第5話 おっとり彼女も負けず嫌い

 そうと決まれば足取りは早く、俺たちはお互いニコニコと笑顔を浮かべながら長く伸びる待機列の最後尾に並んだ。


 列からは他人のゲームプレイが外部モニターから観戦できるようになっていた。その上なんと専属の実況者までいて、ゲームプレイに合わせて盛り上げてくれるというパフォーマンスが行われている。


 おかげで退屈せずに待つことができたのだが、いざ自分たちの番が回ってくると――


「さぁやって参りました、次のレースの始まりです! 第一レーンは今回唯一の女性、果たしてレースの大番狂わせとなるのでしょうかー!」

「は、はずかしいです……」


 と、まぁこんな感じで、実況される側に立ってみるとただただ恥ずかしかった。現に隣のマユミは耳まで赤く染めている。こんな風に紹介されては、観戦者からの視線も否応なく集まってしまう。とはいえ、ある意味こういうのもVR特有の没入感に必要なのかもしれない。


 スタッフに従って、ヘッドセットを頭につける。眼鏡着用のままでも大丈夫とのことで、伊達眼鏡の上からそのままセットを被った。まぁ別に外してしまってもいいんだが、ゲームが終わってマユミと話した際に目つきが悪いって怖がられるのも嫌だったのでつけたままにした。


 なんだかんだ、VRゲームは初めての体験なのでなんだか心が躍る。ただまぁ、ヘッドセットをつけている間は専用のイヤーマフで耳が覆われてしまうので、マユミと会話ができないのが少し残念――


「わぁ、これすごい。ほんとにゲームの世界に入っちゃったみたいだ」


 唐突に耳元からマユミのつぶやきが漏れ聞こえた。

 なんと、マイク付きで会話ができるらしい。


「マユミさん、これ会話できるね」

「えっ、嘘! じゃあ今の呟き聞こえちゃった? なんか恥ずかしい……」


 彼女も自分の声が俺に届いているとは思っていなかったようで、驚きとともに消え入るように声のトーンを落としていった。


「大丈夫だよ、僕もほとんど同じ感想。こんなにすごいんだねVRって。予想以上だ」

「ほんとですよね。まだゲーム始まってないのに私すごく楽しんでます!」


 表情が見えずとも、声を聞くだけで彼女がウキウキしていることが分かる。おそらく俺の声もあっちにはそう聞こえているだろう。


 何にせ、先ほどまでは人混み溢れるアミューズメントパークの中にいたにも関わらず、ゴーグルを通して見える景色は全くの別世界。


 目の前にはいくつものマシンがゴウゴウとエンジンを吹かせながらレースの始まりをいまかいまかと待ちわび、その周りにはドーナツやチョコレートなどのお菓子でできた建造物が立ち並んでいる。首を振って周りを見渡せば大小さまざまな動物たちがこのレースを観戦し、声をあげていた。


 まるで、本当に自分がファンタジー世界のレースに参加しているかのようだ。


「さぁ、それではレースを始めます。皆さん準備はいいですかー? いきます、スリー、トゥー、ワン、レディィィィ、ゴー!」


 実況者の合図とともに、目の前にホログラムで形成されたシグナルが現れる。カウントダウンの音に合わせてシグナルは赤から青へと切り替わり、途端に周りのマシンが一斉にアクセルをふかした。それに倣うように俺も力強くアクセルを踏み込む。


 すると、車体がエンジン音に合わせて振動し、身体に伝わってきた。とてつもない臨場感だ。


「おぉ! すごいねこれ……ってうわわわ変な方向にいっちゃう」


 ヘッドセット越しに聞こえるマユミの声には驚きと混乱が入り混じっていた。と、その途端、マシンが視界を横切り、壁に激突していった。残念。


「ええぇぇみんな待ってーうまくハンドル操作できないー」

「先にいってるよー早く来てねー」

「ホウチュウさん置いてかないで~」


 悲嘆の声を背に、俺はスタートを切る。


 そのまま、マユミの「わぁ!」だの「きゃあ!」だのという声をBGMに俺はゴールに向かって走り続けた。走っている間も予想以上の臨場感に驚かされながらも、数分後無事にゴールを迎えた。なんと一位だ。


「ゴォォォォル! 熾烈なる闘いを走り抜け、見事ゴールを制したのは第二コースの男性だぁ!」


 俺のゴールを実況者が最大限に盛り上げてくれている。なんだか嬉しいには嬉しいんだが、予想以上に恥ずかしいな。拍手も聞こえるし。というかこれ外から見たらヘッドセットつけてるただの高校生なんだよな、どんな顔して座ってればいいんだろう。


「わわわ、ホウチュウさんもうゴールしたんですか。私まだ半分くらいなのに……あっ、ゲーム終わっちゃった」


 どうやら俺がゴールしたことにより強制的に他のプレイヤーも操作不能となり、ゲームが終了となったようだ。最後までゴールできなかったマユミの残念そうな声がヘッドセット越しに届く。


 俺たちはスタッフにヘッドセットを外してもらい、車体から降りた。それと同時に待機列に並んでいた人たちが順に入ってきて、再びあの実況が始まった。


 マユミはまだあのゲームの世界から抜け出せていないかのように、ぼんやりとした表情を浮かべながらおぼろげな足取りで後ろを歩いている。


「いやー臨場感すごかったね。めちゃくちゃ面白かった。しかもなんか一位になれたし。次、何で遊ぼうか」


 マップを開きながらマユミに問いかける。しかしふと、右の袖をつかまれ、くいくいと引かれながら歩みを阻まれた。


「ホウチュウさん、その……あれもう一回やりたい……」


 振り向いた俺を誘導するように、先ほどのレーシングゲームを指差すマユミ。


「さっきあんまりうまくできなかったけど、最後の方ようやくつかめてきたから……次はちゃんとゴールしたい」


 恥ずかしそうに顔を伏せながらではあったが、その表情はどこか嬉しそうに笑顔を浮かべていた。どうやらあのゲームが気に入ったらしい。


「マユミさん気に入ったんだね。いいよ、そうしよう」

「ありがとうございます……次はちゃんと勝ちます」


 何気なく勝利宣言された。


 その言葉に思わずフフと笑みをこぼしながら、俺は引かれた袖に従うようにまた列へと並びなおした。


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次回更新は5/1予定

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