第122話:犬猫ペア

(何だよ、こいつら)

 ダブルスの練度なら誰にも負けない。細やかに、時に大胆に、積み重ねた入念な準備が、備えが、今までの彼女たちに勝利をもたらしてきた。

 相手に星宮那由多がいようが、

「牙ァ!」

 相手に有栖川聖がいようが、

「ウォラァッ!」

 相手に姫路美姫がいようが、

「わっふゥ!」「アアッ!」

 相手に――

「……でも、それは一人やった場合の話や」

 常勝不敗、高校カテゴリーの中で無双する犬猫ペアであるが、彼女たちがそういう存在であるのは多少カラクリがある。

 それは那由多や聖と違い、上のカテゴリーに挑戦すること自体を避けている、と言うこと。あくまで高校生の、ダブルスの中でのみ戦っている特異な存在である、と言うこと。それが驚異の勝率、その大きな要因であった。

 もちろん、それでも凄い。桁外れの強さであることは間違いない。取りこぼしの無さ、その圧倒的な再現性はペアとしての完成度を示しているだろう。

 実際今も、ダブルスのチームワークでは圧倒している。

 比較する気も起きない。

 でも――

「まだだよ、犬!」

「もちろんです!」

 点差には明確に表れつつある。

 彼我の戦力差が。

 個の、

「ぼーっと突っ立ってんなよ」

「ちゃんと避けたもん」

「ギリで避けられたらコースが見えねえって話だろうが」

「知らなーい」

 悲しいほどの性能差が。

 ダブルスじゃない。

 そう思うこと自体は別に珍しいことではない。トップ選手にとってダブルスはあくまでシングルスの延長線、それを丁寧に磨き上げることはない。

 その差で、今まで勝ってきた。

 其処を突き、どんな選手からも、どんなペアからも、勝利を奪ってきた。

「今の高校カテゴリーでトップ選手を二人以上抱える学校は龍星館だけ。そりゃあその辺にごろごろいないもの。普通は、ね」

 龍星館が死に物狂いで星宮那由多を獲りに行ったのは地元選手であることもそうだが、競合に青森田中がいたからである。

 今の愛知最強、愛電だけならば退く手もあった。メーカーを切り替える暴挙を打つまではしなかったかもしれない。

 しかし、青森田中も手を挙げたら、退くわけにはいかなかった。

 その理由は姫路美姫がすでに付属中学からの進学を確定させていたから、である。有力選手が進学する分には何処がどう取ってもいい。龍星館とてトップ校、黙っていてもそれぐらいの選手は勝手に入ってくる。

 育成には自信がある。それは何処の学校もそうだろうが。

 でも、結局勝負を分けるのはすでにトップ選手として確立している選手、なのだ。卓球はその傾向が圧倒的に強い。

 一枚ならいい。

 だが、二枚は許せない。

 その理由が――

「邪魔」

「きゃん⁉」

 ぼーっと突っ立ち、壁になっていた小春を力ずくで引っ張りながら、もう片方の手で無理やり強打、相手コートをぶち抜く。

 そんな無法がまかり通る。

「花音ちゃん!」

「退かねえのが悪い」

 化け物が二枚、ならば。

「……なんだよ、それ」

 猫屋敷はぐっと唇を噛む。わかっていたつもりであった。自分たちの立ち位置など、ダブルス専業で行くと決めた時に理解していたつもりである。

 上のカテゴリーには挑戦しない。

 常勝の仕組みも、自分たちも納得済みのことである。

「猫! 集中!」

「わかってる!」

 どんな球でも前に張り続け神風神速、相方が不利を背負おうと一切気にせずに次の次、自分の番に前で殺すべく牙を剥き出しにする餓狼。

 その不利を大砲一発で帳消しにする無双の巨人。あり得ない機動力、あり得ないリーチから、あり得ない破壊力が飛んでくる。普通女子なら、あれだけ台から離れれば、どうしたって球威は落ちるものなのだ。準備万端で中陣からドライブを打つのとはわけが違う。腕の振りだけで、力だけで、男子顔負けのパワーを出す。

