第108話:卒業式
「卒業おめでとうございます」
「ありがとう、湊君」
本日は明菱高校の卒業式。式典が行われ、片付けが終わった体育館に不知火湊と佐村光がいた。片方は見送り、片方を旅立つ。
誰しもに来る巣立ちの時である。
「さっきまで沙紀ちゃんが泣いちゃって大変だったよぉ」
「先輩を見捨てたのに?」
「こら、すっごく気にしてるから言っちゃダメだよ」
「えへへ、もちろん言わないですよぉ」
怒った顔も天使か。やはり一生推していくしかない、と湊は思う。どうにかして今からでもワンチャンないかな、と考えているがこの男彼女持ちである。
まあ、しばらくして姫路美姫の特大ホームランを叩き込まれ進退窮まるので、ひと時の凪でしかないのだが――
天罰ならぬ姫罰まであと数日。
「とうとうお別れかぁ」
「そう言えばこの壁でしたね」
「あはは、懐かしいなぁ」
腐り果てた不知火湊が見た、佐村光の地獄。壁に向かって一人打ち続ける。それがどれほどに虚無か、やってみればすぐにわかる。
卓球は二人いなければ練習すらまともに出来ない。
球出しマシンがあっても、それは同じこと――
「今は部員凄く増えたもんね」
「僕も含めてたった五人ですけど」
「五人もいたら充分だよぉ」
「……ですね。来年はもっと増えますよ。クラブの子も受験してくれたみたいで」
「おお、経験者だ!」
「不安なのは香月の子分と紅子谷を姉と慕うやつ、ってことですかね。類は友を呼ぶ、変わり者の周りには変わり者が集まりますので」
「……」
「あ、否定しないんですね」
「そ、そんなことないよ。二人ともとてもいい子だし」
「でも変わり者でしょ?」
「湊君の意地悪ぅ」
このやり取りは結婚だな、と湊は一人悦に浸る。
「それに石山さんがコーチですから、嫌でも県内外から生徒は集まりますよ。本人は満足していないですけど、きちんと実業団でやり切った人ですからね。苦労人なのもありますし、あれで憧れている同性の子はいると思います」
「大所帯になるかな?」
「なりますよ、きっと」
たった一人でつないだ卓球部は一人から四人に、五人に増えて一人減り、一人増えてまた五人となった。
これからさらに増える。
「楽しい部になるといいなぁ」
「本気の勝負、その中で見つけますよ。あいつらなら。エンジョイではないかもしれないですけど……だからこその、です」
「うん。わかるよ。私も短い間だったけど、それを味わえたから」
湊にとっての悔い、それは彼女にもっと卓球を続けさせてあげられなかったことにある。もっと上手く教えていたら、報われない長い時間を過ごした分、少しでも長く、仲間と卓球を続けさせてあげたかった。
だけど、
「私、大学でも卓球を続けるよ」
佐村光はすでに前を見据えていた。すでに推薦で合格済み、国公立の合否を待たずに行われる卒業式は、まだ進路の決まっていない三年生もいたりで、こう何とも言えない空気の部分もあるのだが、其処は割愛する。
「いいですね。部活ですか?」
「ううん。サークルかなぁ」
「なぬ⁉」
湊の無知蒙昧な想像力では、サークルと言えば魔の巣窟、飲み会&飲み会、からのお持ち帰りでイヤーン、となっている。
かなり、いや、酷い偏った知識である。
「実はね、如月さんとサークルを作ろうって話になってね」
「……へ? 如月さんって、龍星館の、です?」
「そうそう」
龍星館の元主将、闘志あふれるプレーは多くの尊敬を集めた選手であったが、一年生の遠藤愛に席を奪われ、全国大会を前に主将を辞した人物である。
「湊君のおかげだよ」
「僕の?」
「ふふふ」
湊の知る由もないことだが、同じ大学に受験すると知った(如月は一般入試で現在は合格済み)光は、ずっと一緒に卓球をやろうと誘っていたのだが、彼女は頑として首を縦に振らなかった。
