第137話:不知火湊という選手
「あー、そうですね。敗因はまあ、単純な地力の差です、はい」
全国の猛者たちが次々と敗れていく。そりゃまあ国際試合、コンテンダーの中では最高クラスの選手が集った大会で勝ち上がった男である。
国際大会の結果から見れば勝って当たり前。とは言え、国際大会に弱い選手もいれば、強い選手もいるので国内ではどうか、という視点で見定められていた。
結果として見れば杞憂。
いや、
「彼の強さですか? 一言では言い辛いんですけど、やっぱり卓球の広さですかね。とにかく何でもやってくる。近距離、遠距離、どのレンジでも強いんです。隙が無い。此処なら勝てる、そういうのがなかったですね」
むしろ想像以上であった。
各県から集った県代表たち。すでに上のカテゴリーを主戦場にする選手も少なくない。それでも千切っては投げ、千切っては投げ、驀進を続ける。
「強くなり続けてますよね。変化し続けると言う方が正しいかもしれませんけど、この大会中も色んな選手の戦い方を吸収している、って感じで。そういう意味でも対策が難しいな、と思いました」
直接戦った選手だけではない。自分の出番以外はじっと集中して、他の選手の卓球を覗き込み、貪欲に取り込んでいく姿勢。
「舐めプ? あー、不思議となかったっす。そういうの。確かに試している感じはあるんですけど、あれだけ楽しんでやられたら、くそーってよりこっちも面白、ってならないすかね? 自分、結構いい試合してたと思うんすけど」
しかも質が悪いのは、色々と試しながら、楽しみながら、相手選手の卓球を引き出し、高め、よりいい試合を形成しようとする部分。
自分を出し切れなければわだかまりも残るかもしれないが、全力を出し切り、いや、下手をすると自己ベストを出して、それでも上回られたのであれば悔いも少ない。それがあるから、存外負けた選手もすっきりとした表情の選手が多かった。
「楽しかったです。こういう大きな大会って、あ、僕みたいな高校レベルの話ですよ。やっぱ胃が痛くなるんですよ。学校の看板もありますし、負けたくないなぁ、って。でも、今回は楽しくて、気づいたら笑いながらやってました。監督に呆れられましたよ。ただ、高校生活でのベストが出せたなって、褒めてもらえて……」
最後の大会。
それこそ選手によっては最後と覚悟し臨んだ。誰しもが大学やその先の席が用意されているわけではない。それは全国に出るような選手でもそうなのだ。
大学以降でガチ、となればそれなりの成績が求められる。此処までは一部のトップ選手以外は同じ熱量で、近しい環境で卓球が出来ていた。それが部活システムの良い部分である。しかし、この先は違う。
本気の席は少ない。いやでも趣味にするか、やめるか、選ぶ必要が出てくる。
「続けます。少し迷っていたんですけどこんな試合が出来たので……貴翔君や豹馬君がいる中で、どれだけやれるのかわからないですけど」
それでも――
「まだ終わりじゃない。そう思えたので」
続けたい、まだ終わりたくない。迷いの見えた選手も、実際進路を保留していた選手たちが続々と真っすぐと先を見据える。
そんな光景に、
「不思議な選手になりましたね、佐伯君。いや、不知火君」
「確かにな」
メディア、卓球専門誌のライターや編集者たちも困惑していた。
「かつて、佐伯湊とやり合った選手は皆、一部が死ぬほど悔しそうな顔をしていて、大半は絶望的な表情をしていたもんだ。それこそ、対戦してラケットを置いた選手も少なくないだろう。そういう選手だった」
神童と持て囃されていた時代とのあまりのギャップに。
未だに戸惑う。
「今は無いですよね。そういう暗い感じ。むしろ無さ過ぎるって言うか、戸惑っちゃいますよね。こっちとしても」
「選手はもっとさ。この世代は皆、それこそ黒崎君みたいな後から始めた子以外は皆、彼に敗れてきたんだから」
敵意はあっただろう。しかも順番飛ばしで、何の実績もなく海外遠征を敢行し、ショートカットを成功させた。そりゃあ実力があるからこそだが、傍から見ればいい気分でなかったことも事実。
でも、対戦した選手に、対戦した後にその陰は消えていた。
またやりたい、皆口を揃えてそう言う。
あまつさえ人によっては大きな、最後の大会で敗れ、楽しかった、と。
そう言わせる選手。
「まあ観戦している側からしたら、楽しくてしょうがないですね。何が飛び出すんだろう、何をやるんだろう、次のプレーが想像もつかないですし」