 結果、むしろ犬猫が不利を負う。

 差し込まれ、押し切られるか、返せても甘く入る。

 それを、

「我ァ!」

 餓狼の牙が食い千切る。

 ダブルスじゃない。シングルスが二枚、力を合わせる必要もない、とばかりに睥睨する。常勝不敗、その看板がどんどんと崩れていく。

 元も子もない話だが、

「ありがとう、チャンピオン」

 彼女たちが結果を出し続けていたことが、女王躍進の心臓部であったことが、女王にとっての急所となった。

 もし、石山百合が龍星館のコーチであれば、

「私なら、引き摺り下ろしていたけどね。星宮を獲った時点で」

 犬猫ペアは解体、サブに回していた。

 何故ならば有栖川聖と星宮那由多を、今ならば趙でもいい、トップレベルの二人を組ませた方が、ペアワークが拙くても強いのだ。

 龍星館だけは出来たのだ。

 龍星館だけだったから、する必要がなかったのだ。

 その驕りが――

「介錯してあげなさい。どのみち、上を目指さない時点でここ止まり。それを選んだ時点でね、伸びしろがあろうとなかろうと……終わってんのよ、競技者としては」

 今、女王の弱所として足を引っ張る。

 エースが一枚ならどうとでも出来た。どれだけ相手が強くとも、一球しのげばエースは待つしかない。それがダブルスである。

 エースに繋ぎの仕事を強いる、そういう立ち回りを押し付けたなら、自分たちの勝ち。彼女たちにはそれが出来た。

 ペアワークに磨きをかけ、エース一枚の輝きを消し、完全な機能を封じ、もう一枚とのギャップで勝つ。姫路美姫もそうやって殺した。姫路と青柳、その差ですら彼女たちにとっては突くべき急所であったから。

 急造の粗を突いた。トップ選手であればあるほど、高校カテゴリーでダブルスの練習を煮詰めることなどしない。シングルスで国内の序列を上げる、世界ランクを上げる、そちらが最重要であるから。

 何なら次につながらない総体などの大会は二の次である。

 そんな中、勝ち星を積み重ねた。

「は、やッ⁉」

「猫!」

「遅い」

 力をしのいでも速さが来る。速さをしのいでも力が来る。

 エース一枚を封じても、もう一枚が襲い来る。

 個の力、

「あたしばっか動かすんじゃねえよ」

「それが花音ちゃんの仕事だもーん」

「いつか殺す」

 それがダブルス専業に、このカテゴリーに特化した、二人の選手に襲い来る。

 卓球は個人競技だ、と。

 力こそが全てだ、と。

「……」

 二人の同期、有栖川聖は歯噛みし、顔を歪めていた。この世界が残酷なことを、彼女たちは知っている。

 魔法が解ける時は一瞬だと言うことも、知っている。

 それでもしがみつき、足掻き、戦ってきた姿を、知っている。

「……」

 残酷な世界だと言うことも、知っている。


     〇


 龍星館中等部、何も始めから彼女たちはダブルスに特化していたわけではない。

 むしろ、中等部に入りたての頃は――

「一年猫屋敷、ここから一気に逆転して、トップ目指します!」

「一年犬神、全身全霊で修練し、一番を目指します」

「「む?」」

 誰もがバチバチだった。小学校で全国区、地元じゃ負け知らずみたいな鼻っ柱の強い連中しかいない。全国からそんなのばかりが集まり、強豪校の環境でもまれて逆転を目指す。そう、卓球だとこの時点で逆転を目指さねばならない。

