第114話:道を開けろ、私たちが通るッ!

 春が終わり梅雨へ至る。

 しかして本日は快晴也。

 今年はこのタイミングで――とうとうその時が来た。

「下剋上! 小春についてこいッ!」

「小春ちゃんサイコー!」

「……私が部長なんですけどぉ」

 全国高等学校総合体育大会卓球競技大会、その時が。

 全国の高校生があらゆる競技でしのぎを削り、多くの部活動にとって区切りとなる大会である。特に三年生にとっては、多くが規律ある組織でスポーツを行う最後の機会となる。卓球にとってもそれは同じ。

 そんな舞台を、

「うお、明菱だ。すげえ迫力あるなぁ」

「県外遠征しまくって、強豪を軒並みぶっ飛ばしてきたとか」

「えげつねえ」

 威風堂々と練り歩くは明菱高校卓球部御一行。

 昨年、無名のカモとしかみなされていなかった明菱高校であったが、今年はもう完全に強豪の扱いである。

「おひさー……って、どしたん⁉」

「一回戦、明菱だって。シードで出てよぉ」

「……一回戦敗退、確定だね」

 石山百合による愛知遠征から始まった怒涛の道場破りラッシュを経て、明菱高校を見る目は完全に変化した。こういう箔の力は馬鹿にならない。

 雑魚が勝手に戦意喪失してくれるから。

(まあ、そんなのは眼中にないけどね)

 端からそれで折れてくれるようなチームはどうでもいい。問題はそうでない連中、いくつかの視線がこちらへ突き刺さる。

 戦意を滾らせ、威嚇してきている。

 そんな視線に、

(あら可愛い)

 石山は鼻で笑う。戦意や敵意を気にするほど、うちの連中は繊細に出来ていない。注目を受けてきょろきょろしているのは平民神崎部長のみ、大体が我が道を征くタイプ。遠征ラッシュを経て、その気質はより強くなった。

 図太くなった。

「来たわね、横綱」

 だが、このチームは別。

 明菱の前に立ちはだかるは県下最強、龍星館。しかもメンツがえぐい。星宮那由多、有栖川聖、この二枚看板がいて、高校の大会では未だ無敗を誇る最強ダブルスペア、猫屋敷に犬神、この三つの白星が確定しているのに、さらに春から一気に調子を上げてきた中国からの留学生趙欣怡、昨年もレギュラー遠藤愛が控える。

 まさに全国最強、昨年からかなりパワーダウンした青森田中に比べ、龍星館は絶対的なポイントゲッター以外の急成長もあり、今が最盛期。

 歴代最強の陣容と言える。

「ええ雰囲気やねえ。充実しとるやん」

 元女王、有栖川聖。鶴来美里に玉座を引きずり下ろされて以来、調子を崩しているとの噂だが、それでも対外試合はしっかり勝ち切っている。

「でも、負けません」

 そして今、名実ともに龍星館のエースである県下三強が一角、星宮那由多。ちなみに周囲にいる鶴来美里、まだ会場に到着していない九十九すず、が今の三強と呼ばれていた。他を寄せ付けぬ、最強の三名。

