第4話

「あの写真、例の彼女ですか?」


 顔を写真の方向に向けて尋ねた。


 「ああ、あれは最初の会社に入社した時の写真だよ。なんでも初心を忘れない様に飾ってるとか。」


 「この頃から映像製作を?」


 「映像ではあるんだが、当時やってたのはアニメーション作りのアシスタントだったんだ。」




 「元々絵が得意だったからその方向で学べる仕事を選んだだとか、一応当時関わった作品の中ではトロフィーを貰った物もあったらしいよ。」


 「その頃から才能があったんですね。」


 「彼女はその作品の監督から、インスピレーションを受けたと言っていたよ。」




 アニメか。アニメなら全世代に親しまれてるし、実際にプロパガンダとして利用されたという話を聞いた事がある。


 しかし子供に向けた映画なんてプロパガンダの効果はあるのだろうか?それに頭の固い上層部をなんとか説得して了承させなければならないし。




 顎に手をやって考え込んでる所に、セルゲイが話し掛けてきた。


 「まさかアニメを利用しようなんて思ってないでしょうね?」


 私はビックリして固まった。




 「図星ですか、まあやるとしても僕は反対ですけどね。子供向けの話なんて書いた事ないですし。子供を洗脳するなんて、やってる事がユーゲントと変わらないじゃいですか!」


思ったよりこの男は正義漢だったらしい。




 「アニメが子供向けとは聞き捨てならないな。君は映画は観るようだが、向こうのアニメ映画は観た事あるのかね。」


 「いいえ、生憎そういうのは趣味じゃないので。ただ自分が子供の頃に見てた記憶から言って、大体アニメなんてのは、短い時間で子供が共感出来るストーリーにまとめる為に、単調な寓話みたいな物になりやすいんだ。アニメ映画だって大概の原作が童話だ。」




 「君はアニメのみならず、数世紀に渡り世界中で伝わってきた数々の童話、その作者まで侮辱する気かね。君がどんなに素晴らしい作品を作り上げてるか知らないが、その狭量的見識は問題をすぐ暴力で解決するような、低俗な映画から来てる物じゃないのかね?」




 「お言葉ですが、勧善懲悪の度合いで言えばアニメも変わらないと思いますが?僕は少なくとも原作者へのリスペクトの心は持ち合わせているつもりですが。一方で映像化にあたって重苦しく、悲劇的な原作を、不都合な部分を改変して観客が気持ちよく観れるよう修整された結果、原作が持つテーマ性や外連味を失わせる行為が、果たしてリスペクトされてると言えるのでしょうか?」




 「よくもまあ実際の作品を観もしないで聞きかじりの憶測だけでベラベラと減らず口叩けるな!大体映画が原作に沿わないと作者に対するリスペクトが足りないと言うのは、映画に対する作家性の否定だ。監督や脚本家は原作からインスピレーションを受けつつ、独自に解釈し内容を細分化、再構成しプロットを組み立て、イマジネーションを膨らませ映像と音声で再現される。その過程で生まれる解釈の相違もまた製作者達の個性として評価されたり否定されたりするのが映画と言う物だ。そういうの成り立ちまで否定する君は、正直言って映画の脚本には向かないと言わざるを得ない。」




 「でも貴方は、僕が観る映画を暴力的と言ってその個性を否定した。そもそも勧善懲悪という歴史的にも普遍性を伴う価値観を、僕を責立てる材料として批難した時点で、アニメの個性を否定した事に繋がり自分自身をパラドックスに落とし込んでる事に気が付かないんですか?」




 「最初にアニメを子供向けと断言し、その個性、芸術性、メッセージ性を否定し、彼女も受賞した世界中の映画賞を否定する発言をしたアンタが、そんな事を言う筋合いは無いと思うがね。」




 「彼女彼女って、貴方もその女の受け売りでアニメを観始めた口だろ。その前はきっと僕と同じ意見だった筈だ!」




 「OK、セルゲイ君、物事には言っていい事と悪い事があるが、いい加減分別付けないとこっちも堪忍袋の緒が切れるぞ。」




 私の映画好き同士なら意気投合し通じ会えるという目論見は、この映画宗教戦争によって脆くも崩れ去った。


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