この雨音だと、誰にも気づかれないよ
「ねえ、しよ?」
退屈そうに部室のソファにもたれ、足を組み替えながら。
制服のミニスカートから、柚月さんは白い足を惜しげもなく見せつけてくる。
文芸部の部室は、ボクと柚月さんの二人きり。
外はどしゃ降りの雨で、野球部とサッカー部以外は練習していなかった。
雨なんて、文化部に関係ない。
受験のために先輩が部を去って、ボクらしか部員はいないのだ。
その先輩だって、一人だけだったけど。
後輩もいない。
新しい部長となったボクは、積極的に勧誘を行った。文芸の面白さを、後輩に伝えようと。
でも、柚月さんは部員獲得に消極的で。
柚月さん目当ての冷やかしが数名見学に来た。
彼女はそんな奴らに、外の夕立以上の言葉の雨を振らせたのである。
おかげで、誰も新入部員はいない。
「やっと二人きりになれたね」
本に意識を向けながら、ボクはできるだけ柚月さんの言葉を聞かないようにする。
「部長のことは、キライだった?」
「違うよ。でも、部室に二人きりってシチュエーションってさ、なんかアガらない?」
柚月さんは、この状況を楽しんでいるのか?
「この雨だとさ、何があっても誰にも聞かれないよね」
いつの間にか、柚月さんがボクの側まで来ていた。
「なにを、する気なの?」
「しようよ」
ボクはもう、ページをめくれない。
雨音は段々と大きくなっていって……。
「ああもう、雰囲気が出ないではないか!」
ボクは頭を掻きむしって、柚月さんにダメ出しをする。
「ええーダメ?」
「ダメだ!」
台本をソファの前にあるローテーブルに投げ出し、ボクはため息をつく。
「文章はまあまあ、いいのだよ? でもさ、柚月さんのセリフが棒過ぎるのだ。これじゃ、ドラマが頭に入ってこないではないか!」
「そうはいっても、ウチら演劇って素人じゃん」
「声劇やろうって言ったのは、キミだろ? だからボクも乗ったのに」
ボクたちは文芸の面白さを広める手段として、『声劇』にシフトすることにした。
しかし、現役の演劇部から借りた台本を読ませても、こんな感じである。
まるで、なっていない!
セリフは棒で、台本も盛り上がらない。
「もっとドキドキしたいんだよ! でも、素人演技だと入り込めない!」
「でも部長、顔赤いよ? あたしが近づいてきたときは」
「それは……否定しないでおこう!」
「ほらあ」
「だが、顔で相手を誘惑してしまったら声劇の意味がない! もう一回!」
「ちぇー」
こうして、また声劇の練習が始まる。
しかし、柚月さんの顔が近づくたびに、ボクはどうしてもドキドキしてしまう。
雨音が、高鳴る心音をかき消してくれているが。
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