「その想像を超えてくるからな」
見ている側にわくわくを与えてくれる選手。
「さて、そろそろ決着だ」
「惜しかったですね。調子はよさそうだったんですけど」
「王者の壁は厚いってことだ。ま、放っておいてもあの子は登り詰めてくるよ。さすがにモノが違うさ」
「ですね」
観戦していた者たちは今大会、此処までのベストゲームの決着を見届ける。ほぼ互角、素晴らしいゲームだった。とうとうここまで肉薄してきたか、と関係者を驚嘆させるほど。未来を思えば胸が躍る。
されど、
「さあ、休憩を挟んだ後、決勝だ」
「楽しみですねえ」
やはり勝者は、王者は強い。
天津風貴翔の壁は厚かった。
○
「あ、黒峰先生、ちょっとトイレ行ってきます」
「ええ、どうぞ」
ほんのりと催し、トイレへ向かう不知火湊。石山は子分の女子たちを引き連れ敵情視察中(女子の個人戦観戦)。引率は黒峰のみ、全国の舞台では結構特殊である。
まだまだ明菱高校卓球部はこれからだ、と思ってしまう。
(そもそも何故、男子の部員が入らないのか? ……僕もあいつらみたいにぶいぶい言わせたいんだけど。いやまあ、あまり面倒は見れないんだけどさ)
しっかりと水分を取った分出してすっきりした湊。
不思議と緊張はない。もっとシリアスな気分になるかと思ったが、今更あの時の敗北を根に持っているかと問われたら、正直全然ない。
たぶん貴翔が現れずとも、あの頃の自分は早晩限界が訪れていた。卓球的にも、精神的にも、むしろ取り返しがつかなくなる前にジャッジを下してくれたとも考えられる。今の湊としては完全にそちら側の思考である。
今、間に合ったからなおのこと。
そんな湊が会場へ戻っていると窓の外、風景を見つめている背中が視界に飛び込んできた。何処かで見た背中、忘れもしない――
「……父さん」
「……湊か」
父の背中。
突然の邂逅、いやまあ、会場でニアミスはあった。何しろ出場選手と、その選手のコーチである。ただ、此処まで絡みはなかった。
何せ、
「やや、あれは佐伯コーチと湊君」
この二人の絡みに興味を示している者は多いのだ。特にこの会場には。
二人の接近を察知し近寄ってくる有象無象。
だが、
「……」
父、佐伯崇の無言のひと睨み。
それで、
「あ、なんでも、ないですぅ」
迫り来る有象無象を寄せ付けない。
「……相変わらずだね」
「あれに話すことがあると思うか?」
「さあ、話してみないとわからないんじゃない? 僕は遠慮しておくけど」
メディアキラーであった父、相変わらずの塩対応に火山さんらの爪の垢でも煎じて飲んだ方がいいのでは、と湊は思ってしまう。
まあ、正直さっきの相手と話すことはなさそうではあったが。
「貴翔、勝ったね」
「苦戦し過ぎだ」
「あれは相手が悪いよ。黒崎さん、また強くなってた」
「ふん」
今大会、『此処までの』ベストゲームである天津風貴翔対黒崎豹馬。互いに一歩も譲らぬ熱戦であった。見ている湊も手を握ったほどである。
「こうして話していたら八百長だと思われるかな?」
「総体で? この程度の大会の勝敗に何の意味がある?」
「僕には大ありさ。国内での実績、どんな形でも欲しいもの」
「……なら、頼むか?」
「冗談。自力で掴むさ。調子いいんだ、最近」
「ローラン」
「あ、ぐ、よ、よくご存じで」
痛烈なカウンター。さすが現役時代、前陣に張り付き超速のカウンターで一世を風靡した男である。この前の敗戦、その傷を痛烈に突いてきた。
「相手が悪かったな」
「……クソ親父」
意趣返しを喰らい、湊はさらに顔を歪める。
「……休憩ってまだ少し時間があったよね?」
「ああ。今日は進行が早かったからな。どっちの山も」
今大会、ド本命の驀進がどちらも半端なく、フルゲーム自体がほとんどなかった。それこそ直近の二人がもつれ込んだが、それぐらいか。
比較的長かった黒崎対山口も3-1であったのでそれほどではなかった。
ゆえに余裕を持った大会運営、お偉いさんもにっこりである。
「話せる?」
「……少しだけなら」
なので湊はあえて今、父と話したい、話さねばと思った。つい最近まで自分を、母を捨てて卓球を選んだクソ親父と思っていたが、どうにもそういうわけでもないらしい。少なくとも金銭面ではきちんと支えてくれていた。
ボタンの掛け違いを、今だからこそ――
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます