第79話:新人戦開幕!
「……」
「ほーら、言ったじゃない。弱点残すなって」
全員、放心状態の明菱高校ご一行。
新コーチ石山百合が口を酸っぱく言っていた弱点、特に躍進を期待されていた香月小春と紅子谷花音の二名には徹底的な対策が打たれていた。
青森田中に惜敗した。
その情報は県下の学校にとって警戒に値するものであり、しかも秋の全日本選手権(ジュニア)で実力を示したものだからさあ大変。
どの学校も強いところは皆、きっちり明菱の卓球を研究し尽くしてきていた。小春は徹底的にロングサーブなどで前から引きはがされたり、花音相手はとにかく台上台上、カットも浅く本来深い方が良いとされるドライブの落点すら手前と言う徹底ぶり。強者と認められたからこその――
『ez』
小春は龍星館の控えに、
『悪いね、花音ちゃん』
花音は青陵の橘に粉砕されていた。
秋良は美里に、沙紀は学院のエースに敗れ去り、個人戦終了。
ちなみに団体戦も青陵に敗れている。勝ったのは円城寺秋良のみ。弱点を研究され尽くした二名はもちろん、新戦型がはまり切っていない神崎沙紀も敗れている。
惜しいなど言えない、ものの見事な敗戦である。
「強豪なら敵となり得る相手は全部丸裸にすんの。ケツの毛まで全部毟り取られた気分はどう? そろそろ夢から覚めた?」
「……小春は、なんば、わん、だもん」
ぐじゃ、と涙を流す小春。掴んだ確信、されどそれだけですべてに勝てるほど競技の世界は甘くない。そこはまだまだ歴の浅さ。
「勝気なのは良い。けどねえ、それは結果を出した者が言うからこそ意味のある言葉なの。一回封じなさい、それ、今のあんたにとっては枷だから」
「……はぃ」
消え入りそうなほど小さな声。しかしそれを受け取り、石山は小春の頭を力いっぱいぐりぐりとなで回す。ミキサーの如く。
「うあうあうあうあうあうあ」
「下手に勝つより全然いい。この冬は欠点潰すわよ。来年、全部捲るつもりで」
「で、出来るんすか?」
「やるの。結果を求められるだけの支援は受けてんだから」
明菱高校卓球部は今、神崎製作所から寄付と言う形でいくつか支援を受けている。月一度を目安にしたラバーの供給、これだけでもありがたいのにフィットネス事業で出た試供品や在庫余り、と言う体で寄越されるプロテインやBCAAなども体作りには大きい。その辺の強豪校からすれば目玉が飛び出るほどの支援であろう。
これに比肩できるとすれば全国区の名門校クラスぐらいか。
「あと、高校レベルごときでおどおど言いなさんな。誰がコーチしてると思ってんの? 石山百合を甘く見てもらっちゃ困るわねぇ」
元実業団所属の競技者であった自負。卓球界全体で一時期もてはやされていた佐伯湊ほどの知名度はなくとも、実績で考えたら圧倒的な格上であろう。
この会場で彼女以上の実績を持つ指導者を探す方が――
「石山ぁ、最近加賀君を困らせてるみたいじゃない」
「せ、先輩!」
「先輩風吹かしたら駄目でしょーが。シバくよ」
「ひぃ!?」
と思ったら明進の監督が石山の先輩であったらしく、全く頭が上がっていない様子。彼女はスウェーデンリーグでプロとして活動していたこともあり、互いに道のりは違うがその道で食べていた、と言う点では同じ。
ならば、体育会系は上下関係がものを言う。
「ふぅ、欧州かぶれが。まあ、どんと大船に乗った気でいなさい!」
「……」
全員不安げになる、と言う一幕もあった。
そんな中、
「ふしゅるゥ!」
「……ちィ!」
女子シングルスの決勝戦は異例の龍星館が一人も到達できず、能登中央の九十九すずと明進の鶴来美里の一騎打ちと相成った。
「すずさん、最近こっちに出来たプロチームの練習に週一で顔出してんだと」
明菱からしても縁深き奥能登の怪物。この短期間で卓球のスタイルがかなり変化した。強い相手には従来のクソ粘りをぶちまかすが、道中はそれだけではなく現代的なカットマンスタイル、攻守両面で躍動していた。
その辺りはプロの手が入ったためであろう。
深き海を彷彿とさせる底無しのプレーもどこか洗練されて見えた。
田中総監督が橋渡しし、その上でプロに逸材と認められたからこその練習参加。自分たちが場数を踏み、レベルアップしたように――
「ふしゅる!」
「しつ、こい!」
九十九すずも一つ壁を越えた感じがある。
だが、
「士ィ!」
名刀の煌めきが深き海を切り裂く。
必殺のバックハンドドライブ。ぐっと腰に添え、抜き放つは居合切り。鋭く弾いたスピードドライブはすずの身体能力を、無尽蔵の体力を、超えた。
この女もまた、
「那由多も有栖川さんもいない大会で、負ける気はねえ!」