 其処に、

「それ、無理だよ」

 ずん、と踏み込むは小柄な那由他よりもさらに小さい、香月小春。小さいのに、何故かその踏み込みは大きく見えた。

「小春が勝つから」

「たち、を付けろよ馬鹿チワワ」

 小さな巨人、彼女の巻き起こす嵐が吹き荒ぶ。

 堂々たる勝利宣言。

「……ほォ、そりゃあ組み合わせ的にうちも抜くって話?」

 お怒りの三強、鶴来美里。組み合わせ的に逆の山の明菱が龍星館を討つなら、それは当然決勝まで上がると言う宣言である。

 道中、当たるはずの明進も、古豪青陵も、全部蹴散らすと言ったも同然。

 空気がぴりつくのも仕方ないだろう。

「小春、ステイ!」

「わん!」

 びしっとした声を聴き、小春はぴたりと停止する。

 よく調教されたチワワである。

「ごめんなさい、龍星館の皆さん」

 神崎部長、大人の対応。小春と仲良しの新入部員は「ぶーぶー」言うが無視。

「全然気にしてないよー、ねえ犬」

「ええ、猫の言う通りです。慣れていますから、こう言われるの」

 場を和ませようとした猫屋敷に対し、それに応じると見せかけて吹っ掛けた犬神。見た目と言動に反して、こちらの方が好戦的なのだ。

「ですよねえ」

 が、神崎はへにゃりとした笑みで流す。

「謙虚でええ子やねえ」

「どうも。うちの二年がご迷惑をかけました」

「ええよええよ、気にしとらんから」

「ありがとうございます」

 ぺこぺこしている部長。その姿に新入部員の一年たちは不満げな顔を見せるが、逆に上級生組はやれやれ、と肩をすくませる。

 何より、狂犬香月チワ春が何も言わず静止したまま。

 石山は満面の笑顔で弟子の、

「これで調子を崩されたら、と思うと胸が痛くて」

「……ん?」

「頑張ってください。決勝で会いましょう」

 薫陶を見つめる。上出来なカマシ、石山百合大満足な特大の一発。

「おうこら、ええ度胸しとるやんけ」

「あれ、私、何か言っちゃいましたか? つい、本音が」

 女王に対し、そっちが挑戦者だぞとぶっこんだ。ついでに周り全部に今一度、部長として宣戦布告する。

 お前ら全部ぶっ潰す、と。

「わおーん!」

 このわんこにして、この飼い主あり。

 実際、誰一人気後れなどしていない。本気で、女王を蹴落とそうと考えている。やってやる、そう眼が言っている。

「石山さんらしい教え子たちですね」

「あら、嬉しいわ。そんなに褒めなくても」

「……」

 今回は女子の付き添いに携わる乾の言葉にも、石山は笑顔でお返しする。

 指導者の質、そして実績、

「御免あそばせ。優勝候補様の御通りじゃい!」

 大言壮語ではないビッグマウス、明菱高校、優勝取りを宣言。

 全員、かかってこいや、と。


     〇


「ども、九十九さん」

「ふひ、ども、鶴来さん」

「呼び捨てで良いですよ」

「いひひ」

 大会で死闘を繰り広げ、その後も地元のプロチームの練習で顔を合わせたり、とすっかり仲良くなった二人が挨拶を交わす。

 その顔はどちらも苦笑交じりで。

「……参りました」

「鶴来さん、惜しかった、と思う」

「ご冗談を。正直、微粒子レベルの可能性もなかったですよ」

 特に美里の方は苦虫を噛み潰したような表情であった。

 その理由は、

「本当に、強くなった、ね。私も、驚いちゃった」

「……はい」

 尋常ならざる快進撃を見せる明菱高校、であった。明進は今年三回戦で衝突し、S1の鶴来以外はものの見事に虐殺されてしまったのだ。

 自信はあった。皆の実力が向上している感覚もあった。

 だが、成長速度の差が大き過ぎたのだ。

「あっちでうちの竜宮もしょぼくれていますけど、正直悔しさもなかったですね。それだけ全員のレベルが高い。円城寺さんの加入は反則です」

「ひひ、なら、小春ちゃんと花音ちゃんの伸びは、予想していたんだ」

「……多少は。でも、今年とは思っていませんでしたけど。今年なら竜宮の経験値で何とか、と思っていたんですが、もうそういうレベルの子じゃないですね」

「どっちが?」

「……どっちもですよ。言わずとも、結果が示しているじゃないですか」

「だね」

 美里は仕切りの外で不貞腐れている小春を見て顔をしかめる。その様子を見てすずはくすくすと笑った。

 どっちも随分と不愉快そうな顔をしている。

 それも当然であろう。

 S1、当然の如く昨年同様、香月小春対鶴来美里のマッチアップとなった。昨年の虐殺からたった一年しか経っていない。今年もそうなるか、と思いきや――

(あれで卓球始めて一年ちょっと? ほんと、卓球ってセンスゲーよね。こっち側の私が言うのもなんだけどさ……残酷過ぎでしょ)

 結果は3-2、瞬く間に2ゲーム連取されてからの、新女王意地の捲りは圧巻であったが、美里からすれば悪い夢でも見ているかのような気分であった。

 素人に毛が生えるような時間しか経っていない。それなのに、もう同じ地平線にいるのだ。当たり前のような顔をして、昨年と同じ貌で、

(タコ負けしても、その貌が出来るんだから本物、か)

 喰らいついてきた。狂暴極まる速さ、それを前面に押し出していたのは昨年と変わらない。変わったのは速さを乗りこなす術を覚えたことと、単純に反応速度から生まれる速さが跳ね上がっていたこと。

