第86話:母は強し
「変なの。上で当たらないじゃん、ペンなんて」
「……美里、お前ってやつは」
経緯を説明した甲斐がない、と幼馴染のロマンもへったくれもない言葉に湊は顔をしかめる。実際にジュニアのカテゴリーでそういう変わり種に当たることはほとんどない。その対策をすることへ意義を感じないのも無理はないだろう。
まあ、美里の場合は父親やその周りが変わり種使いであるため、そういう相手に成れているからなおさらそう思うのかもしれないが。
ちなみに実は沙紀や光も祖父らの相手をする際、めちゃくちゃ弱い人たちだがペンなどの経験は結構あったりする。
「ペン対策のコツはね、こうぐいっとして、ガンといって、ズガゴンとやるの」
「……?」
「実にわかりやすい説明です。さすが我が師」
「照れるわぁ」
天才言語使い。後天的にそうでない者たちへ教えるべく、言語化を体得した黒峰であったが、そもそもが感覚人間。センスマン同士の会話に皆ついていけない。
「わかりやすい!」
小春を除く。
「母さんが人に教えるなんて無理だろ」
「んま、母親を何だと思っているの。卓球歴はお母さんの方が長いんだから」
「そりゃあ歳が――」
踏んではならぬ地雷、殺気のような視線が三つ。
湊へ突き立つ。
忘れていたが、この三人は同級生である。
「湊、デリカシーが欠けている」
「那由多にだけは言われたくないなぁ」
「……?」
「どっちもどっちでしょ」
幼馴染同士のやり取りが繰り広げられている横で、
「不知火舞、鶴来美琴、星宮京子……マジ?」
石山百合だけ隅っこでなぜかやたら恐縮していた。
そんな中、
「じゃ、早速実践していきましょう。湊、お母さん頑張るからね」
「が、頑張らなくていいよ。ほどほどで」
不知火母こと不知火舞はやる気に満ち溢れていた。息子がお世話になっている顧問や、息子を救ってくれたお友達に貢献できる大チャンスであるのだ。
母として気合が入ってしまうのも仕方がない。
(不知火に似ずかわいらしい人ね)
(すげえ若く見えるな)
(後でご挨拶せねば)
「まず小春から!」
さすがは明菱の先槍と謳われた、ことはない小春である。誰よりも早く手を挙げていた。のんびりと構えていた三人は出遅れる。
ただ、
「那由多も遊んでもらいなさい」
「いい。湊と遊ぶ」
星宮那由多と、
「美里も揉んでもらえば?」
「遠慮しときまーす」
鶴来美里も何故か不知火母からは少し距離を取っていた。
何よりも息子が、
「……」
とても歯切れの悪い感じであったのだ。
その理由は――
○
「ゥラァ! どしたァ! 全力で来いやァ!」
(怖ッ!?)
すぐに判明する。
「卓球で豹変するの遺伝だったの!?」
「僕はあんなのにならないですよ!」
「「「え?」」」
「え?」
明菱の皆さまが顔を見合わせている横で、不知火舞は怒涛の勢いでとにかく攻めまくる。オールフォアの精神を体現したプレースタイル。
とにかくブンブン振ってくる。
横に振っても、縦に揺さぶっても、全力全開のぶんぶん丸。しかもそれでいて台上は丁寧、あとミート打ちも馬鹿上手く、スマッシュもガンガン叩き込んでくる。
「ッシャアオラァ!」
「しらちゃん絶好調じゃない」
「ほんとねえ」
鶴来母、星宮母、そして黒峰はのほほんと見守っていた。
いつものこと、ゆえに。
「はぁん」
その強烈な攻めに、小春は幸せそうな笑みを浮かべていた。アグレッシブの権化、台上の繋ぎですら攻めっ気があふれている始末。
当然、ドMの小春にとってはご褒美でしかない。
と言うかそもそも、
「つーか、強くねえか? 不知火の母ちゃん」
不知火母、普通に強い。
「ほ、ほんとよね。小春だってあんな状態だけど、別に手を抜いているわけじゃないし、卓球の噛み合いもよさそうなのに押されているし」
「そりゃあ湊君のお母さまですから、当然上手に決まっていますよ」