 すでにトップは、

「星宮、中等部は龍星館入らないらしいよ」

「地元なのに?」

「うん。ちょっと、感じ悪いよね」

「お高く留まって――」

 上のカテゴリーで戦っている。それこそ佐伯湊は社会人とも戦っている世界。普通の競技とは違い、すでにこの時点で格付けは済みつつある。

 でも、逆転は可能。

 肉体の成長、精神の成熟、技術を修めた先、何かが噛み合い一気に飛躍する選手は少なくない。姫路美姫はそのタイプであった。

 だから、この時点では誰しも希望を捨てていない。

 逆転を狙い、野心を持ち、名門の門を叩く。

 だけど――

「やばいよ、私、もう三年なのに二軍止まりだ」

「高校まで続ける意味……ないじゃん」

 少しずつ、現実が見えてくる。中学に上がり、続々とトップ選手は次のカテゴリーに挑戦する中、部の競争にすら敗れる者たちがいる。

 一年の犬猫ペアも、

「……犬神は、部内戦今回何勝?」

「六勝です。一軍入りは、絶望的ですね」

「私なんて四勝、下手すると三軍に落ちる。三年が引退したってのに……」

 現実に打ちのめされていた。強豪、超名門ともなれば大会をある程度勝ち抜くよりも、二軍三軍の部内戦の方がよほどレベルが高い。

 龍星館の一軍なら全国大会よりも難しい年などザラである。

 何度も激戦を繰り広げ、しのぎを削り合った好敵手も、龍星館と言う環境下ではモブであった。有力選手しかいない、その環境は地獄そのもの。

「研究が足りひんのや。やる気次第やで。ボクが一軍入ったんやし、ジブンらが入れんわけないやろ」

「「……」」

 小学校時代、自分たちよりも下だった有栖川聖はぐんと伸びた。この環境で、彼女は自分の武器を見出し、磨き上げたのだ。

 コツコツ、コツコツ、正しい方向に尋常ならざる熱量で突き進む。

 それがまた、二人の心を穿つのだ。

 自分たちは、此処までやれない。卓球への愛は誰にも負けないつもりだった。どんな努力もやり遂げて見せる、そう思っていた。

 一番になってやる、その決意は偽物じゃない。

 だけど、いざそう成る者たちを見て――

「聖が星宮に勝ったって!」

「ザマァ! 調子に乗ってるから足元すくわれるのよ!」

「「……」」

 自分たちはあそこまで卓球を愛せない。愛の深さ、大きさ、其処にも大き過ぎる差があったのだと、今更知る。

 まだ成長期に背がぐんと伸びた犬神はともかく、

「手足が小さいですし親御さんの背から鑑みて、これ以上の伸びは期待できません。選手としても……先々のことを考える時期です」

「……はい」

 猫屋敷には早々にこれ以上はない、という現実が突き付けられた。

 中等部はともかく、高等部に上がる際はさらに全国から集まる以上、枠がさらに少なくなる。見込みのない選手はこうして肩を叩かれることも日常茶飯事。

 その犬神とて、

「一軍に定着したいなら、相手に付け入る隙を与えてはいけません。その甘さが貴女の卓球を腐らせますよ」

「……はい、如月さん」

 ようやく一軍に上がっても、化け物ぞろいの真の魔境を前に打ちのめされていた。付け入る隙など与えているつもりはない。全力でやっている。

 それでも彼女たちから見ると甘く映るのだ。

 届かない。

 たぶん、心が折れたのは犬神が先だった。

「相手の卓球を、穴が空くほど研究すればええねん。ボクのコレクション貸すで」

「ええ……ありがとうございます」

「大丈夫や。諦めたらあかんよ」

「……ええ」

 凡人だと思っていた天才、化け物の言葉は響かない。負け犬、自分らしいと彼女は思う。どんどん、心がすり減っていく。

 勝てない、届かない、自分はここ止まり。

 中学生にして、中学一年生にして、現実を直視せねばならない。これが卓球の一側面でもある。薄い逆転の目すら、すぐさま見えなくなる。

「佐久間姉妹ってさ、ダブルスだけだよね」

「じゃない方とか恥ずかしくないのかな? 私だったら金魚の糞なんて絶対嫌だけど。ってか、どっちも過大評価でしょ。顔だけじゃん」

「ほんとそれ。顔がいい双子ってだけ。シングルスじゃ大したことないし」

 かつて地元じゃヒーローだった、今はただの負け犬たち。

 そんな遠吠えする姿を見て、

「大したことない相手にも勝てない私たちって……何なんですかね?」

「……犬神」

 二軍に戻ってきた犬神がぽつりとこぼす。表舞台で活躍する者たちに、自分の方が上だと、龍星館じゃなければ今頃試合に出てあれぐらいやれている、と。

