第113話:愛知遠征

 結構時間は遡り――

「……そうですか、いえ、ありがとうございました」

 今となってはめっきり見なくなった家電の受話器を置き、石山百合は頭を抱える。それなりに長く選手をやっていただけあり、コネクションに関しては自信があった。だが、それは○○の石山選手のコネクションであり、今の自分ではない。

 それ以上に、

「やっぱ、身綺麗にしないと駄目かぁ」

 チームに、会社に不義理をしたまま。コーチ手形まで渡されていたのに、それを蹴って選手を選んだ末、何処からも声がかからなかった。

 までならまだマシ。

 其処から明菱高校という全国的には無名の学校のコーチに就任したのは、古巣視点からすれば後ろ足で砂をまき散らしたに等しい。

 そんな元選手率いる学校と試合を組みたいと相手が思うか。明菱側が出向いたとしても、そうはならないから結果は芳しくない。

 いくつか小言も言われた。

「……」

 この石山百合、選手時代から頭を下げることが大嫌いであった。というか学生時代から結果で黙らせてきたタイプである。

 謝りたくない。

 出来れば風化するのを待ちたい。

 時間が解決してくれるはず。

 この女、根っこは社不である。

 だけど――

『何でもやります。この部のために』

 自分にとって初めての教え子、他の三人は今年結果を出せばいくらでも試合が組める。だが、彼女は今年がラストイヤー。

 本人が茨の道を選んだ。

 その覚悟を、生かすも殺すも、自分次第。

「……ほんと、めんどうくさァ」

 石山は頭を掻き毟り、

「はい、石山です。ご無沙汰しております。その節はどうも、はい、はい、その件で、一度謝罪とご説明を、と。ええ、似合わないのはわかっていますよ。でも――」

 ある場所へ電話をかけた。

 そして後日、相手方に時間を作ってもらい謝罪を、誠意を見せた。

 かつての古巣との関係を修復し、

「才能のある子たちです。うち二人は、高校から始めた子ですが、いずれはナショナル入り出来る子かと。身内贔屓じゃないです。そういうの、嫌いなのは知っているじゃないですか。それに、結局上はごまかしの利かない世界ですし」

 自分如きよりも卓球界に伝手のある、古巣の実業団の、企業の伝手を借りて、全力で繋げる。とにかく部活の試合組はコネクションと根気、あとはぶっこむ勇気の世界。気後れなど要らない。

 狙う首は冠を奪われ激昂する元女王、龍星館である。

「不知火湊の教え子です。今話題の。意外と面倒見のいい子ですよ、驚きました。あの子が惚れた才能です。辛口の私も認めています」

 どんな手も使う。

 経験が不足した彼女たちに必要なのは一にも二にも実戦である。強い相手との。龍星館以外、全国区の学校がない県で得られる経験値はたかが知れている。

 何よりも、今の彼女たちに認識させねばならない。

 自分の立ち位置を。

 正しく。

「よろしくお願いします!」

 そのための卓球王国への遠征。必ず成功させる。


     〇


 髪を短く切りそろえ、反省していますアッピルを全方位にぶちまけながら、愛知県へと乗り込む石山百合率いる明菱卓球部。

 挨拶は元気に、下手に、申し訳なさそうに、

「はい、反省しています。でも、あの頃は自分に自信がなかったんです。○○さんのように、長年コーチをされてきた経験が私にはなかったので、自分如きに務まるわけがない。そう思って逃げてしまいました」

「ほう」

「でも、今はあの子たちが背中を押してくれて、未熟な私を支えてくれているので何とか……今日は名門○○高校の、それを率いる○○さんの胸を借りて、精一杯やらせていただきます」

「ほむほむ」

「あなた達も挨拶しなさい!」

「よろしくお願いします!」

「ほむほむほむほむ」

 以上、テンプレ終わり。

 あとは、

「あのハゲ親父の毛根、全部ショック死させてきな」

「おう!」

 借りた胸をぶち抜き、ぶっ殺すのみ。

 S1、香月小春による疾風怒濤の超速卓球にて屠り、S2の紅子谷花音の剛力で引導を渡す。この二人を初見で食らえば、その辺の名門エース程度では止めようがない。あとは円城寺秋良と小春or紅子谷を組ませたダブルスで止め。

