんかじゃダメですよね……あっ、そもそも聞き間違いだったりしました? うわどうしよう恥ずかしい」
そう言ってまた顔を大きく振り乱すと、耳まで真っ赤になった顔をうつ向かせた。
この子はどうにもテンパる癖があるようだ。
彼女の様子を見ているうちに自分まで照れてきてしまう。
そんなむず痒い気持ちを誤魔化すように、ガシガシと頭をかきながら、
「自分で言うのも恥ずかしいけど、聞き間違いじゃないよ。でも、やっぱり先走りすぎてたとは思ってるよ」
自分の過ちを改めて詫びる。
すると、彼女はそっと顔をあげ、
「じゃあ、やっぱりダメなんですか……?」
と、心底残念そうに眉根を寄せた。
そんな彼女を安心させるように、できる限り柔らかい笑みを意識して浮かべながら、
「ううん、でもまずは友達から始めない? で、もっと仲良くなってから俺から改めて気持ちを伝えさせてくれないかな」
初めて「俺」という言葉を使って今の気持ちを伝える。
ずっと彼女の前で演じていた、「一般男子高校生」から離れ、少しだけ自分自身をさらすように。彼女がそうしたみたいに、自分の気持ちをちゃんと相手に伝えたかった。
俺がマユミの目を見据えながらそう言うと、彼女の表情がパッと明るくなる。そして、改まって頭をたれながら、
「はい……! ふつつか者ですが、よろしくお願いします」
などと、大仰かつ堅苦しくも、マユミらしい言い方でそう答えた。
マユミは下げていた頭を上げる。そこで俺はようやく彼女の笑顔を見ることができた。つられるように、俺も自然と笑みがこぼれる。
こうして、マッチングアプリで出会った俺たち、不良といじめられっ子の奇妙な恋人未満の関係が始まったのだ。
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