 そんな情けない姿が心を刺す。

「もう、伸びないってさ」

「……猫屋敷」

「でも、私、卓球しか、ない。犬神みたいに、頭、よくないし」

「……私だって、普通の学校なら、何処にでもいるレベルですよ」

 まだ中学一年生、もう中学一年生。芽が出ない。龍星館の高等部には上げられない。暗に突き付けられる。

 悔しくて、苦しくて、でも、どうしようもなくて――ただ涙を流す。

 もう何処にも行けない。やってやる、そう言って地元から出てきた。天下を取ってやるんだと、今はもう、親にすらそんな言葉吐けない。

 ここには現実しかないから。

 夢を見ることすら、龍星館と言う環境は許してくれないから。

「私、諦めたく、ない」

「……私も、です」

 夢は見れない。

 いや、見ない。

「……ねえ、犬神」

「何ですか?」

「この前のダサい負け犬の遠吠え、覚えてる?」

「……いえ」

「佐久間姉妹って、ダブルスだけだよね、ってやつ」

「あ、ああ、そんなこと言っていましたね。それを私たちの立場で言うのか、と思っていましたけど……それが何か?」

「でも、実際、佐久間姉妹にシングルスで勝ち目がないって、思う?」

「……勝負は、出来ると思っています。今の自分の見立てに自信はありませんが」

「私もそうだよ。でも、私はもう、その感覚を信じるしかない」

 この魔境で凡人が生きる道。

 現実を直視し、

「駄目で元々。誰か相方探してさ、やってみる」

 それでもなお抗う道を。

「……その道に、先はありませんよ」

「今、断たれるよりはマシだ」

 二軍の底でへばりつく猫屋敷が、先に腹を決めた。覚悟を決めた。葛藤がないわけがない。誰もが龍星館の門を叩く時、一等賞を狙いに行くのだ。

 卓球の一等賞はシングルスの中にしかない。

 夢を放棄するに等しい。

 妥協なのだ、その道は――

「……相方、立候補します」

「駄目だよ! 犬神は、一軍にも行っただろ! 才能、あるんだから」

「すぐに落ちました。だから――」

 犬神は胸元に忍ばせていた退部届を猫屋敷に見せる。

「そ、それ」

「親にはもう連絡したんです。もう、無理だって……でも、最後にもう一足掻き、ライバルの猫屋敷とやるのも、悪くないかな、って」

「……犬神」

「やってみましょうか、二人で。先のない戦いを」

「……へへ。ああ、やってやろうぜ!」

 二人は涙をぬぐい、夢を捨て妥協の夢を見ることに決めた。

 妥協の夢を、貫くことを決めた。

 一年の終わり頃、二人は手を組んだ。駄目で元々、周りには嘲笑された。シングルスで強くなれなきゃ意味がない。

 あの二人は逃げた、と。

 だけど、

「面白い試みだね。相談、いくらでも乗るよ」

 トレーニングアシスタントとして雇われた乾を始めとして指導者陣は、彼女たちの挑戦を支援した。チーム事情として、我の強い選手たちの中でそれに専心する、専業となる覚悟を持つ者は多くなかったことがある。

 加えて学校対抗となるような、いわばカテゴリーが固定された、トップ選手からすれば大して重要でもないが、学校としては重要な大会でエースを温存できる、これも大きかった。と言うよりも結果を出し始めてからはそちらの方が大きかった。

「ええと思うで。応援しとる」

「じゃあサーブ教えてよ」

「そら企業秘密や」

「ふふ」

 同期の有栖川聖や、

「ようこそ一軍へ。いい貌になりましたね、二人とも」

「「はい!」」

 一軍の皆は彼女たちの背を押す。戦う者とそうでない者、その差を最も理解している者たちだから、彼女たちは一軍であったのだ。

「サイン、もっと増やそうか。ややこしくなるけど」

「うう、頭がぁ」

「もちろんやります。そうでしょ、猫」

「ふにゃあ」

「はい、とのことです」

「あはは、オッケー。じゃあ少し考えてくるよ」

「「よろしくお願いします!」」

 簡単な道ではなかった。

「ヨォ!」

「やったね、お姉ちゃん」

「「くっ」」

 全国で当たった佐久間姉妹にダブルスの現実を突きつけられた。厚みが違う、練度が違う。でも、それは希望だった。

 自分たちも極めたら、其処へ行ける。

「私がこのコースへ打ったら」

「うん、私はこっちに打って、返球はこのエリアに限定されるから」

「このパターンなら、私が詰める」

「にゃ」

(かわいい)

