第6話
翌日、彼が待ってるというビデオ屋に向かった。前によく行くと言ってた所だ。
店内に入るとセルゲイは店員と話し合っていた。
「お前のクライアント様が到着したようだぞ。じゃあ俺仕事あるから。」
そう言って店員は店の奥に消えていった。
「で、どうだったんだい。」
「今まで映画で血湧き肉躍る程興奮した経験は二回ありました。一回目は敵宇宙要塞のコアに戦闘機で突撃する場面を観た時。二回目は海軍のエースパイロットが某国の戦闘機とドッグファイトを繰り広げる場面。」
「正直1本目の映画は、予想の範囲を越える事はありませんでした。確かに映像は美しく、背景音楽はオーケストラを使って非常にゴージャスだった。まとめると、それらの演出によって思いっきりドラマチックに仕上げられた寓話と言う訳です。その事を分かっていたのに、ラストで少し感動してしまったのが恥ずかしかったんですよね。」
「そして2本目。最初彼の感想を聞いたときは、言ってる事が全く理解できませんでした。ですが今なら一語一句理解する事が出来るでしょう。つまり僕はあの人と感性がそんなに離れていないんですよ。僕はは人の経験にツバを掛ける様な事をしてしまった、すぐにでも謝らないと。」
「…… とにかく仲直り出来そうなら、それに越した事はないよな。」
この男が反省出来るなんて、本当に改革でも起きるんじゃないか?まぁ人が成長する事を私は久しぶりに見たような気がした。
「それで3本目は?」
「さっき映画で興奮した話をしましたよね?2本目で同等の興奮を体験しました。この時点で僕はアニメに対して目が肥えてきたと思い、それ以上の興奮は感じないと思ったんですよ。だがこれは予想を遥かに超えて来た、場面場面の興奮じゃない、背景とBGMが流れるだけで興奮する事が出来るんですよ。僕はクスリをやったことが無いですが、ハイになると言う事はきっとこの事だと思います。」
「さっき妻が様子がおかしいと言ってたんだが、また様子がおかしくなってきたぞ?」
「観終わった直後の興奮のまま電話を掛けたんでそう感じたんですよきっと。勿論今は僕は冷静ですよ。」
彼は目を見開きながらそう言って来たが、そのまま流す事にした。
「次のビデオは?」
「これはまだ観てないんですよ、最後はポクロフスキーさんと一緒に観ようと。」
謎の心遣いだが、断る理由も無いしそうする事にした。
映画を観終わった。
「…………」
私達は無言で顔を見合わせた。
「えっと、私は君にここまでされる程酷い事をした覚えが無いんだが?確かにいきなり映画作れとは無茶な話だったさ。それに、」
「僕だって本当に初見なんですってこれは。だって普通戦争物って軍人同士が撃ち合う映画だと思うじゃないですか。これは…… 酷すぎる……」
いや、これは嫌がらせと呼ぶには高尚過ぎる映画だと思った。カチャーノフの言葉に嘘偽りは無かったのだ。
ただ、ぬるま湯に浸り切ってた人間には、あまりに衝撃的過ぎた。私の脳味噌は途中から展開に追い付かず解釈を放棄した。
「 後日改めてカチャーノフに会いに行こう。」
そう言って今日の所は解散した。
数日後、お詫びの土産を携えてセルゲイと共にまたあの会社に向かった。
「お久しぶりじゃないか諸君。」
迎えて来たカチャーノフは、ばつの悪そうなセルゲイの顔を見るや否や既に上機嫌だった。
「聞くまでもないと思うが、どうだったかね。」「…… よかったですよ、予想より遥かに。」
「まだあれを観ても子供向けコンテンツと言えるかね。」
「いや言いません。その件の発言に対して、僕は貴方に謝罪しなければならない。だけど最初に紹介された物は明らかに子供向けです。問題は、後の3作は全て東洋で製作された物で、とても一般人が視聴出来る物ではなかった。そこだけはご留意していただきたい。」
「まあそれもそうだろう。とりあえずこの話はこれで終わりと言う事で次に行こう。」
私は一つ気掛かりな事があり、カチャーノフに問いた。
「あのう、彼女はまだ私達を怒ってますかね?」
「彼女?ああ、あれは口喧嘩してた事に怒ってたんじゃなくて、彼女抜きで興味深そうな会話をしてる事に怒ってたらしいよ、別に君達を嫌ってた訳ではないさ。」
それを聞いてやっと安心出来た。
「それで彼女は今どこに?」
「生憎今日はオフの日だよ。ここは仕事場兼僕の家だけど、彼女の自宅は別だからね。どうも君達とはタイミングが合わないようだな。それで、プロジェクトの件はどうなった?」
「ええ、僕の考えとしては二人の異論が無ければアニメで行きたいと思ってます。あの後色々調べたんですけど。1本目のアニメを製作していた企業は度重なるヒット作に、より莫大な資本を手に入れテーマパークまで運営してるようです。その影響力は恐らく、政界にまで及んでいるでしょう。」
「まさに資本主義経済の雄だな。」
「ええ、そして貴方が海賊版として見せてくれた作品の中でも3本目。あの作品はそのアニメ帝国とも言える本国に対して。マニアに対して非常にセンセーショナルに受け止められてるようです。今までの『子供向け』作品とは一線を画するアニメとしてね。」
「向こうにも私達みたいな人間は居ると言う事か。」
「だがそれらの人間は割合で言えば極少数、学年全体で一人居るか居ないか程度のものです。つまり圧倒的に発信力という物が少ないんですよ。」
「そして内容はと言えば、荒んだ暴力や、交遊、そして人体実験に革命と破滅。こんな物提出したら即拘束されます。」
「なので内容としては、発信力と全世代に対する受け入れやすさを考慮したデザインにしつつ、控えめな群像劇の要素を取り入れた冒険活劇、もしくはヒロイズム的な内容のエンタメ作品にしようかと。」
「『資本主義的映画』を作るならそれで良いんだろうが、何処にプロパガンダ要素を入れるんだ?」
「そこは作品の根幹的テーマにします。世界観を徹底的に練り込む事で、視聴者に違和感無く思想を植え付ける事が可能です、これは彼の国の得意技です、圧政に苦しむ人々とそれを助けるヒーローみたいに。」
「だから共産党は徹底的に検閲したんだな。僕達一般人が洗脳されないように。」
「結果的にその政策は国民の不満の為に、限定的であるが改革を迫られた訳だ。そしてその波が一層大きくなってるのが今の世の中。」
「まあ敵の戦略を真似するのは悪く無いが、出来るのかね。さっきの話を聞いても共産主義は敵としか思い浮かばないんだが。誰が『贅沢は敵だ!』などと市民に説くヒーローに憧れると思うのかね?」
「上の立場から視聴者に押し付ける様な内容は駄目ですね。見た目の先入観でトゲのない物にする為に登場人物は動物にしましょう。」
少しずつではあるが、映画の大枠が固まって来た。
「それなら良い題材がありますよ、アリとキリギリス」
話を聞いていたセルゲイが、上げたのは童話だった。
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