第83話:鮮烈なる復活を経て――

 復活の佐伯湊。

 新人戦と言う先に繋がらない大会とは言え、今勢いに乗る龍星館男子の二枚看板をストレートで下した、とあってはざわつきもするだろう。

 元々上でやれる下地のある選手ではあるが、その内容も相まって卓球界ではちょっとした騒ぎとなっていた。

 その原因が――

「この動画、いいなぁ」

 こっそりと明菱のカメラ小僧、菊池修平が仕掛けた動画攻勢にあった。本来静止画が専門であり、動画は専門外ではあるが一応撮影の知見はある。

 しかも素材用に三か所から撮影。普通の卓球、試合の動画と言えば俯瞰視点が多く、動画自体のエンタメ性は控えめである。

 どうしても技術的な部分をよく見ようと思えば、動画の作り自体がそうならざるを得ない部分がある、というのもジレンマなのだが――今回の動画はエンタメに特化させた。映える動画づくり、が主題である。

 三か所から取った動画を上手く繋ぎ合わせ、アップにしたりあえて引きの画を使ってみたり、ととにかくやりたい放題した。

 ちなみに、

「草加、バイト代な」

「うひょひょ、じゃがバタパンじゃ」

 動画編集者はこの男、明菱の恥部こと草加宗次である。何故この男が動画編集できるのかと言うと、それには海の底よりも深い理由がある。

 かつて、彼は『自家発電』のため女性の画像を組み替えるアイコラ師であった。全ては性欲解消のため、彼は日夜腕を磨いた。そして、静止画では物足りぬと思った彼は自らの『息子』がため、動画を弄り回すようになった。

 気づけば動画編集の腕も上がり、普通に動画編集の仕事をこなせるぐらいになったところで彼は気づく。あれ、これ有名人とお近づきになれるんじゃね、と。

 欲求に素直な彼は赴くままに行動し、無事界隈から出禁となった。

 出会い厨の烙印を押されて――

 以上、これが海の底よりも深い理由である。

 あと字幕などはひげパイセンの力も使い、三馬鹿の総力を結集した一本の動画が完成した。それを自前のHPやSNSにあげて、それがプチバズりしていたのだ。

 ほんの少しだけ、卓球界の枠を超えて。

「不知火は?」

「俺が貸した本を隅で読んでる」

「うひょひょ、パイオツカイデー」

「……存在が地上波NGだな、これ」

 教室の片隅でピンクな本を熟読する彼の姿は、とてもじゃないがバズった有名人とは思えないほどに醜悪なものであった。

 げへへ、と背中から声が聞こえるほどに。


     ○


 ただ、世の中は復活した佐伯湊、不知火湊の動画しか知らない。

 全国区の強豪である志賀十劫を、山口徹宵を圧倒する様は以前の戦型とはまるで違う、一種の威圧感すらまとうものであったのだ。

 特に最後の中陣でのドライブ合戦。

 かつての『閃光』佐伯湊からは想像も出来ぬほどの力強さ。何よりも打ち勝ったことがより評価を高めていた。山口徹宵の得意分野、彼が強いとされるフィールドでの勝利。それが不知火湊の強さを際立たせる。

「特集組むのは早いだろ。所詮ジュニアの、しかも新人戦だぞ。ここで勝っても全国にすら繋がらない。当然、代表ポイントも入らない」

「でも、バズっている今ですよ。それに今のあの二人に完勝なら、どうせ来年には上のステージで活躍していますって。先行投資でしょ」

「たまたま調子が良かっただけかもしれない。結果が出てからでも遅くないだろ」

「ですが――」

 専門誌の編集がガツガツバトルする一方、

 超名門の青森田中では――

「どうした、姫路」

「……なっちゃん」

 姫路美姫が複雑な表情でスマホの画面を、其処に映る不知火湊を見つめていた。

「めちゃくちゃ凄いじゃん、不知火君」

「うん。本当に凄い」

 歯切れの悪い言葉。普段ならのろけ話に移行する軽妙さを見せるはずなのだが、どうにもそういう雰囲気ではなさそうである。

「……昔ね、美里に言われて、本当に腹立たしかったことがあるんです」

「すでに百個ぐらいそういう話聞かされたんだけど」

「一番強いからって、いつも湊君とばかり卓球してて――」

(あ、其処はスルーするんだ。ほんといい性格してるわ、姫路は)

「――そのあといっつも、自慢するんです。那由多と美姫にはわからないだろうけど、湊の相手は本当に面倒くさいんだって」

(あ、ガチのマウントじゃん)

「なんて性格の悪い女なんだって思っていました。でも――」

 姫路美姫は何度も見た動画をまた再生する。

 其処に映るは、

「でも、少しだけ……今は気持ちがわかります」

 自分が抱いていた理想の姫路美姫。絶好調の時の自分を、さらに超えた領域。昨日青柳や鈴木らが少しだけ触れていた。

 あれは夏、姫路が記憶を持たない伝説の一セット、その模倣である、と。

 無論、男子の枠に、自分のものに落とし込むことはしてある。単なるパクリではない。だが、それでも、明らかに影響を受けているのは事実で、それは今の自分には届かない領域でもあった。

