第111話:明日、どうなっちゃうんだろう

「ようこそ、プロの世界へ」

 不知火湊が本日訪れたのは地元石川にて発足したばかりのプロチームであった。男子と女子、女子の方はまだリーグに参戦していないが、選手がそろったタイミングや他チームの参戦状況に併せリーグ入りする予定。

 予定は未定。

「皆さん、頑張っていますね」

「あはは、リーグの成績は芳しくないけどねえ」

「これからですよ」

「まあ、その通りだ」

 Tリーグ自体が発足したばかり。各チームの選手層など、バランスも何もあったものではない、と言うのが現状である。

 ただ、

「強いチームがいるのは悪いことじゃない。だからこそ弱いチームがたまに勝つと盛り上がるわけで……とりあえず日本にはプロ野球と言う理想のモデルケースがあるからね。某不動産チームには卓球界の大正義になってもらうさ」

「それぐらい盛り上がるといいですね」

「本当にね。巨人大鵬卵焼き、言われてみたいもんだ」

「ははは(何それ?)」

 とにかく黎明期に必要なのは盛り上がりであり、何はさておきスターの存在である。現代の人間にはピンとこないだろうが、これはプロ野球も通った道。卓球の場合は実業団だが、野球の場合は大学野球。長嶋茂雄のような大スターを生んだ大学野球は当時プロよりも人気が高かった。

 しかし、皮肉にも大学野球が生んだ大スター長嶋が、プロ入りしたことでプロ野球はそれ以上に盛り上がり、その地位を不動のものとした。

 バランスではない。

 大事なのはスターの有無、それが生む熱狂をどれだけ育てられるか。

 少なくともリーグが定着、成熟するまでは――

「僕はね、卓球には凄い可能性があると思っている。フィジカルが勝敗に大きく直結しない、これは他の競技にはない武器だよ。子どもが大人をガチ勝負で負かすことのできる競技が他にどれだけある? 忖度なしにおじさん、おじいさんの達人が存在できる競技が他にあるか? ない! たぶん!」

(たぶん、でだいぶ薄まったなぁ)

 このチームの監督である男は熱弁する。卓球が持つ可能性について。

「長らく卓球界はスターを押し上げることが出来ていなかった。みんな大好きだった卓球少女、漢火山、そしてスピードスター貴翔くん、スターはいるんだよ。ありがたい話さ。でも、彼らが輝くのは四年に一度、世界卓球すら微風、それが現実」

