第136話:夏は加速する!
男子団体は波乱なく龍星館が制した。女子ほど絶対的でなくとも県下ではやはり圧倒的な戦力を持ち、その層の厚さを如何なく発揮した。
特に部長の山口徹宵は獅子奮迅の活躍をし、団体戦では1ゲームも落とすことなく全試合を圧倒してのけた。
なおシングルスの決勝では――
「はぁ、はぁ、いい加減諦めろよ、徹宵」
「最後の1点を失うまで諦めんよ!」
「にゃろう」
不知火湊と死闘を演じ、フルゲームの末敗れ去った。3-0から怒涛の巻き返しは鬼気迫るものがあった。まあ、道中のトーナメントで相手に苦手意識を植え付けられるほどにがっつり粘られ、気力、体力が削られていたことも大きい。
それでも全抜きし、県を征した実力はもうカテゴリーエラーとしか言いようがなかった。調子が悪いなりに、遠征の疲れも残しながら、それでも勝ち切る。
正直言おう。
「……さっさと貴翔に勝って日本一になってこい」
今の湊が負けるビジョンが湧かない。例え、それが日本最強の、神速の男であっても。それほどに今の湊は強く、何よりも隙が無いのだ。
技術と肉体の調和が彼をより高く飛翔させた。
今なお増え続ける卓球の引き出し、その途方もない広さは対策すら許さない。
「いいのか? お互い次のステージを決めた身だろ?」
「やるとなったら全力を尽くす。だが、俺は不器用なのでな」
「ん?」
「今回、俺が狙うのは貴様の首ではない、と言うことだ」
「……そっか。それは残念」
正直言えば上のランクの選手にとって総体のタイトルは大きな価値ではない。もっと大きな大会はごまんとあり、彼らの主戦場は其処なのだ。しかし、高校にとっては話が違う。そして高校の価値を上げるなら、やはり総体なのだ。
総体の団体戦、徹宵は其処に照準を絞っていた。
それとて茨の道。湊はおらずとも、貴翔、豹馬辺りの強豪校の選手は当然出てくる。彼らの所属する高校は男子で言えば格上なのだ。
一昔前の絶対王者青森田中、現在の覇者愛電。
三番手かと言えばそうでもない。全国には強い高校が山ほどある。
ただ、
「十劫、ダブルスをもっと煮詰めるぞ」
「仕方ねえなぁ」
今年は山口徹宵と志賀十劫がいる。彼らがフル稼働するのなら、例年よりもいい成績が期待できるかもしれない。
あくまで期待止まり、それが全国から見た男子龍星館の評価である。
それでも彼は、彼らはやると決めたのだ。
それに、
「あ、女子、残念だったな」
「……」
「甘くねえってことだ」
「行くぞ、十劫」
個人タイトルであれば女子が勝手に拾ってくる。
実際に、今年の女子シングルスはまさに龍星館の年、と言えるものであった。団体戦でダークホースとなった明菱も、
「押し通ります」
「あ、あはは」
部長神崎沙紀、鶴来美里の前にズタズタに引き裂かれる。
円城寺秋良は、
「また会いましたね。楽しみましょう!」
「もうやだー!」
団体戦に引き続き趙を引いてしまう。初見でないため前回よりも粘るも、やはり地力の差は如何ともしがたく敗れてしまう。
本人が一番自信満々だった香月小春も、
「……那由多が負けたのは正々堂々、正面から捻じ伏せようとしたから」
「……」
「私は手段を選ばない。貴女には、絶対負けない」
伏兵、遠藤愛の手で沈められる。ある程度ならドライブ回転でもツッツキで、カット同様に下回転に出来る彼女の技術と共に、とにかくどれだけ崩れようが奥へ球を運び続ける。意地でも台を離れない小春に対し、意地でも台から突き動かそうとする愛の泥沼卓球。互いに醜悪な、愚形を続けた結果、泥沼の主が勝つ。
「貴女たちの手なんて借りない。私は私の手で、証明して見せる。龍星館が最強だったということを」
ドロドロとした執念の焔と共に彼女も駆け上がる。
唯一、準々決勝まで上り詰めたのは紅子谷花音だけであった。
しかし、今年は其処からが魔境。星宮那由多と当たり、相性がよかったはずなのに湊と同じ眼、明日を見切る眼が剛腕を正面から捻じ伏せる。
「小春ちゃんに言っておいてください。……感謝している、と」
「……っ」
そう、シングルスはこの星宮那由多が化け物だった。四強、準決勝ではある理由によって士気が極限まで高まった、戦う理由を得た九十九すずをも退けた。
そして決勝は準々決勝で泥沼卓球を、準決勝で回転自在の趙を打ち破り、夏の女王も奪取する、その野心に満ちた鶴来美里を、
「士ィ!」
「見えた」
「那由多ァ!」
打ち破る。
香月小春との一戦がただでさえ隙の無かった星宮那由多を覚醒させた。数多の強豪が、頂点を狙う猛者たちが、彼女の前に倒れた。
「調子、よし」
「なら、団体の時に勝ってよ」
「勝負は時の運」
「もー」
「ふふ、那由多らしいです」
