へそ曲がりとクルーラー

「こんなので、買収なんてされないから」

「だから、遅れて悪かったって」


 オレは今日、どうしても抜けられない用事があって、ミカとのデートに遅れた。

 おかげで、レストランの予約がパーに。


 お詫びとして、ミカの大好きなドーナツチェーンでお茶をしている。

 ここなら、遅くまで開いているから。


「クルーラー、好物だったろ?」

「そうだけど?」



 クルーラーは、オレも好きだ。

 全メニューの中で、一番好きかも。


 特に、生クリームが中に入ったクルーラーが最高である。


 一口かじると、嫌なことさえ忘れられそうな気分になった。


「ああ、うまい。お前もどうだ? うまいぞ」

「おいしいのは、わかってる。でもさぁ」


 ミカは、アイスのカフェオレにささっているストローをかじる。

 すねているときのクセだ。

 

 カフェオレも、甘さ控えめに調節したもの。

 ドーナツ屋では、いつもこんな感じ。


「ほんと信じられない。今日がどれだけ大事な日だったか」

「悪かった。同僚が熱を出してな。オレが駆り出された」


 タイミングが最悪だった。

 よりによって、こんな日に。


「もう一個」


 空になったトレーを、ミカがオレに突きつける。

 

「はいはい。買いに行ってきます」


 またも、オレはレジへダッシュ。

 急いで、席へ戻る。

 

「カフェオレのおかわりは?」

「いい。まだあるから」

「そうか」


 気まずい沈黙が、俺たちを支配した。


「飲茶なんてどうだ? 最近は、ヌードルも食えるんだ」


 しばらく待っていると、返答が。


「じゃあ、肉まん」

「わかった」


 オレは、肉まんと温かいお茶を用意する。


 少しだけ、ミカの表情がやわらぐ。

 定番メニュー以外に手を出して、突破口を開いたか?


「でさあ、こんなところでプロポーズとかする気なの?」


 ミカに言われて、オレはポケットの中にあるモノを弄ぶ。


 本当は、高いレストランで渡すはずだった。

 今日は、クリスマス。

 ミカも、オレの気持ちは知っていたはず。

 それなのに、オレが台無しにしてしまって。


「はい」


 ミカが、自分の手を差し出す。


「え、嫌なんじゃないのか?」

「……イヤなわけないじゃん」

 

 顔はこちらを向いていない。

 しかし、耳は明らかに朱に染まっていた。


「ありがとう、ミカ」

「いいから、早く」


 オレは、ポケットから指輪のケースを落としそうになる。


「おっと!」

「もう、お砂糖で手がベタベタじゃん! 手を拭いてからにしなよ!」

「そうだな。悪かった」


 紙おしぼりで手を拭いてから、ケースを差し出す。


 指輪は、二人の好きなクルーラーの形をしていた。

 ミカと同じように、へそ曲がりな形である。

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