第2話 気になるあの子はオーバーリアクション
新宿の街はどこを歩いていても変わらず人で溢れていた。少しでも気を抜けば人にぶつかってしまいそうな混雑が続く。が、俺の進む先だけはなんだか人が少ないような気がした。
恐らく顔が強張って相当ヤバい顔をしているに違いない。しかし歩きやすさという点では役に立つというものだ。隣を歩くこの子もその恩恵を受けて、幾分か歩きやすくなっていることを願う。
そしてなぜそんなどうでもいいことを悠長に考えているかというと、さっき会ったこの子と未だにまともに会話できずに気まずい空気が流れているからだ。つまりは現実逃避をしている。
別に俺が何かやらかして気まずい空気になっているわけではない。単純に女性と話し慣れてなさすぎて、どう話を切り出していいのか分からないだけだ。
そして、どうやらそれは相手側も同じらしい。一瞬、遅刻してしまったことをまだ気にしているのだろうかと横目で彼女の様子を伺ってみたが、特に申し訳なさそうな、暗い顔をしているわけではない。視線を彷徨わせながらも、心もとない足取りで俺の後をついてくるだけだった。
そんな様子を眺め見ながら、女の子とデートをしているんだなぁ、などと俺は一人で勝手に盛り上がっていた。
彼女は決して派手な女の子ではなかった。やたらと大きな眼鏡をかけて長い黒髪はおさげにまとめている。白と黒でまとめた服装は一般的な女子高生より少し地味な方に分類されるだろう。
ただよく見てみれば、眼鏡の先はパッチリと大きな瞳に長い睫毛が印象的で、透き通った肌と小さくまとまった目鼻立ちから、やたら整った顔だなと驚かされた。メイクはあまりバッチリ決めている様子はないが、所謂「化けるタイプ」というやつなのではないだろうか。
そんなことを考えながらやたらとジロジロ彼女の顔を眺めていたせいか、相手は気づかれてしまったようだった。一瞬チラリと視線を交えると、彼女は恥ずかしがるようにすぐに顔を背けてしまう。
なんだそれ……かわいい……。
……ではなくて、さすがにこのまま何も話さないわけにもいくまい。俺はまたいつものように、自分の頬を両手で軽くはたいて気持ちを切り替えた。
「あの、初めまして! っていうのも変か……こんにちは、ホウチュウです! 今日は来てくれてありがとうございます」
彼女の方に向き直りつつ、手始めに自分のハンドルネームを名乗ってみた。初めてハンドルネームを使って自己紹介したせいもあるが、我ながら本当に下手くそな自己紹介だと思う。なんだ、こんにちはって。かしこまりすぎか。帰ったら反省会だな。
「あ、あ、こんにちは。私、マユミって言います。って、知ってますよね、あはは」
そうしてマユミも俺に負けず劣らず下手くそな自己紹介を行った。とはいえ、お互い会うのも初めてなのだから名乗るのは別におかしなことではない、と心の中でフォローしておく。自分のためにも。
俺は相手に合わせるように笑みを浮かべ、話が途切れないように二の句を告いだ。
「えっと、何も考えずに歩いてきちゃいましたけど、目的地に向かいましょうか。すみません、僕あんまり新宿って来たことないから迷っちゃいそうで……」
そう言いながらポケットからスマホを取り出し、地図アプリを開いた。経路案内に目的地の店を入力しながら、会話を続ける。
「ぼ、僕も実はタピオカミルクティー飲むの初めてなんですよー。あっ、お店の名前、これで合ってますよね?」
慣れない一人称でたどたどしく話しつつ、俺はスマホの画面をマユミに見せる。彼女はそれを眺めて無言で何度も大きく首を縦に振り、肯定の意を示した。俺は感謝の意を込めてそれに微笑んで返しながらも、内心、想像以上に物静かな子なんだな、と思った。
もともとアプリでやり取りをしているときから、あまり賑やかなタイプの子ではないだろうなとは思っていた。というのも、彼女はやり取りを始めた当初からクソ真面目とも言えるほど礼儀正しいのだ。