 ゾーンに深く入った自分でようやく到達できる場所に、彼はそのままの足で、悠々と踏み込んでいる。

 鶴来美里も幼少期、真似される側だった。追いかけられる側だった。

 父が卓球マニアであり、その手の動画をたくさん触れてきた彼女は誰よりも先行していたし、練習の度に新しいサーブなどを披露していた。

 あれは、すぐに真似したがる当時の湊が追いかけてくるのを、振り切るためのやり口でもあったのだろう。

 無邪気な猛追、気を入れる間もなく追い抜かれた。

 すでに競技者としては背中しか見えない。

 その背中が、最高の自分と重なり、湊のことであるのに少し腹が立ってしまう。自らの不甲斐なさも併せて――

「練習、行きましょうか」

「だね」

 正直、競技に対し燃えるものを失っていた節はある。湊と再会し、一度こうして結ばれた以上二度と離す気はない。もし捨てられたら命を、という所存である。

 もう一度彼と出会うための卓球、繋がりのためのもの。

 それだけであったはずなのに、

「……」

 どうやら自分の中にも競技者のプライドがあったようである。


     ○


 そんな界隈がざわつく中、明菱高校卓球部は――

「がんばれー」

「わんだふる」

 子どもから大人までごちゃまぜの有志の方々により運営される小さな大会に顔を出していた。参加資格は卓球が好き、ただそれだけ。

 そんな大会なので全体のレベルはそれほど高くない。県でもそれなりの強豪となりつつある明菱高校卓球部からすれば普段より弱い相手とやり合うこととなる。

 最初は皆も少しばかり後ろ向きであった。

 石山百合が「行け」と言ったから、それだけが参加の理由である。

 だが、すぐにその理由がわかった。

「ペン苦手!」

「ドライブの軌道が独特だよなぁ。あたしはさっき表ソフトのミート打ちおじさんと当たったぜ。危うく負けるとこだった」

 ここにはあらゆる世代の卓球がある。現代のガチ大会では右も左もドライブマンばかりであるが、ここではカットマン(しっかり粒高)もいれば中ペン使いもいて、日ペン、果てはアンチラバー使いなど多彩である。

「ふひー、粒高考えること多過ぎだって」

「何となくですよ、何となく」

 沙紀も辛勝であったのだろう、表情は冴えない。秋良はさすが幼少期からの経験者、こういう趣味レベルの尖った卓球相手もお手の物である。

 上の舞台へ進むにつれ、高いレベルで収束していくのが技術である。最先端でないものは顧みられなくなり、トップレベルからは置いていかれる。

 ただ、本来卓球とはかくも多種多様、多彩なものであるのだ。

「習うより慣れろ。知っていれば何とかなるもんよ。でも、知らなきゃ一発喰らう可能性はある。言っとくけど、全日本レベルでも二回戦ぐらいならこういうマイナーな戦型で勝ち上がってくる猛者はいるからね」

 石山の言葉が彼女たちに突き刺さる。卓球の実力自体はすでにこの会場でトップクラスであるが、それでも苦心するのは卓球の多彩さに圧倒されているから。

 ラバー1枚でも大きく変わる世界。その形状が変われば、そりゃあもう全然別物となる。アンチに至っては普通の裏ソフトに擬態してくる厄介さ。

 無知だと一発喰らうのは十分あり得る。

「今の時代はとにかく強い戦い方が周知されているし、若い子は大体同じ戦い方になる。基本的にその考えは間違いじゃない。とっても正しい。でも、其処から外れた者が弱いとは限らない。バケモンみたいなのは巷にはうじゃうじゃいる。ま、それでも三回戦超えると大体消えちゃうけどね、そういうのは」

 石山は先に体験させておきたかったのだ。卓球の奥深さを、多種多様な姿を。基本的にこれら全てを対策する必要はない。王道の戦い方を押し付けたなら、自分がブレずに戦う前提だが基本的には王道が勝つ。

 マイナーにはマイナーになる理由があり、メジャーにはメジャーの理由がある。

 学ぶならそちら、それが最も効率的である。

 むしろ明菱高校卓球部はカットマンにブロックマン、前陣速攻とかなり多種多様な方であろう。とは言え、秋良も粒高は使っておらず、沙紀や小春も表ソフトなどの戦型と相性がいいギアは用いていない。

 それらは強力な武器となり得るが、同時にその性質上一本調子になりやすい。変化をつけるなら、やはり王道の裏ソフトが一番。

 現代卓球の広さに対応するためにも、それが一番いいのだ。

 ただ、一番いい、が強いとは限らない。

 それが卓球の奥深さであり、面白さでもある。

「今の内経験しときなさいな。アドバイスとしては相手が自分の卓球を押し付けてくるように、自分もそうしなさい。相手に飲まれたら終わり、アマチュアはとにかくガンガン来るから。自分もガンガン行きなさい。当たって砕けろ」

「砕けたくねえんですけど」

「でかい図体のくせに細かいわね」

 こういう『幅』も勝ち上がっていくには必要となる。今回はそれを知らせるための大会参加であった。大会自体も熱気はあれど、良くも悪くも勝利へのこだわりは普段の大会に比べると低め、緩い空気感である。

 とにかく卓球を楽しむ。その中で培われた広さに触れる。

 それが本日の主題であった。

 そんな中、

「そういえば不知火は?」

 沙紀が湊の不在に気づく。一応、会場には来ているはずだが。もちろん大会には参加していない。いくら何でも強過ぎてカテゴリーエラーが過ぎるから。

 彼の場合は未知に押される、というのも期待できないし。

「トイレに行ってから見てねえですね」

「ふーん、小春」

「わん! すんすん、すんすん……あそこ!」

「さすがだね。私も体得せね、ば――」

 全員の視線が小春の指先を辿り、

「わふっ!?」

 全員が静止する。

 其処には、

『へえ、だから最近色々試しているんだね』

『うん、そうなのです』

 中国語でかわいこちゃんと会話する不知火湊の姿があった。

 部活中の不純異性交遊、許されてはならない。

 女子は激怒した。

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