地区予選、男子の王は不知火湊、そして女子の王は星宮那由多となる。
久方ぶりに並ぶ二人。
専門誌の取材も否応なく過熱する。
「ぴーすぴーす。湊、愛想よく」
「……どこが愛想いいんだよ?」
「ここ」
「はいはい」
如何なる理由があろうとも、どれだけ努力を積もうとも、哀しいかな勝者はただ一人。それが競技の世界であり、それが勝負の世界なのだ。
ちなみに前年の女王、有栖川聖は――
「……聖」
「手は抜いとらんよ。本気や。本気やから、再構築のために崩れたんやろなぁ。これが今の全力や。すまんな、橘ちゃん」
「……大学でも続けるつもり。必ず、本調子のお前を討つ。それまでに、再構築とやらを終わらせて、強い聖に戻っておいてよ」
「はいな」
青陵の部長でありエース、橘に三回戦で敗れた。手は抜いていない。ただ、神崎沙紀との戦いの中では取り戻せた感覚も、その途中で崩した感覚と混ざりいい卓球が出来なかった。それほどに繊細なのだ、卓球の感覚とは。
あのまま崩れた状態を続けていれば、きっともっと酷いことになっていた。
だから、これでよかったのだ。
「あ、神崎ちゃんやないのぉ」
「あ、有栖川さん?」
「んもう、他人行儀やなぁ。聖って呼んでえな」
「え、えと」
「ボクら友達やろ?」
「え、あ――」
卓球では魔法にかからずとも、人間関係では『魔女』の魔法にかかり、連絡先の交換から、沙紀の夏の引退以降ひっきりなしに連絡が入り、べったりマンマークで受験に突入することを彼女は知らない。
「昨日の敵は今日の友、ええ言葉やで」
「あうあう」
知らない。
○
全国大会、日本中の高校生、その頂点を決める大会である。しかし、まあ例の如く卓球という競技の性質上、すでに上のカテゴリーで戦う選手たちにとっては大きな大会とは言えず、メディアの注目度も低くなる。
それは専門誌でもそう。
だが、今年は違う。
「とうとう不知火湊が国内大会でベールを脱ぐぞ!」
「貴翔君とどっちが強い?」
「さすがに貴翔君でしょ」
「でも、貴翔君、劉選手とは戦績ほぼ互角だよ。特に最近は」
「俺は黒崎を推すぜ」
「穴党、とは言えないよなぁ。彼の成長曲線を見ていると」
男子も女子もスター選手ぞろい。特に男子は全国に散らばり、国際試合で結果を残しているくせに地区でもたつく不知火湊のせいで、対戦機会に恵まれなかったカードがごまんとある。特に天津風貴翔、そして黒崎豹馬との戦いを望む声は多い。
国際試合で結果を出している以上、弱いわけがないのはわかる。ただ、国内専と呼ばれる選手がいるように、国際試合で実力以上が出る選手も稀にいるのだ。アウェーの方が調子づくあまのじゃくが。
彼がそうである可能性も否定できない。
全てはここで明らかにされるのだ。
ゆえに本来、あまり注目が集まらぬ総体にそれこそ全日本ばりのメディアが押し寄せていた。お目当てはやはり不知火湊対天津風貴翔。
神童、佐伯湊と因縁の対決。
此処で煽らにゃいつ煽る、とばかりの盛り上がり。
当然だが、
「……」
全国の猛者たちからすると面白くない話である。上位は彼よりも国内では実績を持つ選手ばかり。決して及ばぬとは思わない。
組み合わせ的にも決勝まで彼らがノンストップと思われているのも気に食わない。絶対に一矢報いてやる。
あの佐伯湊に、必ずや。
山口徹宵だけではない。彼に煮え湯を飲まされていない選手は、中学から卓球を始めた黒崎ぐらいのもの。幼い頃から卓球をやっていればいつか必ず、何処かで当たり敗れる。そういう存在だった。
疎ましく、許し難く、いつか必ず勝ってやる。
そう思い続けていた。
そういう、
「おはようございまーす」
「……っ」
存在だった。
その、当の本人が皆の前に現れる。肩ひじを張りまくる他の選手とは対照的に、何処かリラックスした感じで挨拶をし、
「あ、田淵君久しぶり」
「え、あ、えと、僕のこと、覚えているの?」
「そりゃもう。そうじゃなくても知ってるでしょ。神奈川の王者じゃん」
「……あ、うん、ひ、久しぶり」
砕けた様子でフレンドリーに会話を向けられ、唖然とする田淵君。他の選手も呆気に取られていた。記憶の佐伯湊は他の選手に挨拶などしない。
視線すら向けなかったはず。
「あのカーブドライブってどうやってんの? めっちゃ曲がるよね」
「き、企業秘密」
「だよねえ」
それが今、普通に世間話をしている。砕けた感じで、緩い空気をまとって。もしかしたら眼鏡がそう見せているのかもしれない。
ただ、
「今日はみんなの胸を借りて頑張るよ。よろしくね」
笑顔の元天才を見て思った。
これは――敵わないかもしれない、と。
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