時代遅れの不良少年、マッチングアプリを始める

藤咲准平

初めてのマッチング

第1話 出会って一秒でカツアゲ疑惑!?

 休日昼下がりの新宿は、身体の自由がきかないほどの混雑だった。


 東口の改札を抜け歌舞伎町方面への出口へ続く階段を昇れば少しは空くかと思いきや、実際はそんなこともなく辺り一面人、人、人。気を抜けば自分の意思とは関係なく、人混みに紛れて流されてしまいそうだ。


 待ち合わせ場所である東口交番前に向かって俺は必死に歩く。たった数歩程度だというのに、自分の無駄に広い肩幅のせいで歩きにくくて仕方がない。こんな場所では意図せずとも人と接触してしまう。すれ違いざまに肩が触れた女性が顔を歪めたのを見て、人知れず落ち込みそうになった。


 やっとのこと交番前に辿りつき、周囲を見渡す。交番前には同じように待ち合わせをしている人が多く、初対面の人物を見つめるのには困難を極めた。場所をもう少し考えるべきだったか、と今更になって後悔する。


 男性平均身長よりも頭一個分高い身長を、今日ばかりは有効に活かして高い位置から待ち合わせ相手を探す。自分と同じくらいの年の子が近づいてくるのを確認するとドキッと身体を強張らせるが、その後自分の背後にいる男に声をかけるのを見てはホッと胸を撫で下ろす。そんなことを幾度となく繰り返した。


 普段あまり来る場所じゃないということもあるが、なんだか落ち着かない気分だ。これが青春を駆ける十代男子の心境として正しいものだろうかとため息をつきながら自問する。


 いや、正しくない。そう思ったからこそ、俺はネットで知り合った女性とのオフ会に踏み切ったんだ。


 須田邦忠、高校生にして未だ女性とお付き合いをした経験もない。


 ましてやこの図体と悪人面のせいで友達もろくにできず、こうやって都会に出て遊ぶなんてことすら極々稀な出来事なのだ。高二にもなるというのにそれが正しいはずもなかろう。


 このデートは、数少ない友人のうちの一人、ヒロキから勧められた交流アプリをきっかけに取りつけた。


 交流アプリ、便宜上言い換えてはいるものの所謂今流行りのマッチングアプリの学生版だと説明された。


 自分の年齢、住んでいる街などあらかたの情報を設定したあと、多くは地域や学校ごとに存在するアプリ上のグループに所属して、チャット形式でおしゃべりができる、というものだった。あとはそのグループ内で個人で連絡先を交換して直接交流する場合もある。というか、半分それが目的のアプリだ。今回俺もそのパターンを踏んでオフ会という体で会うことになっている。


 だがしかし、いくらアプリでやり取りをした相手とはいえ実際に会うとなれば緊張はするものだ。気づくと通行人たちが怪訝な顔をして、不自然に俺から目をそらすようにしていた。どうやら緊張のせいで眉間に皺が寄っていたらしい。交番の前では警察官が腕を組みながら警戒心満載の眼差しをこちらに向けている。


 これはまずいと自分の額を抑えて皺を伸ばす。我ながら必死さが顔に滲み出ていて恥ずかしい。仕切り直すように軽く自分の頬をパンッ、と両手で叩く。


 いつもの癖でそんなことをやってしまったが、その行動がより一層周りの警戒心を強めたらしい。目の前の警察官も腕組みを解いてこちらに歩み寄る寸前といった様子だ。これ以上不審な行動は補導されかねない。誤魔化すように慣れない伊達眼鏡をくいっと持ち上げ一般人アピールをする。


 警察官から目をそらすためにポケットからスマホを取り出すと、ちょうど画面の上部にメッセージ通知が表示された。


「すみません……今待ち合わせ場所に着きました。ホウチュウさんどこにいますか? 人多いですね……私は白いシャツに黒スカート着てます」


 メッセージを読んだ途端緊張が走り、心臓の鼓動が早くなる。着いたということはもう視界のうちに入っているということだろう。残念なことにやたら目立つ身長であるばかりに、きっと彼女の目に一度は触れているに違いない。あぁ、怖がられたらどうしよう。


「僕も交番前にいます。白シャツで薄いカーディガンを着て、ジーパン履いてるやつです。あの、以前話した通り背が高いので多分分かりやすいと思います……」


 そう打って送信ボタンを押そうとするが、指が震えていてうまく画面をタッチすることができなかった。こんな図体で情けないと我ながらに思う。


 スマホを片手に持ちながら画面から目を離し、周りを見渡す。すると少し離れた場所で、同じようにスマホの画面をチラ見しながらきょろきょろしている小柄な女の子を見つけた。


 その子の服装とメッセージに書かれた内容を見比べ、おそらくあの子だろう、と確信したそのとき、ひときわ胸が高鳴った。


 慌ててその子に声をかけようと口を開く。が、緊張のためか喉が渇いてうまく声が出せない。そしてファーストインプレッションがこんなダミ声になるわけにもいかない。やはり普段からもう少し人と話しておくべきだった。


 咳払いをして声の調整をするなど慌てふためいておどおどしていると、ふとその女の子と目があった。相手もメッセージを確認しているのか一度スマホの画面を見たあと、すぐに顔を見上げ、こちらを眺めている。


 俺は咄嗟に手を挙げながら女の子に合図を出した。それを見て彼女も確信を得たのか、小走りでこちらへと向かってきた。


 そして目の前に来るや否や、ビシッと足を止めると、その勢いのまま、


「お待たせしてしまい、すみませんでした!!!!!!!!!」


 深く頭を垂れながら声を上げる。全身全霊の謝罪だ。


 まるで時が止まったかのようだった。都会の喧騒が、その一瞬だけシン……と静まり返ったかのように感じられた。


 あまりの勢いに俺は思わず気圧される。頭を下げる勢いもそうだが、声もそれなりに大きかったばかりに周りの通行人の耳にもしっかり届いているようだった。おかげで完全に俺がこの子をいじめているかのような構図になっている。周りからの視線がとても痛い。


「いえいえ、僕も今来たばかりですから」


 常套句を告ぎつつ、平静を装うよう努めた。ただでさえ緊張でどうにかなりそうなのに、出会って早々こんな勢いで謝られると、こちらも戸惑いが隠せない。


 しかしここで自分が取り乱していてはこの子も落ち着かなかろうと、必死に平常心を保った。警察官からの視線も気になるし。


「いやでも、お待たせしちゃいましたから……このお詫びにお昼ご飯は私におごらせてください」

「いやいや、やめてくださいって! 大丈夫ですから」


 笑みを崩さないように懸命に努めながら、彼女を制止する。


 やめてくれ、これで金の話まで出されたらいよいよもって俺が脅しているようにしか見られなくなるだろ。


 それでも彼女は一向に謝るのを止めようとしない。「なにあれ、かわいそう……」と呟く声がぼそりと聞こえた。


 ……ダメだ、これでは会話もまともにできやしない。


 俺は「とりあえず行きましょうか」と言いながら、促すように進行方向を指差して歩き出した。咄嗟に手を繋いで連れて行こうかとも思ったが、さすがに初対面でそれはないだろう。こんな状況では事案になりかねない。


 俺の様子を窺いながら、彼女は小さく「……はい」と返事をすると、おたおたと俺の後ろを小走りでついてきた。

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