ウチは、目玉焼きをしない
「ウチってね、目玉焼きをしないの」
朝食になって、ナオはスクランブルエッグを作ってくれた。
「どうして?」
ナオとルームシェアをして二年になるが、私は彼女が目玉焼きを作ったところを見たことがない。
「両親が、しょうゆかソースのどっちをかけるか、毎回ケンカになったから」
黄身を潰して焼くかどうかでも、もめたという。
「もうさ、世界一しょうもない戦争だよね。目玉焼きに何をかけるかなんてさ」
「きのこたけのこ戦争のほうがマシ?」
「それは、街が焦土になるよ」
「あんたの戦争の基準がわからん」
幼い頃のナオは怒って、どっちの目玉焼きもぐちゃぐちゃにかき混ぜて、マヨネーズをべっとりぶっかけたらしい。
「その日から、ウチでの玉子料理はたいていスクランブルになったの」
今日焼いたベーコンエッグも、スクランブルエッグである。
「初めて会ったときさ、てっきりナオは料理しないんだと思ってた」
「だーれが。いつも朝はあたしの担当でしょうが」
たしかに。朝に弱い私は、ナオに作らせてしまっている。
お嬢様だったと聞いていたので、意外だった。
その代わり、私は定時上がりが可能なので、夜遅いナオのために夕飯を用意するのだ。
今日も、へばって帰ってきたナオのために、目玉焼きを出す。
「んふふー。サキちゃんの目玉焼き大好き」
肩にタオルをかけながら、ナオは私の用意した夕飯をおいしそうに食べる。
食卓には、ナオのシャンプーの香りはやや強い。
が、不快ではなかった。むしろ心地よい。
「えー? あんた、目玉焼きキライだと思ってた」
「違うよー。両親がケンカするのがキライなの。目玉焼きは好きだったんだよね」
ストッパーがいなくなった今でも、両親は小さいことで口論になるという。
「下手すると、熟年離婚とか?」
「ああ、それはもう、全然! ケンカの後はさ、いっつもイチャイチャしてんの!」
ナオが手をひらひらさせた。
「久々に帰郷して、二人がつばを飛ばし合うのを見てさ、あれが夫婦円満のヒケツだったのかもなーって思ったんだよね」
邪魔しちゃっていたのかも、とナオは舌を出す。
「私たちも、ケンカした方がいいのかな?」
これといって、私たちは言い争いになることはなかった。
だいたいお互いに折り合いをつけて、小さいトラブルなどは解決してきたつもりだ。
「やだよ。この黄身みたいにブチュっと潰れてさ、関係性が悪化するなんて」
ナオが、箸で黄身を潰す。
黄色い液体が、白身を染めていく。
「ケンカしたらさ、スクランブルみたいに混ざり合うのかなーってさ」
私が言うと、ナオが缶のハイボールを吹き出した。
「えー? なに、サキちゃんエローい」
「どこがよ!?」
こうして、ちょっとずつスクランブルになりあいながら、私たちの関係は続いていく。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます