第10話 お互いの素性
始業式も済み、授業のない半日だけの短い登校日が終わった。
ヒロキから「このあとブクロでも寄ってこうぜ」と誘われたが、今朝の一件でそれどころではなかった俺は即時帰宅を決めた。
予期せず彼女と再会し、今もまだ気持ちの整理がつかない。
結局あの後、教室を飛びだした彼女が戻ってくることはなかった。ホームルームの出欠の際に、担当の岡部が「小美濃は体調不良で早退した」と簡易的に説明していたのを聞いた。
帰りがけに改めて、廊下の掲示板に貼ってあった組み分けの表を確認した。
「小美濃、繭実か……」
五組の一覧表の中にマユミの名前が載っている。
アプリで名乗る名前は必ずしも本名でなければならない、というルールはない。現に俺も、本名である「邦忠」をただ音読みにしただけの「ホウチュウ」と名乗っていた。が、あの生真面目なマユミのことだから、本名をカタカナにしただけ、ということもありえなくはないだろう。ましてや昨日散々見た姿だ、一瞬だったとはいえ見間違うはずがない。
家に帰宅し、自室のベッドに転がりこみながら彼女のことを想う。
「バレちゃったかな……」
すれ違いざまに、彼女は俺の顔を見て目を丸くしていた。単純にでかくて怖い奴にぶつかってしまったことを怖がっていたのか。もしくは昨日あった無礼なやつがなぜ学校にいるのかと驚いていたのか。
確かめようがない。少なくとも言えることは、昨日顔を見合わせた時点でお互いピンとこなかったということは、今までの学校生活において認知していなかったということだ。
ヒロキ曰く、「学校に来てないってんでうちの学年では有名だよ、割と」とのことだった。情報に疎い俺としてはそんな事情も全く把握していない。
しかし自分で言うのもなんだが、この学校の生徒で俺のことを知らないというのはなかなか珍しいと思う。悪名なことが心惜しいが、そんな噂すら知らないほどに、学校に来ていなかったということなのだろうか。
枕元に置いてあったスマホを手に取る。そしてアプリの画面を開いて「マユミ」と表示されたアカウントをタップする。
連絡を取ってみよう。今日会った小美濃繭実が、昨日会ったマユミ本人かどうかも気にはなるが、それよりとにかく昨日のことを謝りたい。これから学校で顔を突き合わせることになるのなら、なおさらだ。
表示されたマユミのアカウント画像である犬アイコンをジッと眺めながら、なんとメッセージを打てばよいか考える。あんなことをしてしまった手前、どんなノリで接すればよいか分からない。
「昨日はゴッメ~ン! いきなりで驚いちゃったかな(/ω\)」
これは間違いなく違う。
「昨日はデートしてくれてありがとう! 今度は池袋にでも行こうよ」
うーん、これはさすがに昨日のことを棚上げしすぎている気がする。
頭をガシガシとかきむしりながら、何案か文面を打ってみては消すという行為を繰り返す。散々悩んだ末に、素直に昨日のことを謝ることから始めることにした。
「昨日は本当にごめん。もしよかったら、またメッセージのやり取りから始めたいんだけど……」
あまり長くならないよう、最低限伝えたい内容だけを打ってメッセージを送信した。送信ボタンに触れた指が汗でにじんでいる。いつまで経っても、女の子にメッセージを送ることに慣れない。
スマホをベッド脇のテーブルにポイと投げ捨て、逃げるように掛布団の中へと潜った。
メッセージの返事はそれからしばらく経って、夕飯を終えて風呂に入ろうとしているときに来た。
机の上で煩わしいほどに自らを主張するスマホのバイブレーションを聞きつけると、俺は飛び掛かるように両手で掴んだ。そして通知画面に映る「マユミ」の文字に胸を高鳴らせる。
「いえ、私の方こそごめんなさい。いきなり帰っちゃって……ホウチュウさんがよろしければ、またお会いしたいです」
メッセージを見たとき、なんと嬉しかったことか。俺は表示される文章を何度か読み直しながら、空いた左手でグッと小さくガッツポーズを取った。
すぐさまメッセージを返す。
「それなら、明日の放課後にでもどうでしょうか……せっかくなので直接お話ししたいです」
ちゃんとメッセージが返ってきたからといて少し調子に乗りすぎかとも思いつつ、思い切って誘ってみる。するとすぐに返信があって「はい、そうしましょう」とのことだった。
ベッドに倒れ込みながら、天井を眺める。メッセージを開いたときの動悸がまだやまない。大きく息を吐きながら、巡ってきた幸運をしっかりとかみしめる。
昨日のことを気にしていないかどうかはともかくとして、まだ会ってくれるだけの気持ちがマユミの方にもあると分かっただけでも嬉しかった。
あとメッセージを読む限り、ホウチュウ=須田邦忠とは認識されていないようだ。普段の学校でのファッションと前回デートしたときのファッションがあまりに違いすぎるから気づかれないのか……? こんなガタイだからモロバレな気もするのだが。
俺は再びスマホに視線を戻しながら、ニヤニヤと抑えられぬ喜びを顔に浮かべ、明日どこに誘うか地元周辺の喫茶店事情をネットで探った。
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