第3話 初デートはモッタリ甘い味

 店の待機列はなんと路地を抜けて反対側の道路にまで到達していた。目的の品を手に入れるまで、それなりに時間がかかるだろう。


 いまこそ、会話をするチャンスだ。


「マユミさんは部活動とか入ってるんですか」


 さりげなく、相手の情報を引き出そうと高校生らしい質問を投げかけてみる。


「一応、手芸部に入ってます」

「へぇ、編み物とか好きなんですか?」

「はい。裁縫とかも好きで、たまにぬいぐるみを作ったりとかもするんです。これとか、テレビに出てたのを見て可愛いなと思って作っちゃいました」


 そう言いながら、マユミはバッグにつけていたぬいぐるみを手の上にちょこん、と載せた。それはテレビでよく見るネズミのアニメキャラのぬいぐるみだった。布製で中身に綿を入れたタイプの簡素なものだったが、素人目で見ても十分よくできた代物だ。


「すごいですね、こんなの普通に作っちゃうなんて」

「いえそんな、ただ好きで作ってるだけですから」


 マユミはまた隠れるように両手を顔の前で大きく振った。この仕草は癖なのだろうか。少なくともあまり褒められ慣れてないといった様子だ。


 とはいえ、小柄な彼女がそんな風に恥ずかしがっている姿は、まるで小動物の仕草を見ているようでなんだか愛おしく感じられた。


「放課後とか休みの日ってどんなことして過ごしてます?」

「えっ、休みの日ですか」


 質問に対し、マユミは少し困った表情を浮かべて返答しあぐねていた。やばい。何気なく質問したつもりだったが、何か気に障っただろうか……。


「そ、そうですね……いざ聞かれてみるとなんと答えればいいか分からなくなりますね。休みの日、私何やってるんだろう……」


 顎に手を当てながら真剣に悩んでいた。その様子を見て、ほっと胸をなでおろす。良かった、単純に返答に困っていただけだった。早くも何か地雷でも踏んでしまったかと思った。


「俺はサイクリングとかに出かけたりしますよ、江戸川沿いのサイクリングロード走って浦安の方に出たりとか」


 返答しやすいように、俺の休日の過ごし方事例を挙げてフォローする。


「それは素敵ですね! 私、考えてみれば基本的に休みの日も家にいるかもしれません。普通に本読んだりとか、あとさっき言ったぬいぐるみ作りしたりとか……なんだか根暗みたいですね」


