第6話 あともう少しだけ続くんじゃよ
結局俺たちは、レースゲームを計三回プレイした。
二回目にはマユミも脱落することなく、しっかりとゴールまで到達していた。しかしながら、お互いゴール目前で他の参加者に抜かれてしまい、俺が二位でマユミが三位という結果に終わってしまう。すると、
「悔しいです! もう一回、もう一回だけ!」
と、彼女のレーサー魂に火をつけてしまったようで。俺も負けて終わりなのも気持ちよくはないなと思いつつ、三回目のレースに挑んだ。
さすがに三回目ともなれば慣れたもので、俺たちはほとんど同着でワンツーフィニッシュ。マユミは見事一位を勝ち取った。
そしてもちろん、こんな短期間で何度もプレイする二人組を実況者が見逃すはずもなく、
「ゴォォォォォォォォル! 見事三回目の挑戦にて勝利を勝ち取りました、第一コースの女性! 皆さん、彼女のチャレンジ精神に盛大な拍手をお送りください!」
と完全に持ち上げられてしまったのである。そのときのマユミの火が出そうなほど真っ赤に染まった顔を是非とも写真に収めておきたかったが、さすがに初デートなのでやめておいた。
散々遊び倒した俺たちは、レースで火照った身体を冷ますように施設内のフードコートでアイスコーヒーを購入してひと休みすることにした。
「レーシングゲーム楽しかったね~。なんとかマユミさんも一位取れたし。最初プレイしたときは壁に突っ込んでてどうしようかと思ったよ」
「思い出さないで~最初はうまくできなかったの! でもホウチュウさん、そのとき私のこと無視してさりげなく一位取ってたよね」
「そりゃもう僕だってやるからには一位取りたいからね!」
そんな風にお互いに茶化し合っていた。待ち合わせたときに比べてだいぶラフに話せるようになった気がする。こころなしか、マユミの表情も当初の固さは消え、少し自然な笑顔が増えたように思う。
「マユミさんは結構ああいうゲームとかもやるの?」
「ううん、普段は全然やらないよ。だからあんな感じで壁にぶつかったりしちゃったんだけど……でもやってみると面白いね、ハマっちゃったかも」
ふふふ、と笑顔を浮かべるマユミ。
「ホウチュウさんこそ、最初から上手だった。やっぱりゲームは結構やる方?」
「あ、うん、そうだね。ゲーセンとかで、よく。友達とかともああいうレーシングゲームはやってたかなぁ……」
ゲーセン行ってレーシングゲームをやってるのは本当。友達と一緒にというのは嘘。ここに懺悔しておく。
「そうなんだ~。いいな、そうやって友達と遊びにいくのって。あっ、私友達いないんだった」
「今度一緒にまたゲーセンでもなんでもいこう!」
食い気味に次の約束を取り付ける。というかこの子は何で友達いない自虐ネタを頻発するんだ。俺も友達いないから人のこと言えないんだが。
「というかほら。今だって一緒に遊びに来てるじゃない」
「ホウチュウさんは友達なんですか?」
ふいに言われて、思わずギクッ、と身体を強張らせる。
友達なのか、か。確かに、今日面と向かって会うのも初めてなわけだし……二人で遊びに出てはいるけど、この関係は友達なのか?