 これは多くのマイナー競技が抱えるジレンマ。国民が一つとなって盛り上がる五輪では輝く、特に結果を出せる競技は。皆が持ち上げてくれる。

 だが、この熱狂が続かない。

 盛り上がって、盛り上がりが消え、また盛り上がる。

 その繰り返し。

 それとて結果を出し続ける前提、選手には苦しい世界であろう。

「だから必要なんだ。四年に一度じゃない、毎年、毎週、出来れば毎日応援できるような、そういう環境が」

 それを目指して作られたのがTリーグなのだろう。これが根付くかどうかは誰にもわからない。その内側にいる者たちですら、わからない。

 長い時間が必要なのだ。

 プロ野球が長く大学野球の裏でくすぶり続けたように、Jリーグだって初動で多額の資金を投入し、海外からスター選手をかき集めていた時期もあった。

 如何なるものも立ち上げが一番苦しい。

 軌道に乗せるのが至難の業。

「拙くとも土壌は出来た。あとはスターが生む熱狂だ。だから――」

 監督は湊の肩を強く握る。

「君の力を借りたい」

「そのつもりで来ました」

 湊だって想いは同じである。

「心強いね。でも、僕らは君を縛り付ける気はないんだ。挑戦はバンバンしてほしい。国内リーグのために我慢してくれ、とは言わない」

「……」

「いつか、その経験を還元してくれたら、とは思うけどね」

「心に留めます」

「はは、昔とは全然印象違うなぁ。いい貌になったよ、不知火君」

「ど、どうもです」

 選手たちが挑戦するように、卓球界もまた挑戦する時が来た。新しい試み、成功するかどうかは時の運もあるだろう。

 時間も、お金も、たくさんかかる。

 だが、その価値があると思うから、挑戦に踏み出したのだ。

「さあ、早速君の実力を見ようか。うちの連中も結構手強いよ」

「楽しみです」

 下位とは言え、

「野郎ども! 将来のスターが来たぞ! 可愛がってやれ!」

「ういーっす」

 全国から、いや、世界中から集められたプロフェッショナル達である。この県にルーツを持つ歴戦の猛者たち、中国からやってきた挑戦者たち。

 心地よい熱気、それに湊は笑みを浮かべた。

 ここにもある。

「よろしくお願いします!」

 ドイツで感じた、今の自分が挑戦すべき戦場の匂いが――


     〇


「徹宵たちも来てたのかよ」

「正式所属じゃないがな」

「ズル男は帰れ」

「ああ⁉」

 不知火湊と志賀十劫が睨み合う。龍星館の二枚看板もいずれは正式所属、のためにこうして顔を出していたのだ。

 どちらも実力は充分、ただ――

「まだ甘いな、徹宵!」

「……くっ」

 勝負の場、場数の差がギリギリの戦いで勝敗を決める。こればかりはカテゴリー的にも、年齢的にも不利がつく。

 同世代の中では圧倒的な経験値であっても、上の世代でプロにまでなった者たちからすれば、まだまだケツの青い小僧。

 実力で多少勝っても、経験で捲られることも多々ある。

「実力はあるんだがなぁ。ランク的にも十分やれる、ってかやれなきゃおかしいわけで……まあ今後に期待だな。しっかし――」

 監督は頭をかきながら苦戦する龍星館組とは対照的に、

「可愛げがないねえ、こっちは」

 チーム内のリーグ戦、白星の山を築く不知火湊の姿があった。監督の男は徹宵との試合も含め、彼の試合を国際試合の前も見ていた。

 あの頃はまだ若さが、甘さが、足りないところがあった。

 しかし今、不知火湊にそういうわかりやすい隙は見えなかった。

「そりゃあ劉党に勝って、王虎とも渡り合ったんだ。普段は学生相手じゃ少し舐めがちな中国勢もバチッバチなのは、あの試合を見たから、だろうなぁ」

 即戦力。

 今すぐに天津風貴翔とぶつけてもやれる。

「いやぁ、気が抜けなくて楽しいっす」

「馬鹿、大先輩に勝ったらもうちょい笑顔抑えろよ」

「へへへ」

 早速先輩の愛の鞭、ヘッドロックを喰らってへらへら笑っている湊であったが、試合中も含めた肝の太さがもう高校生じゃない。

 それは皆の視線が示している。

「……クソ、俺らはお客さんだが、あいつはもう認められて」

「実力の世界だ。俺たちも腐らず吸収しよう」

「やれている実感はあるんだ。だけど――」

「それは言い訳だ、十劫。実力が突き抜けていれば、経験の差は問題じゃない。それで埋められる程度にしか、俺たちの力が足りないと思え」

「……その通りだ」

 勝てば、立ち位置も変わる。それが競技の世界である。すでに一つ下の湊が受け入れられ、自分たちはまだ気を使われている。

 これが現在の実力差。

 背中はさらに遠ざかっていた。

「わかりやすくていい」

「ん?」

「あいつを倒せばいい。俺は、それだけを考える」

 しかしこの男もまた生粋の挑戦者、その程度で腐るならとうの昔にラケットを捨てている。そうしなかったから、彼は今ここで戦っているのだ。

「これよこれ。高校生だろうが中学生だろうが関係ない。卓球は同じ土俵で戦える。ぶち抜ける。選手にとっちゃ気が抜けねえが、下からの突き上げ、上の意地、そういう世代を超えたバチバチはさ、この競技の魅力だよなぁ」