お互い同い年であることはプロフィールを見て分かっていたはずだが、彼女は未だに敬語を使って話している。それにマユミからのメッセージは必ず、朝なら「おはよう」夜なら「おやすみ」を欠かさないという決まりがあった。イマドキの高校生にしては律義なタイプだろう。マユミがそう送ってくるから俺自身もちゃんと挨拶を返してはいるが、なんだか慣れなくてこそばゆい気持ちになる。
ただ、それをさも当然とマユミは行っていた。だからこそ見た目に限らず、会う前からなんとなく物静かな印象を彼女に抱いていたのだ。
隣を歩くマユミを再び眺め見る。彼女は照れ隠しのように顔を俯かせながら両手を腰前あたりに組んでイソイソと歩いている。その姿を見ていると、なんだか庇護欲がくすぐられた。このデートも俺がリードするのだ、と固く決意する。
しかし、その決意はものの五分で砕け散った。地図アプリを見ながら歩いていたにも関わらず、俺たちはなぜか目的地から離れて行ってしまったのだ。どうやら途中で曲がる道を間違えてしまったらしい。
地図を拡大したり縮小したりを繰り返しながら、俺はなんとか自分の正確な位置を確かめようとした。
「あれ、おかしいな……たしかにこっちのはずなんだけど……」
眉間に皺を寄せながら頭をかき、地図アプリと悪戦苦闘する。マユミに向けて苦笑いを浮かべると、彼女も気を遣ってか笑みを返してくれた。すぐに画面に視線を戻す。早くどうにかしなければ……。
すると、視界の端にチラリと彼女の綺麗な黒髪が映った。
「えーと、ここのビルの前が今いる場所ですよね。ってことは……こっちですかね」
気づくと、マユミが俺のスマホを覗き込んでいた。今、マユミの顔は目の前にある。彼女は上目遣いでこちらに視線を向けていて、俺はその大きな瞳と長い睫毛の瞬きに思わず見入ってしまった。
「そ、そうですね。すみません慣れてなくて、はは……」
恥ずかしさのあまり目を背けながら、誤魔化すように歩き出した。
女子からの上目遣い、なんて尊いシチュエーションなんだ。心臓が飛び出るかと思った……あと三秒見てたら失神していただろう。
マユミの指示のおかげで、俺たちはほんの数分程度で目的地であるタピオカ屋に辿り着くことができた。道案内もリードできない自分を多少情けなく感じながらも、一応目先の問題が解決したことにホッとする。
ただ、地図を見て店を探しながらだと、どうにも話を振る余裕がなく、ここまでほとんど会話ができなかった。
俺は胸に溜め込んだ空気をふぅーと吐き出しながら、改めてマユミへと向き直る。
「ここですね、良かった辿りつけて……マユミさんのおかげだ」
「いえいえそんな、大したことしてないですよ!」
恥ずかしがるように両手を前に出して大げさに顔の前で振る。オーバーリアクション気味にも見えるがそれがなんとも可愛らしかった。
「それにしても……すごい行列ですね」
改まってそう言いながら、マユミは目を丸くしていた。そう驚くのも無理はない、店先から伸びる待機列は店を沿う形で伸び、角から脇の路地にまで達していた。最後尾はここからでは見えないほどだ。
タピオカってまだこんなに流行ってるのか……? 多少なりともすでに廃れてるもんだと思っていたが。
「この店、雑誌で特集されるくらい人気店なんですよね。とはいえ、まさかこんなにも並んでるなんて……」
マユミはその行列を眺めてから、俺に向き直りながら苦笑いを浮かべる。その表情を見るに「本当に並んでもいいのか」と、口には出さないまでも少し俺に気を遣っているようだった。しかし、その瞳の奥には期待に満ちた輝きが見て取れる。
そんな彼女の視線に、俺は大げさに首肯しながら、
「よし、並びましょうか」
努めて明るく言い放ち、最後尾に向けて歩き出した。それを聞いたマユミは、今度はクシャッと顔を綻ばせながらついてくる。それを見て、やっぱり楽しみだったんだなと確信し、彼女に見えないように俺も小さく笑った。
ここで変に気を遣わせたくない。せっかくの初デートなのだ、彼女にも楽しんでもらわなければ!
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