 出来ずとも円城寺秋良がその後きっちり蓋をする。

「あ、あばばばば」

「どうもぉ」

 笑顔で締め。

 卓球王国の層は厚い。楽な試合はそうそうないだろう。ただ、今の明菱高校を容易く下せる学校も存在しない。

 そう、

「あんたらは強い。でも、龍星館より弱い。その差、埋めるわよ」

「合点だ!」

 全国最強レベル、龍星館と青森田中を知っているが、その間がずっぽりと空いている。これが彼女たちの歪さであった。

 青陵や学院など、決して弱くはないが卓球の名門と言えるか、と問われたなら、残念ながらそうではない、となるだろう。

 階段は一段ずつ、自分たちの県にない階段は、他県に出向き一段ずつ踏みしめればいい。そのための愛知遠征である。

 勝つ、勝つ、勝つ。

 明菱高校の名が、急速に卓球王国愛知に刻まれていく。

 もちろん、やらせるのは高校相手だけではない。

「よろしくお願いします!」

 愛電と並ぶ名門の中学ともやる。中学生だって化け物ぞろい、もちろん絶対に勝て、と喝は入れるが。

 それに大学ともやらせる。

「へえ、凄い子たちだね。今年二年⁉ 大学どう? ……今のうちにさぁ」

「考えさせておきますぅ」

 愛知は大学も強い。関東、関西、文武両道(と言うか文で有名な大学がその入学を餌に、優秀な学生をかき集めている。どの競技も)の大学が名を馳せる中、卓球王国愛知はその地盤だけで超名門であり続けている。

 さすがに全勝は難しい。それこそ大学版龍星館や青森田中、みたいな大学もあるのだ。それでも、ここは胸を借りて全力を出す。

 勝てずとも味わう。

 格上との戦いを。

 さらにさらに、

「ちわっす。教え子連れてきましたぁ」

「お、来たな。噂は広がってるぞぉ、オカッパ女狐」

「へっへっへ、こっちを舐めとるのが悪いんじゃい」

 今度はガチのTリーグチームとも渡りをつけた。むしろこちらの方がよほど容易く繋げることが出来たのだ。

 持つべきものは現役時代のコネクション、である。

「さあ、ガンガン行くわよ。気後れするな。龍星館の二枚看板は、このメンツと五分でやる。そいつらに勝つなら、ここも勝つ気で行け」

「は、はい!」

 片っ端から勝負を仕掛けた。片時も休めない。休ませない。移動は毎度お馴染み黒峰先生が操るマイクロバスである。

 春休み、全ての時間を卓球に投資させる。

 自分たちは強いと理解させる。

 不知火湊は別次元としても、星宮那由多、有栖川聖、鶴来美里や九十九すず、彼女らもまた別格なのだと理解させる。

 極論を言うなら、

「龍星館ですら、二人を避けて全部勝てるなら、戦う必要がない」

 二人を避ければ勝てる可能性は上がるかもしれない。他の高校に至っては彼女らほどの超エース級などチームに一人いればいい方。其処を避ければいい。

 だが、

「でも、犬猫ペアがいますよ」

「それなぁ。まさに盤石、だから勝つ気なら……」

 そんな意志で届くほど天辺は甘くない。数多の学校が龍星館にそういう勝負を仕掛け、女王の剛腕に叩き潰された。

 勝ったのはわがままプリンセスの手で星を落とした青森田中だけ。

 ならば、

「頂点の首、取るわよ!」

「イエッサー!」

 倣うはそのやり方。

 星を避ける手は相手の思惑通り、狙うは星。

 そのために勝ち星を積み重ねる。黒星も相当数献上する。

 その分強くなる。

 手応えはある。

「んじゃ、やりましょか、部長さん」

「はい」

 ただ一人を除いて――

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