それも当然のこと。部のためを思い主将を辞した結果、全国制覇の夢が断たれた。彼女のせいとは言い切れないが、代役である遠藤がプレッシャーに潰され実力を発揮できなかったことは事実。
不義理をした。その上で卓球を再開したい、など堅物の彼女は言えないだろう。
「湊君の試合を見て、ね。どうしても、もう一度やりたいと思ったんだって」
「……僕の、試合を」
「うん。私も早くやりたーい、って思ったもん。本当にわくわくした。私たちは凄い人に教えてもらっていたんだって、そう思ったよ」
「……頑張った甲斐がありました。光栄です、って伝えてください」
「了解」
たった一人、それでも今の湊にとっては大きな意味があった。迷い、悩み、そして選んだ答え。それを肯定してもらえた気がしたから。
「この前、部に土下座しに行ったって」
「ぶっ!? か、堅ぁい」
「でしょ? みんな喜んでくれた。それが申し訳なかったって」
「……そうですか」
きっと、その選択を彼女は一生悔いるのだろう。そしてそれは生涯消えることはない。そういう傷はある。誰にでも、大なり小なり。
それが大人になるということ。
「そう言えば聞いたよ」
「何をです?」
「部員虐殺事件」
「……せめてかわいがりになりませんかね?」
「たぶん、そっちの方が良くないと思うよ」
「愛の鞭とか」
「無理だよ。だって私、バド部の後輩から聞いた話だって友達から教えてもらったもん。手遅れだと思うよ」
「……クソがぁ」
不知火湊の愛の鞭(自称)は、どうやら大衆には理解されずにあらぬ言いがかりをつけられているようである。なお、当の被害者である部員もその噂に加担しているので、それに対し憤慨していたのは彼ひとりであったのだが。
「ここでやったんだよね」
「ええ、まあ」
「みんな強くなっていたでしょ?」
「俺の方が強くなっていました」
「こら!」
「でへへ」
不知火湊、結婚を決意。なお、数日後、叶わぬ夢となる。
○
石山が、黒峰が見守る中、
「小春が一番」
誰よりも先んじて香月小春が前に進み出る。手を挙げたかった者はいる。紅子谷など、途中まで挙げかけていたが、苦笑して引き下がった。
いつだって彼女は誰よりも早く、彼女は選んできたのだ。
最も強き者への挑戦を。
誰もが逃げたくなる相手でも、迷わず手を挙げてきた。
今日も、そうするのみ。
「本気で」
「もちろん。俺が言い出しっぺだからね」
卓球部は異様な雰囲気に包まれる。それは体育館の半面を使うバド部や、休憩がてらふらりと別の体育館にやってきたバスケ部などなど、彼らの眼にはわかる異質な空気感、まるで今から殺し合いでも始まるんじゃないか、と言わんばかりに。
卓球台を挟み、特に香月小春の殺気は尋常ではない。
集中力も、一秒ごとに高まり続ける。
「何が起きるんだ?」
「卒業式だよ」
「早めのな」
「誰だお前ら?」
「明菱恥部四天王、の三人だ」
「ヒゲに至っては同じ高校生に見えねえんだが?」
菊池、草加、そして髭パイセンらも見守る。
「さあ、ガチンコだ」
菊池がカメラを構えた瞬間、
「小春がァァアア! ナンバァァァワァァンッ!」
ピンポン玉が、常人には目で追えぬほどに急加速する。前陣速攻、誰がどう見たって、前に、前に、前に、それ以外すべて捨てた神風神速。
香月小春の卓球である。
それに対し、
「ははッ!」
無冠の王が輝きを放つ。この場全員の視線を、吸い寄せるほどのオーラ。ファインダー越しに菊池が苦い笑みを浮かべる。
相変わらず、いや、あの頃よりも明確に、その姿が語る。
俺を見ろ、と。
「この程度か? 香月ィ!」
先取点は、同じく前陣速攻にて香月小春をぶち抜いた不知火湊である。
「遅い」
「わふゥ」
獅子博兎、世界の高みを見た男は――頂き一歩手前より睥睨する。
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