逃走のファンファーレ

N0ア

終話

「これより諸君は、国を守るための矛となる!誇りに思え!!神の加護は諸君らにある!!これより悪魔の下僕らを、討ち滅ぼさん!!」


 銃を掲げた将軍が、声高らに演説を披露した。それに続き、兵士達も雄叫びを上げる。正義に満ちた、若者達の目。「悪魔」を討つ、そんな大義名分で兵に目隠しをつける。限定的な学のみをを持つ彼らには、それに疑問など持たない。いたとしても、見せしめに死刑か、同期に裏切り者として斬首される。そうして、出られない箱の世界が出来上がる。まぶたのない耳のみに、操作された情報が入る場所だ。

目隠しを外した人らが、一人ずつ消えて行く中、その生き残りの一人が自分の意思を貫こうとしていた。

 

「負け戦だと言うのに、なぜ気づかない?こんな国より家族がの方が大切であろう?」


 他の兵達が眠っている中、分隊のテントの一つは騒がしかった。青髭の大男ジェームズと、まだ髭すら生えていない青年、リアム。同国の出身であれど、敵同士の様に睨み合っていた。ジェームズは、多少ながら睨みに憐れみを含んでいた。そして、上官に聞かれぬ様に、静かな声で話している。逆手にリアムはそんなことなど気にせずに叫んでいた。


「弱音を言うか?恥ずかしくないのか!?」


 腰のナイフを抜きながら、誇らしげに言う。彼の目に、ジェームズは悪魔に洗脳された様に見えていた。それを解放することに躊躇はない。


「家族の命と自分の命、それ以上に大切なものがお前にはあるのか?」


「神が下さったこの土地だ!悪魔共侵略されてたまるものか!!」


 テントの中のジェームズ分隊の隊員たちは、起きていることをただ傍観していた。合図が来るまで、何もしない。皆信頼しているのだ。自分たちのリーダーのことを。

「反逆罪め、神の天罰だ!」


 リアムはナイフを振りかざす動作をしながら、踏み込んだ。盲目な正義、その感傷に浸りながら。感情を乗せた一撃は、ジェームズの肩部に向かっている。


「ふっ」


 呼吸と同時に、ジェームズは少し横にずれ、切り付けをよける。同時に、前に出ている腕を脇で挟み、前に崩す。一瞬下を向いた顔に、膝を蹴りつけた。衝撃でナイフは落ち、リアムが姿勢を崩すとともに、背後に回る。膨れ上がった腕を首に巻き付けた。反対側の腕はそれを閉じる様に首の後ろにおかれた。


「ぐぁっ...」


リアムは抜け出そうと、巻かれた腕を掴もうとする。だが、スペースを作る余地はなく、意識が朦朧とし始める。肘打ちや、蹴りを入れようとしたが、重さが乗っていない打撃は意味をなさなかった。最初は力がこもっていたが、少しずつ力が抜けていき、やがては脱力した。


「お前ら、ばれる前に出るぞ」


ベッドに横になっていた5人の男達が起きる。装備品を即座に整え、速やかに外に出た。時は深夜。運よく、他の兵士たちは起きなかった。巨大なバックパックを背に、前線とは真逆の方面に走る。


「やれ」


ジェームズの合図で、一番小柄なサムがうなずく。ポケットからスイッチを取り出し、押した。途端に、武器庫が爆発を起こした。振動と、耳を奥を揺さぶる音が夜の静寂を壊した。基地を囲む監視塔の目が、火へと行く。兵たちも音につられ、外へ出た。基地内は騒がしくなっていた。


「敵襲ー!、敵襲ー!」


 幹部の一人が叫んでいた。分隊の皆少なからず、彼が滑稽に見えていた。前線に行くわけでもないのに、上から目線で無茶な行動を押し付けられる。そして、今現在でも冷静に状況を見ていなかった。皆銃を幹部に向けたい気持ちを抑え、作戦に戻る。

他の兵士たちも、たちまち装備を持ち出して外に出た。その間、分隊は混乱に乗じて、裏門にたどり着く。門番の二人は、少し焦っている様子であったが、持ち場を離れていない。ジェームズがハンドジェスチャーで、行動を伝える。後、荷物を下ろし、マテオとマイケルが両方向からが先陣を切った。荷物が後手のサムとイーサンが持った。身を軽くし、物音を立てず門番に近づく。同胞とは言えど、彼らの覚悟は決まっていた。国ではなく、彼らは家族を選んだのだ。

音もなく、温度の無いナイフが暖かくなった。倒れる体を受け止め、マテオとマイケルはそれをそっと床に置いた。合図をし、門を開けるボタンを押す。後部の2人は、スモークをいくつか周りに炊いた。煙が舞い上がり、皆の姿を覆う。万が一、顔が見られないようにと、多少の陽動のためである。残り二人は、門の前に止めてある細工がされていないジープに乗り込み、エンジンをかけた。前の二人も分隊と合流し、荷物を背に戻した。皆、全速力でジープに乗り込む。


「脱走兵だ!!、増援をよベー!」

 後ろで叫び声が聞こえた。ゆっくりと開くシャッターを、皆もどかしく感じた。叫び後が近くなる。乱射される銃声も聞こえる。そのいくつかが、窓に弾痕を残す。


「はやくしろ、早くしろよ!」


 ジェームズが叫ぶ。いくら防弾と言えど、立て続けに撃たれ続けるのは恐怖を煽る。シャッターが、やっと車体を収める高さになった。操縦席のジェームズは、全力でアクセルを踏んだ。回るタイヤが砂煙を作る。ジープ即座に走り出した。重いエンジン音を鳴らしながら。基地との距離はみるみる離れていく。皆少し安堵しつつあったが、後ろ座席のマイケルは、気を抜かなかった。後ろの他のジープに乗り込もうとする兵や、無鉄砲に銃を乱射し続ける兵を観察しつつ。そしてサムの方を向く。


「2回目頼む」


サムはうなずき、焦りながら別のスイッチを押した。少しの遅延を経て、基地のジープや戦車が全て爆発した。遠ざかる炎を見て、隊員達の緊張も解れた。


「やったな」


副隊長のオリバーが言った。


「ああ、一か八の電撃作戦、どうやら神は我らについたらしい」


ジェームズは気を緩めた顔で言った。


「神なんてお前らしくねーな隊長さん」


「本当だよ」


マテオ、マイケルも緩み切っていた。


「はぁー、はぁー、はぁー。本当に良かった」


過呼吸になりながらも、イーサンは作戦の成功を喜んだ。


「さすが俺様だ!」


サムは誇らしげである。だが、作戦の成功はサムのおかげであった。それを誰一人として、疑う者はいなかった。

地図を頼りに、故郷へ戻る。距離は2日程走り続ければ着く距離であった。自国の戦力は前線に集中しているため、道で兵に出くわすことはなかった。それがまた、自国の切迫さを物語っていた。今にも倒れそうな、ジェンガの塔。戦争が最後の一押しをすれば、すぐに倒れる。自分の家族がその下敷きになってほしくないと、ここの6人は行動を起こしたのだ。旅路はまだ長い。他国に亡命するか、田舎の方で暮らすなどの想像を張り巡らし、会話は盛り上がった。

炎が収まった基地。リアムは国を捨てた小心者と、脱走した6人を罵った。そして苛立ちを隠せずにいる。自分の大いなる勇気が、彼らの姑息な、小さな勇気に負けたことに。

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