 いや、超えて見せる。

 そして――


「にゃあああああああ!」

「あああああああああ!」

「嘘、そんな……」

「おねえ、ちゃん」


 ダブルスで天辺を獲った。結果を出しまくった。それがまやかしであることはわかっている。そんな天辺、上へ行けばクソの役にも立たないことも理解している。

 チームが前向きなのもチーム事情として有益であるから。

 有栖川聖ひとりより、ダブルスだけならば価値がある。もし星宮那由多が獲れずとも、青森田中以外ならどうとでもなる。

 トップ選手にとって総体などの学校対抗戦に大した価値はないが、学校にとってその価値はとてつもなく大きい。

 翌年度以降の入学者に直結するから。

 だから、重用された。

 それも理解している。

 二人そろって高校に上がることが出来た。

 其処でも勝ちまくった。

 だけど、龍星館が星宮那由多を獲った時は少しだけ焦りがあった。聖と釣り合う相手、あの二人が組めば自分たちでは勝てないと、それも理解していたから。

「君たちは龍星館の看板です。頼みますよ」

「「はい!」」

 龍星館以外に二枚のトップ選手を持つ学校がいないから、敵に龍星館がいないからそれが許された。それはわかっている。

 わかっていても――嬉しかった。

 まだ終わりじゃない、そう思えたから。

 でも――


     〇


「嘘、猫さんと犬さんが……ゲームを落とすなんて」

「だ、大丈夫! ちょっと調子が悪かっただけでしょ。あの二人は無敵だもん。姫路美姫にも、青柳循子にも、勝った人たちだよ!」

「だ、だよね」

 いつか、終わりの時は来る。

 二枚の化け物、そしてダブルスなどする気がない、シングルスを、個の力を押し付けるだけの、洗練とは程遠いクソダブルス。

 でも、哀しいほどに強い、卓球である。

 夢を見ていた。随分と長く、見ることが出来た。

「二人とも、相手に乗せられ過ぎているから落ち着こう。大丈夫、君たちならやれる。これまでやってきたじゃないか」

「「……はい」」

 確かにこれまでやってきた。やれてきた。後輩たちが騙される程度には、さぞ輝いて見えたことであろう。無敵の二人組は。

 でもそれは、龍星館が敵にいなかっただけ。

「先輩、すいません、私の――」

 星宮那由多の言葉、それを――

「にゃはは、ストップ」

「せい、と言ったらぶっ殺しますよ。巷では卓球は文化系に属するなどと言うたわごとがありますが、れっきとした体育会系。上下には厳しいんです」

「そーそー」

 二人は遮った。

 その上で、

「遠藤」

 猫屋敷は大好きな先輩を引きずり下ろした、大切な後輩に声をかける。

「はい」

「先輩命令だ」

「チームのために、ではなく、一人の卓球選手として先に繋がる卓球をしなさい。貴女にはまだ先があります。昨年のような無様は許しません」

 猫屋敷の言葉を引き継ぎ、阿吽の呼吸で犬神が伝えるべきことを言った。勝ち負けではない。目先の勝ち負けなど、自分たちの勝ち星ほどにどうでもいい。

 二人は、そんな話をしていない。

「はい!」

 それが伝わったと思ったから、二人は笑みを浮かべて皆に背を向けた。

 夢が終わっても、舞台は続いている。

「うーし、もうひと仕事、気張っちゃおうかにゃあ」

「ええ。……思えば随分遠いところまで来ましたね」

「にゃはは、ほんとにね」

 昔はバチバチのライバル、今は何も言わなくたってお互いの考えていることがわかるほどの親友で、大事な相棒。

 一緒に妥協し、一緒にその妥協を貫いてきた。

 その道に一切の悔いはない。

 以心伝心、二人は何も言わず拳を打ち付けた。

 そして、

「「やるぜ」」

 共に覚悟を吐く。

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