「知ってるの? 秋良」
「いいえ全然」
「……なんじゃそれ」
相手があまりやり慣れていないペンホルダーとは言え、そもそも戦型交換などしなければその辺の競技者に負けるわけがない、それぐらい今の小春には実力がある。
だと言うのに、不知火母がかなり押しているのは、彼女も相当強いということなのだろう。そも、強い相手以外に小春のドMが発動するはずもなし。
「さ、さすが常勝青森田中を打ち破った銀城女学校の二枚看板が一人。眼福眼福」
石山百合、ありがたやぁ、となぜか拝み始める。
ちなみに銀城女学校とは龍星館高校の前身にあたる。当時の卓球部は全国区でなく、しかも青森田中は黎明期を越えて高校卓球界の女王として君臨しつつあった頃、其処で生まれたジャイアントキリングを起こした二人こそが――
「湊、久しぶりに私と卓球しよ」
「え、でも僕久しぶりだからおばさんたちとやろうかなって」
「ぴ!?」
「こらこら、湊君。可愛い女の子を泣かせない泣かせない」
今暴れ散らかしている不知火母と今湊をたしなめた鶴来母であった。銀城の二枚看板と言えば、当時は結構有名であったとか。
余談だが、その被害者である青森田中のエースが何を隠そう星宮母であったとさ。
要はこの三母、元全国区のエース級選手であった、と言うこと。
「それに私はせっかくだし今のカットマンとやってみたいかなって」
鶴来母、鶴来美琴は元プチ有名人、佐久間妹こと円城寺秋良へ向けられる。
「あんまり鍛え過ぎないでよ。娘の学校が負けたらどう責任取ってくれんの?」
「知らないわよ。負けるあんたらが悪いでしょ。勝負事なんだから弱い方が悪い」
「……ぐぬぬ」
この娘にしてこの親あり。強い言葉は親譲りである。
「でも、私はお母様の試合の方が――」
「円城寺ィ!」
お母様への挨拶を先に済ませたい秋良であったが、その首根っこを石山がひっつかみ、丁寧に鶴来母へ献上する。
こんなのでよければどうぞ、ってな感じで。
「あんたらね、こんな機会滅多にないから。不知火さんのことはまあ、佐伯家の諸々で知っていたけど、他二人は聞いてないっての。せっかくの機会だし揉んでもらいなさい。むしろ私が相手したいわ」
競技レベルは世代を経るごとに上がっている。それは間違いない。
だが、それでも世代の頂点というものは特別であるのだ。其処に触れて損などあるはずがない。何せ、長い歴史を持つ青森田中に伝わる伝説的悲劇。
その主役が全員そろっているのだから。マニアには垂涎ものである。
「あ、星宮先輩。この神崎ってちんけな女とどうぞ」
「教え子をちんけなって言わないでくださいよ」
「ふふ、お手柔らかにね」
大先輩を相手に揉み手をかます石山。これが体育会系の世界である。しっかりと沙紀を献上した。
「あたしは誰とやればいいんすか?」
その生贄担当大臣である石山へ花音が声をかける。
大臣は、
「試合展開鬼のように早いからすぐ空くでしょ、そこ」
暴れ散らかす不知火母を指さす。ついでに久しぶりに攻められご満悦の小春も目の端に映るが、それは邪悪であるので視界から消した。
「僕は?」
「両手に花、最高でしょ?」
「……扱いが雑だ」
湊はとぼとぼと二人の下へ行く。ウキウキの那由多、にやにやの美里へ。
「その顔、なんだよ?」
「せっかくだし幼馴染のプレーを映像に残そうと思ってね」
「……それでなんでにやにやするんだ?」
「さあ。なんででしょうか?」
「はやく、はやく!」
那由多に急かされ意図を察することが出来なかった湊。
しかし、のちに痛感することとなる。美里と那由多、二人と楽しそうに卓球をする姿が、とあるメンヘラへと送られることによって――
と言うか、いい加減学習すればいいのに、というのは言わないお約束。
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