っていうか友達って一日にして成るものなのか。そもそも、俺の目的としては友達ってのとはちょっと違うというか、なんというか。
俺が少し返答しあぐねていると、マユミはいつものように両手を前に突き出しながら大きく振りつつ、
「すみません! 今の言い方おかしかったですね……その、まだ初対面ですが、ホウチュウさん友達になってくれるのかなって……というかその、友達と呼ばせていただいてもよかったのかなって……」
顔を伏せながら徐々にその声は弱まっていく。焦ったせいかまた敬語が出てしまっていた。
俺はそんな彼女を見て、思わずフッ、と声を漏らしてしまう。
「大丈夫だよ、そんな気にしなくて。マユミさんとはメッセージ交換してるときからもう友達だから」
俺がそう答えると、マユミはパッと顔を上げて驚いたように目を見開いた。
「ほんとですか! 友達って呼んでいいんですね……ありがとうございます!」
「もちろんだよ。っていうかこんなに自然と喋れてるんだし、友達じゃない方がおかしいって」
さらにそう言ってフォローすると、マユミは嬉しそうに顔を綻ばせた。その様子を見て俺もつられてまた笑ってしまう。
我ながらにこんなこっ恥ずかしいことをよく軽々と言えたものだなと思う。でも気持ちに偽りはない。まぁ「友達」っていうと、やっぱりちょっと目的が違うなぁとは思ってしまうけれど。
「じゃ、そろそろここ出よっか。実は最後にもう一つだけ行っておきたいところがあってさ。時間大丈夫?」
コップの中の氷をカランと鳴らし、立ちあがりつつマユミに尋ねる。
「大丈夫だよ。今日は親にも少し遅くなるって言ってあるから」
「オッケー。あのね、少し歩くんだけど、すごくいいところがあるんだ。と言っても昨日調べてて見つけたんだけどさ」
「ふーん、どんなところなの?」
「それは行ってからのお楽しみ」
わざと含みのある言い方で秘密にしておく。女性はサプライズイベントの方が喜ぶって、ネット記事にも書いてあったからな。
「何それ~」と訝しげに言いながらも、マユミは飲み干したコップをゴミ箱に捨てつつ、トコトコと小走りで俺の後ろをついてきた。
これから俺が向かおうとしている場所は、ここから歩いて十五分程度で着く、東京都庁ビルだ。なんとそこがカップルたちのデートスポットとして打ってつけ! ということらしい。
先日調べたときには「なんで都庁がデートスポットなんだ? インテリカップルはこういうところがお好みなのか」と変に勘ぐったものだったが、よくよく調べてみるとどうやらビルの最上階には展望台があるらしく、そこからの夜景がとても綺麗だということだった。
正直なところ言うとあまり夜景などに興味はないのだが、女性を連れていくとなれば話は別だ。きっと行く価値はあるのだろう。
俺たちはアミューズメントパークを後にして、夕暮れに染まる街を並んで歩いた。
空は薄く夜の帳が下りていて、高くそびえるビルの上には気の早い一番星が小さく瞬いている。道行く人は休日最後の時間を無駄にせぬようにと、どこか忙しなかったけれど、俺たち二人はその中を手を繋ぐでもなくお互いに歩幅を合わせながらゆっくりと歩いていた。
少しの間会話もなく歩いていたが、そんな時間も気まずく感じなくなっていた。
最初は表情が硬かったマユミも、今は隣で柔らかく笑顔を浮かべている。俺が変にもったいぶった言い方で目的地をはぐらかしても、特に嫌な顔をせずについてきてくれるのは、信頼してくれているからなのだろうか。今までの人生における自分の境遇を考えると、なんだかそれだけで嬉しくなってしまう。
心底穏やかな気持ちでマユミを眺める。するとその視線に気づいたのか、彼女は眉根を寄せ、少し困り顔を浮かべて、
「なんですか~ホウチュウさん。顔になんかついてたりします?」
「いいや、なんでもないよ。今日はなんだか楽しいなって思って」
くつくつと笑うマユミから思わず視線を外しながら、思いのほか自分の顔が火照っているのを感じた。
「私も久しぶりにこうやって友達とおでかけして楽しかったです。初めてタピオカ飲んだり、ゲームで熱狂したり。普段はこんな風に過ごすことなんてないですから」
穏やかな顔を浮かべながら言うマユミ。最後に「あっ、また敬語」と言って笑いながら誤魔化していた。なんだかそんな不器用な様子がより一層愛しい。
あれ、俺――完全にこの娘のこと好きになってないか?
――いやまぁ、実際初めてのデートでこんな風にうまくいってたら好きになっちゃうよな。今までまともに女性と話すのだって、幼馴染とかそういうの抜いたらほとんどなかったんだ。
こんなに長いこと一緒にいて、いっぱい話して、楽しく過ごせばそりゃ好きにもなるさ。それに、少し優しく接されるだけですぐ好きになっちゃうんだ、思春期男子高校生ってものは。
うん、よし、決めた。告白しよう。
告白して友達という枠を抜け出そう。
マユミはさっき「友達とおでかけして」って言ってたけど、その枠からもう一歩踏み出さない限り、俺の青春はやってこない。そうだ、次の場所で俺は告白してやるぞ。初めてのデートだからって関係ねぇ。
そうやって人知れず心の中で決意を固める。
しかしこのときの判断は明らかに間違っていた。あとで痛いほど後悔することになるのだが、思春期男子高校生とは、一度恋に落ちると盲目となってしまうものなのだ。
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次回更新は5/6予定
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