第139話:あっちもこっちも開戦

 同時刻、女子の会場では熱戦の連続、ある異質な選手の奮闘により大会進行に大きな遅延が発生していた。

 現在、八強がしのぎを削る死闘が繰り広げられていた。

 中でも注目は――

「む、んッ!」

 青森田中二年エース姫路美姫対、

「強い……けど、見える」

 龍星館二年エース星宮那由多のエース対決であった。

 幾度となく熱戦を繰り広げてきた因縁のカード。昨夏は姫路美姫が勝った。最近も勝ち越しており、熱愛(自称)を力に羽ばたくプリンセス(こっちは他称)として公私ともに絶好調であったのだ。

 だが、

「那由多、ファイト!」

「応援しなくてもあいつは勝ちますよ」

「そだけど……でも応援大事」

 同県の趙、鶴来が見守る中、天秤は徐々に傾いていた。

「なん、で……今、調子がいいのに」

 調整成功、とうとうゆっくりと着実に体を絞り、心身ともに充実した中での総体であった。去年よりも仕上がりはいい。体の切れも増している。

 だけど、点差は開くばかり。

 頼みの綱であるパワードライブも、

「ふっ」

 元々得意としていた点で捉えての打ち込み、スイートポイントでのショットが冴えわたる那由多を前にただ打ち込むだけでは通用しなくなった。

 昨年は力で押し込めたのに、

「那由多も筋トレ、頑張ってましたから」

「ま、それもありますけど……あの眼ですよ。何よりも」

「はい、眼もイイです」

 コツコツと高めた筋力と小春との一戦を経て開眼した先読みの力。先回りされる。余裕を持って打たれる。結果、力負けがなくなる。

 それでも、

「那由多ァ!」

 姫路美姫には理屈を超えたスーパープレーがある。

 何故それに反応できるのか、何故そう打ったのか、本人すら言語化できぬ魔王モード、プリンセスモードとかいう不条理。

 天才、仕上がった彼女はワールドクラスをも超える。

 如何に那由多でも明日を超えられたら何も出来ない。

「スーパープレーですね」

「はいはいお見事。でも、続かないでしょ、それ」

 星宮那由多は揺らがない。姫路美姫のスーパープレーは仕方がないと割り切っているから。そして、当たり前の話であるがどんなスーパーショットで点を獲ろうと、それはただの1点でしかない。

 すぐ取り返す。

 からの畳みかけ。

 単純な話、絶好調の姫路美姫が先ほどからスーパープレーを何度も繰り返しているのは、逆に言うとそれ以外では点を獲らせてもらえないから。

 それ以外の全部を星宮那由多が喰らうから。

 コツコツ、天才のスペシャルを意にも介さず我が道を征く。

 それが――

「マッチ トゥ 星宮選手」

「ありがとうございました」

「あ、ありがとう、ござい、ました」

 勝利へ繋がると彼女は確信しているから。揺らがず、ブレず、難敵姫路美姫を撃破する。スコアは驚異の3-0、完封である。

「苦手としていた姫路美姫も撃破か」

「こりゃあ星宮時代が来るぞ」

「と言うか、あの試合がこのまま行ったら……凄いことにならないか?」

「……た、確かに」

 残すところ一試合。ラリーの応酬ゆえにスコアの見た目よりずっと長丁場であった星宮対姫路の決戦、それの比較にならない長丁場。

「ハァ、ハァ、あんた、しつ、こい、よ!」

「ふひ、負けられないから。まだまだ、此処は底じゃない」

「……ぐっ」

 愛知の星、有栖川聖、星宮那由多、その次に続いていたのは好不調の波が激しかった姫路美姫ではなく、佐藤春奈であった。

 彼氏を作って安定化した姫路美姫が昇ってきたが、有栖川聖が落ちて今年も三番手成るか、と思っていたところ、とんだダークホースに苦戦を強いられていた。

 奥能登が生んだモンスター、九十九すず。

 故郷を背負い、死力を尽くし戦う彼女には、かつてのような何処か目標のないふわふわとした感じはなくなっていた。

 能登の看板を背負い活躍する。何が何でも――その理由が出来た。

「来い」

「……ひっ」

 百戦錬磨の猛者すら気圧す、海の底。

 今大会、長引いているのは主に彼女のせいである。そして今大会、全国的には突如現れた彼女が次々と猛者を海の底へ沈めていることで注目を集めていた。

「次、九十九さんかぁ……負けられない理由はわかる。敬意もある。でも、私も借りを返さないといけないから……絶対に勝つ」

「私は、那由多とです。楽しみ」

(この人、笑顔で轢き殺してくるから怖いのよね)

