チョコを期待したら、鶏の丸焼きが来た

「今日はバレンタインだから、腕によりをかけるからね!」


 放課後、カオリがボクの家に遊びに来た。ボクんちの台所で、エプロンを結ぶ。


 カオリは料理部だ。彼女が作る料理は変な物が多いが、学内ではおいしいと評判である。

 この間は、韓国風のおにぎりだった。

 自分で握るってのが、手巻き寿司っぽくて楽しかったのを覚えている。

 なにを作ってくれるんだろう?

 ボクは、期待に胸を膨らませる。


 クッキーかな?

 それとも、マカダミアンナッツみたいな感じ?


 

 しかし、出てきたのはとんでもないものだった。


 鶏肉の丸焼きだったのである。

 夢かと思って、目をこすってもう一度確認した。

 まごうことなき、丸焼きだ。お尻をこちらに向けている。

 なにか、黒いソースが掛かっていた。

 添え物に、ご飯もある。ハート型に盛り付けてあった。


 予想斜め上すぎて、脳が追いつかない。


「なにこれ?」


 頭から絞り出して出てきた言葉が、これしかなかった。

 

「ポジョデモーレよ」


 聞いたこともない。


「わかんない? 日本語でOK」

「メキシコ料理で。鶏肉のチョコレート煮込み」

「ええええええええ!?」


 ありえない!

 メキシコって、鶏肉にチョコレートかけるの!?


「いくら甘いのとしょっぱいのをかけ合わせが普通になったからって、この組み合わせはちょっと」

「何を言っているの? チョコレートソースはモーレ・ネグロって言って、メキシコだと伝統的なソースなのよ」

「マジか?」

 

 メキシコ人って、どんな味覚をしているんだ?

 

「騙されたと思って食べてみて」


 食べないと、怒るよなあ。


「い、いただきます」


 ナイフで切ってみると、お肉が柔らかい。

 赤ワインの香りもちょっとする。

 でも、甘い匂いはしないな。妙だ。


 口にするのはちょっとためらうよね。

 それでも、せっかく作ってくれたんだし。


「ぱく……ああ、美味しい!」

「でしょ?」

「あとね、辛い! 全然、甘くないんだね!」


 ボクが言うと、フフン、とカオリがドヤ顔を決める。

 

「辛いでしょ? モーレ・ネグロは、スパイスの効いたソースなのよ」


 これは、ご飯の進む味だ。


「メキシコのアステカ文明があった頃は、チョコって元々辛い飲み物だったのよ」

「そうなんだ」

「チョコレートが甘くなって、まだ500年くらいしか経ってないのよ」


 1512年くらいの頃、チョコレートがメキシコ中部アステカから、スペインに渡ったときだという。

 辛いチョコはスペインでは受けなくて、はちみつを入れるようになったんだとか。


「すごいね。こんな料理があったなんて」

「私も最近知ったのね。だから、食べさせてあげたくて」

「うん。ありがとう」

「まだまだ。デザートもあるから」


ボクが食べ終わると、カオリが小さいチョコを用意する。

 

「そっちも辛い?」

「んなわけないでしょ。しょっぱいのが来たら、甘いものでしょ」


 ただ、「隠し味」と言って口移ししてくれた。

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