いやああ。男装カフェでバイトしてるとこ見られたうわああん

「もうっ、どうしてわたしがこんな」


 ゲームのダウンロードやら書籍のセールやらで、お金を使いすぎてしまった。

 いいバイト先を紹介してもらったのはいいが、男装カフェとか。


「サスペンダーがゆるいよ」

「ごめん、シホ。それ、前のヒトのサイズだから」


 友人のサクラコが、詫びた。

 来年の入試に専念するため、一人やめちゃったらしい。

 その元店員のお下がりだという。巨乳をサラシで隠していたとか。

 どおりでサスペンダーがフニャフニャなわけだよ。


「こんなピシッとした服は、わたしには似合わないよなぁ。わたしチビだし」

 

 髪も長いから、ポニーテールにしているせいで余計に女性っぽさが抜けない。

 もっとチエ先輩のような、男前な女性こそふさわしいよ。


「シホは胸ないんだから、いいじゃん」

「なんだとぉ!」


 サクラコに文句を言う。


 わたしだって、好きでぺたんこになったわけじゃないやい。


「ほら、お客さん来たよ」


 仕方ないなあ。

 

「やあ、おまたせ。待った?」


 できるだけ低い声で、応対する。

 

 接客としては、あるまじきセリフだ。

 だが、店主から「あなたは、オレサマ口調でお願いします」と言われているんだよなぁ。


 事実、お客さんもウットリしちゃってるし。


 ここの客、絶対性癖が歪んでいるよぉ。

 

「こちらの席へどうぞ。ゆっくりメニューを選んでね」


 お客さんの応対をした後、レジへ。

 精算するお客に応対する。


「ん?」


 外が騒々しい。


 よく見ると、二人の女子学生が男二人組にナンパされている。

 うちの店の前で、迷惑だなぁ。

 しかもナンパされている一人は、うちの生徒じゃないか。

 

「サクラコ、あとお願い。ちょっと注意してくる」

「気をつけて」


 ナンパヤロウを叩き出すため、わたしは店を出た。

 ホスト調の男性と女性との間に、身体を割り込ませる。

 

「おい、女のコが嫌がってるだろ。さっさと消えろ」

「んだぁコラ! すっこんでろ!」


 男の一人が、凄んでくる。


「引っ込むのはそっちの方だ! 汚らわしい!」


 大好きなチエ先輩をマネて、わたしは怯まない。

 きっと先輩なら、必死でかばうはずだ。


「テメエ店員のくせに生意気なんだよ!」


 男性の一人が、わたしに殴りかかってきた。

 

 ひい怖い。でも、お客さんを守らないと。


 腕でガードして、耐えようとした。


 しかし、いつまで経ってもパンチが来ない。


「黙っていたら、随分と調子に乗っているじゃないか。ウチの後輩をいじめるなら、容赦しないよ」


 うちの生徒が、ホスト調の拳を片手で止めていた。

 パンチを止めたのではない。手首を取ったのだ。

 ホストの顔が、みるみる青ざめていく。


男の手首を掴んでいるのは、チエ先輩だった。

 

「な、なんなんだよ!」

 

 手首を掴まれている男が、さらに凄もうとした。

 しかし、隣の男性にビンタで殴られる。

 

「やべえ。逃げろ。すすすすいませんチエさんっ! はやく逃げろっての!」


 脂汗をかきながら、男はホストを引っ張って去っていった。


「危なかったね、シホ」

「ありがとうございます」

「礼を言うのはこっちだ。友だちを助けてくれて、ありがとう」


 どうも、わたしが助けたのはチエ先輩のご友人だったのである。

 さっきサクラコが話していた、元店員だという。


「ごめんね。怖かったよね」

「い、いいえ! おケガがなくてなによりです」

「お礼に、その制服あげるよ。ホントは取りに戻ったんだけど、あんたの方が似合ってる」

「あ、あはは。ありがとうございます」


 そこまで言われて、ようやく思い出す。


「よく似合ってるじゃないか。シホ」


 いやあああ。まだ男装したままだうわああん。

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