 もう一人のダークホース、龍星館の趙もすずと一緒に猛者を轢き殺してここまで来た。そう、四強とも同県という本来あり得ぬことが起きようとしている。

 九十九すずが勝ち切れば、そうなる。

 そして因縁の難敵を打ち破った星宮那由多はメディアのインタビューを受けていた。いつも通りのきちんとした受け答えはさすがインタビュー慣れを感じさせる。

 少し離れたところでまだ信じられない、飲み込めていない姫路美姫がその光景を見つめていた。悔しそうに、辛そうに――

 それを見て那由多は思った。

 友達として何かをしてあげられないか、と。もちろん卓球では手を抜くことなど出来ない。でも、友達が悩んでいるなら解決してあげたい。

 その時、彼女の中でインタビューのことは頭から消えた。

 ててて、と姫路の下へ歩いていき、

「ひめちゃん」

 姫路に声をかける。後ろからこそこそとメディアもついてくる。

「なに? 今、話す気分じゃ――」

「今年の方が全体的に強くなっていたけど、去年の方が凄味はあったと思う」

 何の話、と姫路は首をかしげる。

「考えた。そして気づいた」

「何処か動きでもおかしなところがあったの?」

「ううん。精神的なところ。たぶん、ひめちゃんと湊は合っていないと思う。付き合ってから凄味が消えた。それはもったいないと思う」

「……は?」

 那由多、馬鹿真面目。心底幼馴染のことを想い、考え抜いた末、

「卓球はメンタルなスポーツだから。大丈夫、湊のケアは私がする。これでもお隣さん、どんと任せて」

 姫路美姫の地雷原をすたこらさっさと突っ走る。

 何処か得意げに、任せてほしいと言わんばかりの表情。

「あ、あの星宮選手!」

「ん?」

「み、いや、不知火選手とはどういう関係で?」

「お隣さん。窓トゥ窓の関係」

「え、そ、それは、その……」

 どういう意味だ、とメディアの皆さんは首をかしげる。言った那由多もよくわかっていない。大切な幼馴染の悩みを解決する。

 その正義感が暴走し続ける。

「ぶ、はははははは! あの卓球馬鹿、卓球しか物差しがないから、あいつの前でそれ言っちゃうの大物過ぎ。ぎゃははははは!」

 盗み聞きしていた鶴来美里、大爆笑。状況がよくわからずに趙は首をかしげていた。理解したらどういう反応するのかは気になるところ。

(まあ、国際大会で結果出して、外堀も固めて、安定した、真っ当な姫路美姫になったのは事実。調整も上手くいき、公私ともに順風満帆……怖さがないのよね)

 あの頃の凄みがすっかり消えた。

 ただの天才。そりゃあ強い、上手い、簡単な相手ではない。

 でも、怖くない。今の自分なら勝てる。

 美里もそう思っていた。

「手も繋いだことある」

「な、なんと⁉」

「幼馴染でお隣さんだから当然」

 姫路美姫が必死で固めた外堀を、お隣さんパワーでぶっ壊しまくる星宮那由多。これが全部善意なのだから、尚更質が悪い。

「やはり湊は私が面倒を見ないと駄目。ひめちゃんを堕落させる」

「そ、それが今回の――」

「ん、私の勝因だと思う」

「なんてこった」

 こりゃあ特ダネだ、と悪ノリするメディア。良いことをした、と得意げな那由他、遠くで爆笑する美里。

 世界全てが、

「■■■■■!」

「ひぇ⁉」

 姫路美姫のメンタルをブレイクした。咄嗟に止めに入ろうとするチームメイトをぶん投げる勢いで放送禁止用語をぶちまけながら掴みかかろうとする。

 修羅場である。

 那由多、びっくり。

 メディア、驚愕からのこいつぁすげえことになるぞ、との歓喜。

「■■■■■■■■!」

 ドM(メンヘラ)、帰還。


     ○


 ゾク、何か嫌な予感がしたが、まあ気のせいだろうと不知火湊は待ち望んでいた試合に集中する。かつては自分を引きずり下ろし、父の期待を奪った憎い敵であった。そう見えていた。しかし今は、そうではない。

 日本最強の男。

 全身全霊、本気で戦い合える好敵手。

 湊はそう思っていた。

 試合は長い、挨拶は大事である。此処から一試合、よろしくと卓球でも握手を交わす。だから、湊はあえて――

「おおっ!」

 誰が見てもわかる通り、日本最強の男が独占する前に張った。其処は王者の牙城であり、絶対的な聖域でもある。

 彼と戦う時、皆は其処以外に活路を求めるから。

「……」

 その挑発的な姿勢に天津風貴翔は微笑む。

 そう来なくては、と言う笑み。

 挨拶は――

「す、すげえ! とんでもないぞ、この試合!」

 大事。

 初っ端からどちらもエンジン全開、互いに一歩も譲らぬほぼ台上の前陣速攻による、長丁場のラリー。速攻なのに長丁場とはこれ如何に。

 それでも、そうとしか思えない。

 互いに一歩も引かぬ、技巧を凝らした打球の応酬。人間が何故、あの距離で、あの近さで、反応できるのか凡人には理解不能な領域。

「……」

 普段無表情な貴翔も、卓球中は笑みをこぼすことがある。強者との戦い、ひりついた一戦、彼はそれを心の底から楽しむのだ。

 上背はない。骨格も細い。

 他の如何なるスポーツでも大成しなかった。

 卓球しかなかった。

 前しかなかった。

 筋肉がつきづらい体質で、胃や腸も弱く栄養の吸収が極めて悪い。若いこともあるが、頑張って食事トレーニングをしても成果は得られなかった。

 医師にも一生付き合うことになるものです、と言われた。

 佐伯湊の、佐伯崇の真似しかなかった。それしか生きる道はなかった。だから、死に物狂いで体得し、唯一の自己表現手段を握り追いかけ、オリジナルを破った。

 それが天津風貴翔である。

「あはァ」

 さらに加速する。

 天はこの少年に多くを欠けさせたが、唯一絶対にして最強の矛を与えた。卓球にて、前にて無双の矛となるそれは――人知を超えた超反応。

 その一点に関してはすでに世界一。王虎ですら及ばぬ領域。

 彼だけの、聖域。

 元々その技術を持ち、さらに先読みを得た不知火湊ですら――

「……はっえ」

 神風神速、速さで捻じ伏せる。

 此処は俺の場所だ。誰にも渡さないとばかりに――君臨する。

 卓球台の上では、彼は人類最速、日本最強の超天才なのだ。

 天へ挑まんとする者は何も不知火湊だけではない。

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