いやあああ。先輩のリクルートスーツだうわああん

 今日のチエ先輩は、リクルートスーツを着ていた。

 ボーイッシュというかマニッシュな先輩らしい、キリッとしたパンツスーツである。


 男らしいのに、かわいい。

 まるで、男の子みたいだ。


「な、なんだよ。照れるじゃん」

「先輩、素敵です!」

「ありがと。あんたも着てみなよ」

「え? でもわたし、進路は進学ですよ?」

「いいから」


 チエ先輩は、わたしに無理やりスーツを着せる。

 髪もポニーテールに。


「に、似合います?」

「さすが男装喫茶に行っているだけあってさ、あたしより様になってるよ」

「そそそ、それは弟がいるからで!」

 

 いたたまれなくなって、スーツをハンガーにかけ直す。


「先輩、進学なさらないんですね?」

「うん。通信教育を受けようと思ってさ」

「通信ですか?」

「知らない? この大学の法学科って、通信教育でも単位が取れるんだ」


 わたしも知っている大学の、法学科のパンフレットを見せてもらう。


「ウチは別に、学業に支障が出ているわけじゃないんだけど、どうしても小説を優先させたくてさ。法律だけ勉強したいんだよね」


 あくまでも、先輩は作家を目指している。

 働きながら勉強をしつつ、小説を書いていくという。


 先輩の就職先も、ご友人の作家から紹介してもらったところだ。

 ゲームのシナリオを作る会社だという。


 わたしも見学させてもらったが、学歴などを問わない職種だった。

 サークルのような和気あいあいとした環境で、働きやすそう。


「で、パンツスーツで出勤ですか? かっこいい」

「いやいや。私服でいいんだって。いつものパーカーとミニスカートで出勤かな?」

「それはそれで、かわいいですね」


 ミニスカでキーを叩く先輩を妄想していると、「シホ」と耳元で大声を出された。


「ひゃい!?」

「さっきから呼んでるよ。はいママがお茶って」

「あ、ありがとうございます。いただきます」


 いけない。人の家でトリップしてしまった。


「シホも来年、ウチで働かない?」


 ビスケットをかじりながら、チエ先輩がコーヒーをすする。

 

「いいえ、わたしは戦力になりそうにないので」

「あんたのエモさって、武器になると思うけど」

「エモいだけでは、商品価値がなくて」


 わたしは正直、チエ先輩のような文章のストイックさがない。


 頼りにしてくれるのはありがたいが、労働となると対価をいただけるほどかは自信がなかった。


「あたしだってそうだよ。でも、それはこれからじゃない?」

「楽観的ですねぇ」



 アハハ、と笑いながら、わたしの心は穏やかではない。


 先輩は卒業してしまう。

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