 かつて湊に勝てなくなった時と、似た感覚を味わった。だからこそ、ずっと温めていた佐伯湊攻略法が効いたのだが。

 なお、当の本人は戦型を変えたのと、単純に実力が地平の遥か先へとぶっ飛んで行ったので、その時温めていた攻略法など微塵も通用しなくなっていたのだが。

「ひひ、だけど、明菱が強いのは、其処じゃない」

「……はい。龍星館と同じ、層の厚さです」

 明進ナンバーツー、竜宮レオナが紅子谷花音に粉砕された。それもギリギリ許容できた。しかし、その二人に次ぐ実力を持つ円城寺秋良が問題なのだ。

 県上位の実力を持つ彼女が三番手として君臨している、だけならまだ良い。問題はその彼女がダブルスでも活躍し、神速&剛腕の両エースを支えることで、ダブルスの勝利まで持っていかれることであった。

 今回、ダブルスは鶴来&竜宮ペアで出た。練習もかなり積んでいたが、ダブルスの場数では円城寺秋良に敵うわけがない。シングルスの実力でさえ竜宮と張るものを持ち、さらに昔取った杵柄、エースに気持ちよく卓球をさせるダブルス技術。

 こうなると手の付けようがない。

 噂通り、えげつない。

(春頃から県内でも噂になっていた。明菱のダブルスがヤバいって。円城寺が支えて、両エースをぶん回す。この両エースってのが、ほんときつい)

 小春、花音、対照的なエース二枚、そのどちらが来るかわからない。自由に入れ替え可能な変則ダブルス。それが明菱の新たに得た強みであった。

 どっちの対策も考えねばならないが、冷静に考えてあの二人を両対応することなど難しい。ダブルス専門ペアでもない限り、シングルス主体の選手ではそこまでリソースを割くことも出来ないので、尚更そうなってしまう。

 シングルス選手としても厚みが出てきた、ノリに乗っている円城寺秋良。あの二人に、彼女が刺さるともうどうしようもない。

 今も準決勝で青陵が轢き殺されているところである。

 正直言って、この陣容の時点で多少の覚悟はあった。そもそもS1のエース香月小春だって美里以外には誰一人、ただの1ゲームすら与えていないのだ。

 その上、

(春前からの徹底した情報封鎖、対策を取らせぬための措置。ほんと、其処までするのかってうちの監督が嘆いていたなぁ。実力も、作戦も負けた)

 明菱は愛知遠征からここまで、県内の学校とは一度も対外試合を行っていない。噂は流れてくるが、実際どれほどのものかはどの学校にもわからなかった。

(完敗、か)

 その徹底したやり口も、ここまで来れば納得できる。

「打倒龍星館……でも、正直本気でやる気はなかったかもしれません。さすがに層が違い過ぎますし、私がシングルスで全員引き摺り下ろすしかない。団体は、どうしようもない。そう思っていました」

「ふひひ、私も、だよ」

「明菱は本気でそのつもりだった。その差ですかね」

 本気で女王を倒しに来た。倒すと決めた。倒すための準備を、万全に整えて乗り込んできた。その差が、今この会場で巻き起こる明菱旋風に現れている。

 ここまで一度も第五試合、部長の神崎沙紀をどの学校も引きずり出せていない。

「ダブルスでぴしゃり、決まりですね」

「ひひ、うん」

 準決勝を3-0片付け、明菱高校が決勝へ駒を進める。

「去年、誰がこの組み合わせを予想したか」

 威風堂々、宣言通り全部蹴散らし、

「ご武運を」

「じゃかしい」

 お互いの山の進行の関係でこれから準決勝の試合を始めようとする龍星館。それを決勝で待つ明菱高校。

 去年なら誰も信じない。

 今年だけで言えばさほど大きな驚きもない。

 それが――

「はい、よくできました。じゃねえ! チワワテメエなんだあの気の抜けた卓球は! 次やったらぶっ殺すぞ!」

「はふん、百合ちゃんコーチも、結構イイ」

「聞いてんのか!? ああ⁉」

 今の明菱高校卓球部である。


     〇


 ちなみに主人公不知火湊君は、

「あの、急いでください!」

「へーい」

 空港からタクシーで会場へ向かっている最中であった。つい三日前まで試合のため海外に。試合を終え混迷の乗り継ぎを経てようやく戻ってこられたのだ。

 途中の遅延さえなければ、と悔やむ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る