第11話 陰と陽
翌日の俺はなんとも機嫌が良かった。
朝から小躍りしたい気分だった。放課後が待ち遠しくて、ずっとそわそわ足を揺すっている。六限目の授業が終わった今も、早く岡部が教室にやってきてホームルームを終わらせてくれないだろうかと心待ちにしているのだ。
今日の放課後はマユミとデートだ。女性と約束を取り付けたというだけで、日常がなんと彩られることか。こうやって浮かれた気分でいると、今まで生きてきた十数年間、「異性と二人きり」のシチュエーションを意識したことがなかったのだなと思う。
などと。せっかくルンルン気分で浸っていたにも関わらず、それを妨害するように何者かが唐突に背後からタックルをかましてきた。
「どうしたの、珍しいじゃん。邦忠が朝から機嫌いいのなんて」
背後を狙うとはなんて卑怯な! と持ち前の三白眼をギョロリと眇め相手を見定めると、そこにいたのはよく見る顔その②、アリサだった。
昨日は後で声をかけようなんて思っていたが、マユミとのことがあってすっかり忘れてしまっていた。
俺はアリサに向き直りつつ、わざとらしく眉をひそめる。
「別に機嫌よくなんてねぇよ」
「たしかにね、周りからはそう見えないかも。見方によってはイライラしてるみたいだし。でもまぁ、幼馴染の目は騙せないっすよ」
えへん、と自信有り気に腰に手を当てながら胸を反らせる。
「いつも通りだっての。周りからもイライラしてそうだなんて見られてねぇよ」
「邦忠は一回鏡で自分の顔を見てみた方がいいね」
そう言ってこちらから視線を外すと、俺の背後に誰か知り合いを見つけたのか「あっ」と声を上げ、急いで走り去ってしまった。完全に言い逃げだった。
「アリサちゃんかわいいよな」
そして走り去るアリサの姿を見届けていると、また背後からぼそぼそと呟く声が聞こえた。
「お前らさ、人の背後を取るのやめてくれない?」
「すだっちが隙を見せすぎなのだよ」
そう言って背後に立っていたヒロキが未だアリサに熱い視線を送っていた。
「なんであんな可愛い子がすだっちの幼馴染なのかねぇ。しかも手出さないし」
俺だって好きで幼馴染になったわけじゃないし、手を出さないのではなく出せないのだ……と言ったところでこいつには言い訳としか捉えてもらえないだろう。
アリサは所謂幼馴染というやつだ。
幼稚園に始まり、小中高とここまで同じ道を辿ってきた。親同士の仲が良かったこともあり、その間よく家に呼んだり呼ばれたりで、一緒に同じ釜の飯を食らい、同じおもちゃで遊び、同じように学んできたのだ。
道を違えたきっかけは小学校高学年の時にアリサがダンスを始めたいと言って地元のスクールに通い始めた頃からだろうか。俺が自宅で一人昆虫同士を戦わせる遊びに興じていた頃、あいつはダンスをめきめきと上達させ、それを学校で披露して見せた。
その出来栄えときたら思春期突入寸前の俺も自動的に鼻の下を伸ばすほどの可憐さだったが、その瞬間からたちまちあいつは人気者。マセガキな男どもが恋バナの話をすればみんながあいつの名前を挙げた。なんだかそれが悔しくて、当時は俺だけ別の子を好きになったほどだ。
そうして今見りゃなんだ、この差は。あいつは女子の憧れであるチアリーダー部に所属して主将を務めるクラスのマドンナ。かたや俺は硬派に憧れ不良まがいなことをした結果クラスの鼻つまみもの。手を出せって言ったってもう手の届く存在じゃないのは明らかだ。
「もうあいつとは住む世界が違うのさ。俺には眩しすぎる」
「まぁお前とアリサちゃんじゃ完全に光と闇だよな」
「うるせぇ。それに、昔から一緒にいすぎたせいで、今更そういう対象に見られないんだよ」
「お前、そんなこと言って『昔はお互いの裸を見た仲だ』なんて言うんじゃねぇだろうな」
「今どきそんな展開あるかよ。幼馴染ったってなんで異性の裸なんて見る機会があるんだ」
まぁ恋愛感情こそないにせよ、俺だってアリサは可愛いと思う。「クラス一元気で可憐な人気者」のレッテルを張られるアリサが幼馴染なのは役得なのかもしれない。幼稚園児だった頃は一緒に手くらいはつないだんじゃないかな。間違いなくそれが俺の恋愛偏差値絶頂期だっただろう。
「しかしアリサちゃんとあれだけ普通に話せれば他の子とも問題なく喋れるじゃん」
「そりゃ無理だ、未だにメッセージ送るのすら手が震える」
「シャイボーイなんだね」
明らかに侮蔑の意味合いが含まれた言い方だったので、肩で軽く小突く。
「で、なんでそんなに機嫌がいいの」
「お前ら、馬鹿にするわりには俺のことよく分かってるよな」
そんな風に言うと、ヒロキは「えっ、何、気持ち悪」と顔をしかめながら後ずさりする。
「一昨日会った子からまた会いましょうって昨日メッセージが来たんだよ」
「あーそれは脈ありだね。さっさと告っちゃいな」
「お前、テキトー言うなよ。こちとらそれなりに真面目なんだぞ」
ジトッと眉をひそめると、ヒロキは両手を頭の後ろに組みつつ、
「そんなつもりはねぇよ、実際そう思ってるさ。いやむしろ、すだっちの場合はテキトーなくらいがいいのかもよ」
なんて、未だにアリサの様子を遠目に窺っていながら軽い口調で言ってのけた。
鼻の下を伸びっぱなしのアホ面を見ていると、なんでこんな奴に説教されているのだろうと、自分が情けなくなる。
そんな簡単なことがあろうものか。少なくとも、ヒロキが言うようにテキトーに告白してオッケーをもらえるほど相手ではないと思う。実際にテキトーやって失敗した俺がそう思うんだから間違いない。
ハァ、と大きくため息をつきながら、上半身を机に預けて突っ伏した。
あぁ、早く岡田来ないかな。デートが待ち遠しくて仕方がない。
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