第3話

とりあえず第一の関門を突破し、次の問題に取り掛かった。撮影スタジオとスタッフ探しである。


課題は仕事を受けてもらうには、プロットと金、そして期間を提示して了承してもらわなければならない、理想だけ説いても誰もついて来ない、人を引き付けるには何か材料が必要であるが。やっぱりプロットが完成するまで待った方が良いだろうか……。




 しかし時間が無い私には、待つという選択肢を選ぶ訳にはいかなかった。


 そもそも新聞記者という肩書きでは誰も話すら聞いてもらえないだろうか。


 よくよく考えてみたら、この仕事の依頼は国から直々に承ったものではないか。国の依頼を断る人民なんて居ない筈だ。多分……




 だが、あの御偉いさんはそこまでの権限までは与えては下さらなかった。結局、今の自分で何とかするしかないのである。




 自問自答を一通り終え、やっと重い腰を上げて次の行動に移った。まぁやる事と言えば自分の知り得る人物や、同僚に掛け合って情報を得た映像関係会社に片っ端から電話を掛ける訳だが。




 その中のある映像関係者から聞いた話だが、


 「映画作りの依頼?その話なこっちにも来たよ。向こうも色々掛け合ってる様だけど、どこも不景気で人が居ないし、……それでいよいよ外様に頼むようになった感じか。」


「えっ、断ったんですか?党の依頼ですよ?」


「そりゃアンタ、落ち目の共産党の片棒担いで心中したい奴なんて、党の機関紙くらいじゃないかね?」


「むしろ今時の新聞は体制批判の急先鋒ですよ。では他当たるんで失礼します。」


そそくさと電話を切った。 




 つまり私は、このプロジェクトの殿を務めさせられてる訳だ、もし失敗したら何かしらの責任を取らせるつもりだろうか。


 正直この仕事を受けてからネガティブだった思考が更に進行している様な気がする。




 さて、目ぼしいプロダクションにはさっきと同じ様な理由で粗方断わられ、自宅でにボーッとテレビを見ていた。


 すると、ふと流れてる何気ないコマーシャルに目が止まった。


 これらの映像は、短い時間の中にストーリー性とユーモア、そしてそれらを表現する映像技術が散りばめられていた。




 早速この映像を作っている会社を問い合わせようとした。しかしこの会社は既に倒産していて映像スタッフも散り散りになってしまったという。


 だが、噂によると一部の元社員が、別の会社を立ち上げてまだ活動している事を耳にした。


 私は住所を教えてもらい早速その場所に向かった。


 ゴーリキーを引き連れて。




 「なんで僕まで付いて行かなきゃいけないんですか?」


 「交渉してて気付いたんだが、やっぱり映画の話が出来る人間が居た方が信用されると考えてな。それにどんな物を作るのか説明出来たほうが食い付きやすいだろ?」


 「まだほとんど何も出来てないですけどね。」




 住所によるとこの辺りだが…… 社名は「ERF」だとか。


 「ここかな」私は会社を見つけた。……印象としては会社と言うより家である。しかし表札にはERFとちゃんと書かれていた。


 呼び鈴を鳴らす、しばらく待っても出て来ないのでもう一度鳴らす。




 ガチャッ「あ〜…… 次の支払いは月末にって…… ん?なんだあんた達は。」


 出て来たのは無精髭を生やして眼鏡を掛けた痩せ型の男だった。


 「突然のご訪問失礼します、なんせ住所しか教えてられないものなので。私チスタター新聞社のポクロフスキーという者です、隣に居るのは部下のセルゲイと申します。」


 隣から睨むような視線を感じたが、そのまま続けた。




 「実は『仕事』の事で相談がありまして、少しお時間取らせて頂いてもよろしいですか?」 


 男は不審げな顔をしていたが無言で中へ招き入れた。


 「失礼ですがお名前は?」


 私は廊下を歩きながら訪ねた。




 「カチャーノフ、ユーリ・カチャーノフ。それで君たちは何の用事で訪ねてきたんだ?」


 「実はあるTVCMに感銘を受けましてね、当社で今進めてるプロジェクトに是非協力して頂きたいと思ったんですが、聞く所によるとそのCMを制作した会社が倒産したようで、そこのスタッフが働いてると聞いて伺った訳です。」




 「ふーん、確かに元々居た会社は潰れてこの会社を立ち上げたんだけど、ほとんどの同僚は他の大企業に転職してしまって、ここに居るのは僕を入れて二人だけさ。」


 人数を聞いて目を落とし少し虚ろな表情をした。




 「因みにだけどそのプロジェクトはどんな内容なんだい。」


 「映画作りだってさ。」


 答えたのはセルゲイだった。


 「落ちぶれて分裂しそうな祖国を何とか繋ぎ止める為に、映画を使って民族を一つにしようという馬鹿げた計画さ。」




 「君は部下の割に意見が消極的じゃないかね。」


 「僕が部下と言うのはポクロフスキーさんがついた嘘で、実際にはただの素人作家ですよ。新聞に連載を送っていたら、急にこの人が来てこんな事に。」


 「連載と言うと、あの小説コーナーの作家という事か。ペンネームはなんて?」


 「ゴーリキーです。読んだ事あるんですか?」




 「え、ああまぁ、自分が聞いた限りじゃ、西側製のB級アクション映画やらC級ホラー映画みたいな内容だけど、中々読ませる文章だと彼女は言ってたよ。」


 「ええ、僕も自覚してそういう物を書いてた筈なんですが。ポクロフスキーさんが言うには『素晴らしいストーリー』らしいので。」


 「いやいや謙遜する必要は無い、彼女が評価してるならきっと本物なんだろう。」




 会話に割って入り私は訪ねた。


 「彼女とは誰なんです?」


 「ああ、もう一人の社員の事だよ。今は新型戦闘機の国外向けプロモーションビデオの編集をやってるから邪魔しない方がいい。なんせ国家機密だからね、それに人見知りなんだ。」




 「一人で仕事を?」


 「前の会社に居た時は、僕より立場は上だったんだ。歳下なのに映像センスがずば抜けてて、社長に才能を見出されてスピード出世した。」


 「いつも映像を撮る前に絵コンテを書いてカメラの動かし方や、演技のイメージを構想する。多分君が観たCMというのも多分彼女が作った物さ。」




 「会社が倒産して、僕がここを立ち上げる時、一人だけスカウトを受けてくれたのが、何故か彼女だったって訳さ。」


 「立場上は僕が社長なんだが、製作は指示通りに撮影すれば後はやってくれるから、専ら雑用やってるけどな。」




 「今やってる戦闘機のプロモ撮影は大変だった。35mmフィルムを使わせろだの、自ら戦闘機の後部座席に乗り込んで自分の理想の角度と動きを撮る為に何人ものパイロットをこき使って、降りてきた時には彼らの方がヘトヘトに見えたね。きっと強靭な三半規管も持ち合わせているんだろう。」




 「……仕事に対する熱意は十二分に伝わりました。」


 にわかには信じ難いが、彼の言ってる事は本当なんだろう。それにしても本当に人見知りなのだろうか、そちらの方が疑問に感じた。




 「何なら他の同僚の転職先に、依頼受けられるか話してみようか?」


 「多分そこは既に断られてると思うので無駄ですよ。」


 「まぁそらそうか。」




 私はここに賭けたい思いはあったが、説得材料に事欠いていた。


 何となく、今居るリビングのような部屋を見渡した。


 そこで彼の言う「彼女」と思しき写真を見付けた。




 


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