浴衣の王子様  ~pixivお題「わたあめ」より~

「あはは。こんな格好、やっぱりボクには似合わないよ」


 僕の母に着付けられた浴衣をつまみながら、ナツキは苦笑いを浮かべた。


「高校最後の夏だからって、トオルのおばさん気合い入れすぎだっての」

「いいじゃないか。似合ってるよ」

「トオルの、ばか。お世辞だってわかるんだからね」


 ナツキはショートカットのうなじを見られまいと、首に手をかけている。スースーしているのかも。


 ボーイッシュなナツキは、普段は制服の下からはみ出るくらいのショーパンを履いている。

 彼女を慕っている女子は多く、「王子様」よばわりだ。

 本人も中性的な性格を気に入っているみたいで、それが普段の姿だと思いこんでいた。


 でも、この変わり様。


 浴衣を着るだけで、グッと大人の女性らしくなった。


「なんか、縛られているみたいで窮屈だね。いつもならもっとガニ股なんだけど」


 調子外れに、ナツキが下駄を鳴らす。

 まだ慣れていないみたい。

 

「それもいいじゃないか」

「いや、胸が大きいのがコンプレックスなんだよ」


 しきりに、ナツキは胸元を整え直していた。

 このボクっ娘が男勝りな性格になったのは、発育の良さを隠すためでもある。


 ナツキがコケないように、ボクも寄り添って歩く。


「おっと!」

「大丈夫、ナツキ?」

 

 さっそく、ナツキがつんのめる。石段に足を取られたか。


 とっさにナツキの腕を取り、転倒を防ぐ。


 柔らかい。どことは言わないけど、当たっている。


「トオル、ヒジ」

「あっ、ゴメン。痛かったね」

「じゃなくて」


 なぜか、ナツキは僕のヒジに腕を絡ませてきた。


 体温が、一気に上昇する。


「なんか暑そう。離れようか?」

「大丈夫だから」

「かき氷でも食べて、落ち着く?」

「そうだね」


 ナツキはレモン味、僕は変わり種のマンゴー味をもらう。


 手頃なベンチで、かき氷を食べる。


「こんな所まで来て、王子様ぶらなくてもいいのに」

「ついつい。ね」


 支払いは、ナツキがしてくれた。


「あ、わたあめほしい!」


 急に立ち上がって、ナツキがレモン味のかき氷をガサーっと口へ流し込む。


「待って待って」


 僕も急いで食べ終わり、わたあめの店へ。


「大きいねー」

「ジャンボわたあめだからね」

 出来上がりは吊ってあるが、ナツキはわたあめが出来上がるのをずっと見つめている。

 

 一つ購入して、ナツキにわたす。


「ありがとー」


 ナツキがわたあめにかじりつく。


「前が見えない……きゃ!」


 また、ナツキがつんのめった。石畳に足をひっかけたかも。


「大丈夫?」

「ボクは平気。でも」


 下駄の鼻緒が切れてしまった。


「ベンチまで戻ろう」


 僕はナツキをおんぶして、ベンチへ。


 ナツキを座らせて、鼻緒を直す。


「じっとし――」


 おぶった反動からだろう。着物がはだけて、太ももがあらわになっていた。


 視線をそらしつつ、鼻緒を直す作業に意識を注ぐ。

 でも、集中できない。ついつい、目線がナツキの方へ。


 ナツキはずっと、わたあめで顔を隠していた。

 とても、王子様のようには見えない。

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