第6話 雨音に相槌

 週明けにいつものように出勤すると、忘年会で部長が怒鳴ったことは既に社内に広まっているらしく、橋本さんが大丈夫だったかと心配してくれた。当の部長はというと、怒号を飛ばし宴の席に緊張と気まずさを走らせたことは全く覚えていないらしく、男性社員らと大きな声で笑い合っていた。

 年末が近いということもあり普段よりも慌ただしい日が続いたが、特に大きなトラブルもなく一週間が終わった。橋本さんは、わたしが忘年会で怒鳴られたことに、ずっと腹を立てていた。


 土曜日は朝から雨が降っていた。雨粒が窓ガラスを叩く音で目が覚める。布団から身体を起こすと部屋の空気の冷たさに身震いした。

 低気圧のせいか頭の奥が鈍く痛む。簡単に朝食を済ませて頭痛薬を飲むと化粧もせずにこたつに入った。

 雨音を聞きながら読みかけの小説を読んでいると頭の痛みはいつの間にか気にならなくなっていた。壁に掛けてある時計を見上げるとお昼を過ぎていて、そのことに気がつくと途端に自分が空腹であることを自覚する。昼ご飯にはレトルトのカレーを温めて食べた。こたつにあたりながら窓ガラスに打ち付ける雨粒を眺めていると、いつの間にか眠ってしまった。

 目が覚めると頭が締め付けられるようにぼんやりした。口の中が粘ついて気持ちが悪い。熱いシャワーを浴びるとだるさが幾分ましになる。簡単に夕飯を済ませると早めに布団に入って再び小説を広げる。布団の冷たさが痛む頭に気持ちよかった。

 テーブルの上に置いていたスマートフォンが着信を告げて、反射的に顔を上げる。時計の時刻は二十二時を過ぎていた。こんな時間に電話をかけてくる相手に心当たりはないので、訝しみながら画面を確認する。佐藤さんの名前が表示されていた。

 「こんばんは」

 佐藤さんの声が電話の向こうから聞こえてくることは当たり前のはずなのだが、実際に聞こえてくると不思議な気持ちになる。職場で佐藤さんの話す声を聞くのとはまた違う。

 「こんばんは、えっと」

 佐藤さんが電話をかけてきた意図がわからなかったので言葉に詰まってしまう。

 「ごめん急に電話してしまって。何かあったとかではないんだけど、迷惑だったかな」

 電話の向こうの申し訳なさそうに謝る声は、普段の余裕のある立ち居振る舞いからは想像できない。

 「いえ、迷惑とかではないですけど、驚いたというか」

 「良かった。本当に迷惑だったら言ってね。着信拒否してくれてもいいし」

 言い訳をするように予防線を張っていく佐藤さんに、何と言って良いかわからず、沈黙してしまう。何か言わなければと思っていると、電話の向こうからふっと柔らかく笑う息づかいが聞こえてきた。

 「ふふ、ごめん困らせちゃったな。迷惑だったら言ってね、ってことだから」

 先ほどと同じことを言っているのに、先ほどよりも温かみを帯びた声色に安堵する。

 その後の短い間、とりとめのない話をした。

 今日は寒かったこと、雨が酷かったから外に出られなかったこと、もうすぐ年末だということ。ぽつぽつと言葉を交わしていくうちに、冷たくなっていた足の指先がじんわりと温かくなっていった。

 じゃあまた、と挨拶を交わして電話を切る。深く息を吐いて部屋の電気を消した。


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