有栖川聖を、星宮那由多を下したことで格が跳ね上がっていた。不思議な話であるが、たった一度の勝利が格付けとなることがスポーツにはままある。
技術が伸びたわけではない。
身体能力が跳ね上がったわけでもない。
ただ、勝利のみが、
「私はね、一番強くないと気が済まないのよッ!」
「ふひ!」
理屈を超えて傑物を生む。
準決勝で敗れた青陵の橘、龍星館の遠藤は歯を食いしばる。強くなった。強くなり続けている自負はある。
それでも時に思うのだ。
「士ィィィイッ!」
「ふじゅるゥ!」
残酷なまでの才能、その違いに圧し潰されそうな気持となることが。
鶴来美里、九十九すず、どちらも有資格者。
桁外れの才能がありながらも怠惰で、そのくせ負けず嫌いが強過ぎて、コツコツと積み上げた那由多に敗れ一度は卓球を捨てた。年頃の女の子っぽい生活を続け、リア充を演じて分かった。自分にはやはり、ここしかないのだと。
卓球しか、ないのだと。
どれだけ苦しくとも、どれだけ辛くとも、死ぬほど負けたくなくても、それでもいつかは負けなきゃいけなくても、其処にいないよりはいい。
それを知ったブランクであった。
鶴来美里には必要な挫折であった。彼女を本当に意味で卓球へと向き合わせたのは星宮那由多が与えた敗北であり、それによって生まれた空白である。
それが新たに鍛え抜かれた名刀『吉光』の強き輝き、その理由。
だからこそ――
「ひひ、見えたァ」
「……っ」
九十九すずは深淵へと引きずり込む。深く、深く、苦しめたなら、まだ彼女には鍛えが足りていない。必ず落ちると、そのほころびが見えたから。
彼女は強くなった。
二枚看板を下し、女王に相応しい貫録を、格を身に着けた。
それでも海は知る。彼女の奥底に潜む、一度逃げた弱さを。
引きずり込み、あらわとする。
「鶴来!」
「……いつまで、こんな、無意味な」
苦しみの果て、
「いつまでも」
「……あっ」
あの強靭なメンタルを誇る青柳循子すらも飲み込んだ深き海。試合が進めば進むほど、長引けば長引くほど、海は深く、荒波がうねる。
永遠にも思えるラリー、何てことのない球を打ち損じる。
たった一点、切り替えなければ、そう焦り、足掻き、藻掻く。
それらはすべて海の底へとつながっていた。
「田中さんに感謝しねえとな。うちは最高の選手を競合せず手に入れられたわけだ。さあ、ぶちかませ。一年坊にはまだ早いってこと、教えてやれ」
見学に来ていたプロの監督がエールを送る。
天下を取れる器だ。
そう思ったから会ってすぐ、面倒を見ようと思った。
有栖川聖、星宮那由多、そして鶴来美里、其処に――
「っしゃあああああッ!」
咆哮する九十九すずが、並んだ。
「……」
顔を真っ赤にして、歯を食いしばりながら敗北を味わう美里は、殺意むき出しの眼ですずを見つめていた。すずはそれに笑みで返す。
「すず!」
「……勝ったよ、きりちゃん」
新人戦優勝、能登中央の九十九すず。
「……やっぱすげえな、すずさんは」
「小春だって……ううん、違う。まだ遠いけど、絶対に追いつくから」
「ああ。そうだな」
明菱の面々が、多くの学校が見守る中、新女王からまた新たな女王が王冠を奪い取った。取り返して見せろ、そう不敵な笑みを浮かべながら。
ちなみに団体戦は波乱なく龍星館が勝利を収めた。ダブルスもいつも通りの犬猫ペア、その鉄板は今もって崩れる気配すらない。
個人戦とて準決勝には一人、準々決勝までなら鶴来、九十九、橘以外の五名はすべて龍星館で埋まっていた。やはり総合力には大きな差がある。
「んじゃ、会場移動するわよ」
「はーい」
だが、まだ明菱の大会は終わっていない。
女子の部と並行して行われている男子の部、これがまだ途中であるはずなのだ。男子の方が人数が多く、進行に時間がかかっているためまだ終わっていない。
ゆえに今から移動し、もう一人の部員、その結果を見届けるのだ。
きっと勝ち残っている、そう信じて。
○
「まあ、連絡ないからそういうことだってのはわかってたけどねえ」
会場に移動した明菱の面々、その視線の先には――
「不知火湊ォ!」
準決勝で龍星館の志賀十劫と戦う不知火湊の姿があった。
「はは!」
今回はしっかりと勝ち残っている。
その上で――
「……調子よさそうですね」
「ええ。見ての通り――」
女子は石山に任せ、男子は黒峰が見ていた。
その黒峰が苦笑してしまうほどに、
「絶好調です」
今の不知火湊は神がかっていた。
久しぶりに彼の卓球を見て部員たちが絶句するほどには。
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