 フィジカルの寄与が大きい競技では絶対にありえない光景。もちろん、これから先技術の煮詰まりを経て、フィジカルの重要性は向上していくだろう。

 特にトップ層はそうなる。どの競技もそうなっていく。

 だが、やはり競技の性質は変わらない。

 卓球が、世代の壁を越えられる競技であることは、大きなアドバンテージになるかもしれない。未来がどうなるかはわからないが、それでも――

「この先が楽しみだねえ」

 明日はきっと明るいはず。


     〇


「湊ぉ、ひめちゃん優勝したわよー」

「へ?」

 プロの洗礼を満喫し、おうちに帰ってゆっくりお風呂、湯上りでリビングに寄ったタイミングで母から声をかけられた。

 そもそも湊、最近姫路美姫とはあまり連絡のやり取りをしていなかった。と言うのも彼女からの連絡が少なくなっていたのだ。

 これが遠距離恋愛とやらの壁かぁ、と湊は少々寂しい想いをしていたのだが、今は自分も忙しい時だしやることやろう、と考えていた。

 そんな中での、突然の出来事。

「知らなかったの?」

「何の大会に出てたのかも知らないよ」

「WTTフィーダー」

「へえ……え!? 優勝したの!?」

「そうそう、凄いわよねえ」

「……や、やるなぁ」

 WTTフィーダーとは世界ランキング上位を目指す選手主体の大会で、コンテンダーよりさらに一つ下のカテゴリーに位置する。原則世界ランキング三十位以内は参加できず、五十位以内の選手には参加制限が設けられている。

 今後を期待される選手が参加する大会なのだ。

 もちろん、この大会で本命となるのは三十位以下、五十位以上の選手である。言ってもその辺は全然世界トップレベル、大会のレベルも高い。

 そして姫路美姫の世界ランクは結構低い。百位を切ったことがない。

「ほら、優勝者インタビュー見ないと」

「……優勝かぁ」

「置いていかれた気分?」

「大会での獲得ポイントは大差ないよ」

「ふふふのふ」

 母親にそういうのを弄られるほどしんどいことはない。

 ただ、まあ素直に祝福すべきなのだろう。きっと彼女はひたむきに、連絡の頻度を少なくしてでも卓球に打ち込み、栄冠に輝いたのだ。

 素晴らしい話である。

『見事な優勝でしたね。どの試合が印象に残りましたか?』

『全部です。皆さん、とても強くって』

 映像越しに見る姫路美姫はそれはもう美人であった。

(……痩せている、ってことは仕上げてきたんだろうなぁ)

 体型的にもきっちり仕上げている様子。顔色も悪くない、と言うことは無理せずに絞ったのだろう。さすがは田中総監督、手綱を握れば大したもんである。

『優勝したことをまず誰に伝えたいですか?』

『それは――』

 大体両親、もしくは恩師の田中総監督あたり。

 が、この時突然、得も言われぬ寒気が湊を襲う。


『今、お付き合いしている男性の、不知火湊君です』


 そして、湊の世界が凍り付いた。

「んまっ」

 母、にんまりと微笑む。

「あ、が、ががが」

 ただでさえ注目度が上がり始めた卓球界、そんな中での美少女女子高生の優勝劇、卓球界隈はもちろん、それなりのメディアもいる前で、

『きゃ、言っちゃった』

 姫路美姫は大仕掛けを放つ。

 口調は可愛らしいが、やっていることは全力全開の、メディアを利用した囲い込みである。遠距離恋愛で冷める、馬鹿を言っちゃいけない。

 距離も、年月も、このドM(メンヘラ)を阻むことは出来ないのだ。

 恋愛至上主義、姫路美姫。おそらくただ、このためだけに普段出ようともしない国際大会へ出場を決め、長丁場を戦い抜くためにきっちり食事制限を行い体を仕上げ切った。その上で、優勝まで駆け上がったのだから本物である。

 本物の恋愛馬鹿であった。

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