いやああ。下駄のヒモ切れちゃったうわああん

「シホ、あけましておめでとう」


 今日のチエ先輩、和服だわああい!


 晴れ着! きらびやかな帯! モコッとしたフェイクファー!

 どこを切り取ってもパーフェクツ!

 

「おめでとうございます、チエ先輩! 着物似合いますね!」

「シホもすごいな。お化粧までしてさ。あたしダメなんだよ。肌のノリが悪くて」


 とんでもない! 

 お化粧しなくても、先輩はかわいい!


「かわいいで押していけば、いいんです!」

「あはは。ありがと。褒め言葉として取っておくよ」


 褒め言葉なのにぃ。


「すごい人だかりですね」

「はぐれないようにしないと」


 私は、先輩から離れないように進む。

 だが、カップルの男性が私にぶつかった。

  

「うわ!?」


 背中から倒れそう!

 

「危ないっ」


 チエ先輩の腕が、私の腰へと回る。


 そのおかげで、私は転倒を免れた。


「ケガはない?」


 チエ先輩の顔が、めっちゃ近い!


「平気です。もう平気なので」

「全然、平気って顔じゃないけど?」

「どこもケガはありませんから」


 私は急いで立ち上がる。


「すいません! 大丈夫ですか?」


 あわてて、ぶつかったカップルが声をかけてくる。


「ごごご心配なく」

 

 ロボットみたいに、私はカクカク動き始めた。


 お参りを済ませて、屋台を回る。


「わたあめがお好きだなんて。子どもみたいですね」

「好きなんだぁ。本命はさ、わたあめを包んでいるイラストなんだけど」


 少女ヒーロー物の包みを、チエ先輩は愛おしそうに眺めていた。


「あんたはガッツリ買うんだね?」


 わたしの買い物袋には、カルビとレバーの串、焼きそばが詰まっている。

 お昼ごはん代として、母から結構な金額をもらっていた。


「お正月なので、ブクブク太ってやろうと」

「カレシができなくなるよ?」

「いいんです! 必要ありませんから!」

 

 しかし、ブチッと変な音が。


「わあああああ! 鼻緒が!」


 下駄のヒモが、切れてしまった。


 さっきぶつかって、無理な体制になったからだろう。

 

「ブッチリいったね。こういうイベントって、夏限定だと思っていたよ」

 

 チエ先輩は、「よっこいしょ」としゃがみ込む。


「乗って。屋台の屋根まで担ぐよ。そこで、応急処置を取ろう。道具は持ってるから」

「いえ、悪いですよ先輩!」

「いいから。あの屋台までだし」


 距離としては、すぐ目の前だ。


 お言葉に、甘えることとする。


「私、年末も食べ過ぎちゃって重いでしょ?」

「いいよ」

「カルビ串の汁が、着物についちゃいますよぉ」

「いいから。その代わり、あたしにも分けて」



 チエ先輩が私を担いだ時間は、たった三分である。


 しかし、私には一生忘れられない思い出になった。

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