たそがれさんが、社内で重宝されている理由

 窓際族の蘇我は、入社以来褒められたことがない。

 また、怒られることもなかった。

 飲みに誘われることも。



 誰が呼んだか、蘇我は社内で「たそがれさん」よ呼ばれている。

 


 ただ、彼はときどき妙なのだ。


「蘇我さん、聞いてよ」


 昼食時である。

 バリバリキャリアウーマンの課長が、蘇我に相談を持ちかけたのだ。


 鮭定食を消化していきながら、蘇我は単に「はい。はい」と相槌を打つだけ。


 きっと、愚痴を聞かされているか、ミスをねちっこく指摘されているのだろうと誰もが考えた。


「いやさ、ちょっと聞いたことがあるんだけど」


 蘇我についてウワサをする。


 どうも蘇我は、不倫しているらしいと。

 

 彼の机は広いのに、何も載っていない。

 ノートPCでできる作業だけなので、それさえ片付けてしまえばいいのだ。

 そのデスクをベッド代わりに、情事を行っているのでは、と。


「それも、すっげえテクニシャンらしい」


 若手社員のウワサに、他の社員たちは「まさか!」と笑う。

 

 こんな蘇我でも、家庭がある。社内で浮いた噂も聞かない。


「いやでもさ、何の変哲もない人が殺人鬼だったりするじゃん。蘇我さんだって、どんな趣味があるかってことだよ」


「蘇我さんに限って、ないでしょ。バカバカしい」

 

 結局社員たちは誰も、謎めいた蘇我の実態を知らない。

 


 アフター六になり、他の社員たちが帰っていく。

 

 蘇我はひとり、「残業」のために残っていた。


 そこに、昼に語りかけてきた課長が。


「お願い」


 艶めかしい声で、課長は蘇我のデスクを折りたたむ。

 蘇我のデスクは、折りたたみ式になっているのだ。

 その下に、シートを敷く。

 シートの上に、課長は横たわった。服を脱ぎながら……。

 

 ネクタイを緩めて、蘇我もワイシャツを脱ぐ。

 

「ここですか?」

「ええ、そうよ。いいわ……」


 課長が、うっとりした声を漏らす。

 自分より一五も年上の男性に、課長は翻弄されていた。

 これが、ずっと窓際でくすぶっていた男性のテクニックかと。


 ときに大胆なポーズを取らされて、課長は乙女のように恥じらう顔を見せる。


「普段使わないトコロを攻めるのが、ポイントなんですよ」

「そうなの? 家でも試してみるわ……」

「それがいいです」


 段々と、二人の息が荒くなっていく。

 動きもだんだんと、激しくなってきた。


「もうだめ」

「いやいや、もっとできますよ。ラスト一回」

「ムリよ。もうできない」

「大丈夫。課長はステキな方です。まだまだいけますよ」


 二人の息がリズミカルになっていく。

 限界が、近い。


「う~ん」

「これで、ラストです!」



『びくとり~っ!』



 折りたたんだデスク状のモニタで、ゲームキャラクターがダブルバイセップスを決めた。


 トレーニングウェア姿の課長は、鉄アレイ型のコントローラーを握っている。

 彼女は、女子社員相手にフィットネスゲームをしていたのだ。

 蘇我は、課長のコーチを務めていた。


「ふわあああ。わたし、達成したわ」


 ようやく、課長は今までクリアできなかったステージを越したのである。


「ありがとう、蘇我さんのおかげよ」

「いえいえ。息子がやらなくなったゲームの使いみちを、応用しただけですよ」


 控えめに、蘇我さんは語った。


「では、また来週」

「はい」


 蘇我は、次の予定表を確かめる。


「明日は、専務ですね」


 汗を拭くため、ランニングを脱ぐ。


 そこには見事なシックスパックが。

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