 そう言って自嘲するように小さく笑い、目を伏せてしまった。


 なぜだか知らんが自虐させてしまった。そんなつもりはなかったのに……女子との会話、難しすぎか。


「そんな、根暗だなんてことないですよ! こんなかわいいぬいぐるみ作れちゃうんですから。というかこんなかわいいもの作れるなら友達からもちやほやされませんか」

「友達からちやほや……うーん、ないかもしれません。実は私友達いなくて……」


 言葉を紡ぐごとにズンズンと地に潜るが如く、マユミは自虐しながら顔を伏せてしまう。まるで彼女の小さな背格好がより一層縮んでいくようだ。


 友達がいないなどというのも気にはなったが、このままこの話を続けていては気まずい空気がより淀んでしまいそうだ。話題を変えよう。


「そうだ、僕このマスコットキャラ好きですよ! そういえば最近行ってないなーこのテーマパーク」


 少し強引に話を切り替える。どうにかついてきてくれ……。


 心の中で五体投地しながら神に祈っていると、彼女は上目遣いで「そうなんですか?」と言いながら顔を上げ、パッと花が開いたように嬉しそうな表情を浮かべた。


「男の人ってあんまりこのシリーズのキャラ好きじゃないイメージでした」

「そんなことないですよ。原作のアニメとか、夏休み前にテレビで放送されるとなったら、ワクワクしながら正座で待ってるようなタイプです」


 わざと少しおどけるように言うと、マユミは不思議そうに軽く首をかしげながら、


「意外です。アニメもファンタジー要素強いですし、可愛い系だし。珍しいですね……? あ、いや、その……別に悪い意味じゃないですけど!」


 そう言って先ほどと同じように顔の前で両手を振った。今度は誤魔化すといった意味合いだろうか、これは癖ということで確定だな。


「私もこのマスコットキャラ好きで……それこそぬいぐるみ作るくらいです。あと、テレビの特集とか見ながらいつもテーマパークいきたいなーって思ってるんです」

「えっ、行ったことないんですか」

「行ったことはあるんですけど、幼少の頃に行ったっきりで……それからはいろいろあっていけてないんですよ」


 マユミは愛しそうに手元のぬいぐるみを撫でる。なぜかそのときの彼女の表情は、どこか寂しげなように見えた。


「ほら、私友達いないので」

「いや行きましょう! 今度一緒に行きましょう!」


 とてつもない自虐を前に、俺は勢いでそんなことを言った。


 他愛もない話を続けながら待つこと二十分。ようやく順番が回ってきて、俺たちは念願のタピオカミルクティーを手に入れることができた。人気店とはいえ、商品をテイクアウトするのに二十分も待つことになるとは想像もしてなかった。

 俺の流行の読みは甘いようだ……未だに好きな奴は好きなんだな。


 そうして俺たちはタピオカ屋から徒歩圏内にある、オフィスビル前広場内にあるベンチでタピオカミルクティーをゆったり味わうことにした。


 初めて飲むタピオカミルクティーは口の中を甘みで満たし、普段から朝食はつぶあんマーガリンコッペパンと決めている超甘党の俺でも十分満足できる代物だった。


「美味しいですね~。これは雑誌に載るほどの人気店なだけあります。並んでよかった……」


 マユミも気に入ったようで、もちもちと口の中でタピオカを堪能しながら満足げにつぶやく。


 喜んでくれたようで何よりだ。長い事話しながら並んだおかげか、お互い緊張もほぐれたように思う。それは彼女の純粋無垢で無防備な微笑から見ても明らかだった。


 そんな姿を見て、俺はあることを提案しようと思い立つ。一つ目的を果たしたことだし、そろそろ良い頃合いだろう。


「あの、敬語やめません? お互い同い年だし……」


 親近感を出すように、さりげなさを装って笑みを浮かべながら言う。同時に、こんなことをいきなり言ってマユミが嫌な顔をしないだろうかと顔色を窺った。


 もともと礼儀正しい子なのは分かっていたし、なんなら今までメッセージのやり取りだって敬語だったから、いきなりタメ口なんて戸惑うかもしれない。けれど、初めてのデートということでもう一歩、踏み出しておきたい。


 俺は笑顔を保ちながら返答を待っていると、マユミは恥ずかしそうに身体をよじらせながら、


「そうですね……その、あんまりタメ口で話すのに慣れてなくて。えっと、がんばって、みる……」


 顔を赤らめて視線をそらしつつ、初めてタメ口で話してくれた。


 「同い年の女の子とタメ口で話す」それだけのことなのに、なんだか飛び上がりたくなるくらい嬉しくなる。


「ありがとう! じゃあこれからはタメ口で……」

「あっ、でも多分たまに敬語出ちゃうと思います! あっ、出ちゃった」


 マユミは自分でツッコミをいれながら、誤魔化すように笑った。俺もそれにつられて自然に笑う。


 なんだかこのやり取り、いいなぁ。


 心の中ではしんみりそんなことを考えながら、俺たちはしばらく談笑し、タピオカミルクティーの味を楽しんだ。


 タピオカの質量が彼女にとっては重たかったのか、マユミは飲み切るのにかなり奮闘していた。


 対して俺は、ものの数分で飲み切ってしまう。結構腹にたまると聞いていたので昼飯を抜いていたのだが、成長期真っただ中の男子高校生としては少し物足りない。これは帰りにマックだな。


 マユミがタピオカミルクティーを苦労しながらも飲み切ったのを確認すると、俺はベンチから腰をあげて、彼女にこの後の予定について尋ねた。


「目的は果たしちゃったけど、この後どうしよっか。時間があればもう少し遊んでいかない?」

「そうだね。でも私そんなに新宿詳しくないから遊ぶところとか分からないんだけど……」


 マユミは心配そうな表情を浮かべながら、こちらを見上げる。


「大丈夫、一応めぼしいところは調べてきたから。近くに最近できたアミューズメントパークがあるんだ。そこに行こうよ」


 そう提案すると、マユミは迷わず「うん!」と返事をしてすっくと立ち上がった。俺はスマホを取り出して事前に調べていたページを開くと、今度は迷わないようにと心の内で念じながら歩きだした。


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次回更新は4/29予定

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