第12話 偽りの姿
机に突っ伏しながら、窓際に座る彼女に視線を向ける。
今日、小美濃繭実は朝からちゃんと登校し、早退することもなく静かに一日を過ごしていた。昨日と同じく、時代遅れヤンキー女たちにちょっかいをかけられてはいたが、それを無視してどうにかやり過ごしたようだ。
小美濃繭実が、俺とメッセージのやり取りをしているマユミだとしたら、今すぐこの場で彼女を連れ出してそのままデートと行きたいところだった。
ただそういうわけにもいかない……恐らくマユミはこんな硬派な不良姿の俺なんか嫌だろうし、俺自身もこんな姿をマユミには見せたくはない。
だから俺は、多くの生徒が下校時に使う最寄駅とは真逆にある、ツバメ珈琲店という喫茶店にマユミを誘った。それなら、同じ学校に通っているとマユミにもバレにくいだろうし、万が一にもうちの生徒と会うことはないだろう。
考えながら、ジッと小美濃繭実に視線を送っていると、ふと彼女は何かに気づいたように視線を上げた。やばい、見てるのがバレたか、と一瞬心臓が跳ねたが、同時に教室の扉を開けながら「ホームルームやるぞー」と岡部が入ってきた。それに反応しただけらしい。
岡部が「高校二年のこれからはお前らにとって大切な時期だからな」とかなんとか、説教臭いことをホームルームで言ってるのを軽く聞き流したのち、帰宅の号令がかかるや否や俺は急いで教室を飛びだし、トイレに駆け込んだ。デートの前に身だしなみを整えなければならない。
日中の利用者はほとんど皆無だろうと思われるほど校舎はずれにある、薄汚れた男子トイレの鏡の前に立ち、ガッチリと固めた髪の毛に手を差しこむ。
本来身嗜みを整えると言ってすることと言えば第一に髪の毛をセットすることだが、今の俺は逆に髪の毛を崩した。水場で髪の毛を洗い流し、濡れた手のままタオルを取り出すと、ゴシゴシと髪の毛の水滴をふき取ってから軽く手櫛で髪をとかす。
さらに学ランを脱ぎ、来ていた赤シャツを学校指定の白のYシャツに変え、仕上げに伊達眼鏡を装着した。鏡から少し離れて自分の姿を確認する。うん、これなら間違いなく、一般男子高校生の姿と大きく相違ない。
俺はこの瞬間、学ランを脱ぎ捨て「不良の須田邦忠」をやめ、マユミに会いにいくのだ。
初めてデートに行くときも悩んだが、いつもの格好でマユミと会って、不用意に怖がらせるようなことはしたくなかった。だから俺はできる限り優男風のファッションに身を包んで新宿へと繰り出したのだ。
マユミをだましたいというわけではないが、それでも先ほどまでの極悪面校則違反ギリギリファッションで会いに行ったら間違いなくドン引きだろう。それだけは避けたい。
準備をしていたら待ち合わせ時間ギリギリになってしまった。慣れない格好に変身するのはどうにも手間がかかってしまう。
時間を取り戻そうと小走りで昇降口に向かい、校庭を迂回して裏門から出た。俺が走っているといつも遠くから悲鳴が聞こえる(ヒロキ曰く「デカいのが鬼の形相で走っていたら誰でも怖ぇよ」)が、今回はそうならなかったところを見るとそれなりに変装はうまくいっているようだ。
学校からある程度離れた辺りで、ポケットのスマホがかすかに震えた。取り出して画面を眺めると、マユミから連絡が来ていた。
「すみません、少し遅れてしまうかもしれません……先にお店入っていてください」
メッセージのあと、大汗をかきながら頭を垂れる犬のイラストスタンプが押される。なんだか先日のマユミの、あの大げさに頭を下げる姿が思い出され、少しほっこりした。
言われた通りに、待ち合わせ場所のツバメ珈琲店に先に入ってくつろいでいることにした。店内は挽きたてコーヒーの放つ独特の匂いに満ちていた。おかげで緊張で強張っていた身体もリラックスできた。
店内はレトロ基調で、照明はオレンジの暖色をメインとし、少し薄暗い。高校生が入るには少し場違いな、オトナな雰囲気を醸し出していた。
普段だったら間違いなく入ることはないだろうが、デートにはもってこいのシャレた店だった。昨日マユミとのやり取りをしたあとすぐに、ネットで調べて見つけた店だったが、間違いなくアタリだ。
入り口で連れが遅れて来ると伝えると、腰から丈の長いエプロン(ソムリエエプロンというらしい)を下げた大学生くらいの女性店員さんに二人席へと案内された。
席には腕置きのついた椅子が備えられており、座ってびっくり、身体を大きく沈みこませるようなふかふか素材だった。見るからに高級家具、といった様相を呈している。
そして俺は、店員から渡されたメニューの価格を見て驚愕する。
「カフェラテが千円……」
思わず白目をむいてしまった。先に入っておいて正解だった。まともな喫茶店ってカフェラテ一杯でこんな値段するのか。今朝買った緑茶ペットボトルなんて九十八円だって言うのに……これは予想外に手痛い出費だ。
メニューのページを行ったり来たりしながら値段を調査し、中でも最も安い「ツバメ特製ブレンドコーヒー(それでも八百円!)」を先ほどの店員さんに注文する。
思わず声がひっくり返りそうになりながらもなんとか注文を終えると、ポケットにしまっていたスマホを机に置き、ふかふかの椅子に身体を預けながらマユミからの続報を待つことにした。
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