第68話:スポーツの秋

 食欲の秋、読書の秋、そして――

「あれ?」

 スポーツの秋。

 某県ジュニア卓球選手権大会、冬の祭典である全日本選手権大会(ジュニアの部)に繋がるとても重要な入り口こそが今大会である。

 ジュニアカテゴリーゆえに中学生も一部参戦しているが、当然大人顔負けの龍星館産、湊らも足しげく通うクラブ所属の選手ばかり。

 とは言え基本的には高校生主体である。

 不知火湊も夏の勢いそのままに参戦。見事勝ち上がり、

「……あれ?」

 トーナメントの御山、その決勝手前で敗れ去った。

 ちなみに山は男子八、女子四であり、湊の成績は一応ベスト十六、となる。

 そして残念ながら、あと一歩で決勝リーグに届かず、

「負けると思ってなかっただろ?」

「……」

「だから負けるんだよ」

 龍星館、志賀十劫を前に惜敗した。これで湊が冬、全国の舞台へ上がることはない。鮮烈な復活劇は、あっさりと絶たれてしまったのだ。

 ちなみに真の決勝リーグは四強、八強のリーグ戦は冬の国際試合への招待枠をかけたもの、である。どちらにせよ届かなかったのだが。

「ありゃー……どんまい」

「ま、確かに相手は強かったぜ」

「小春は哀しいのです」

「……つ、次があるさ」

「……くそぉ」

 同日、同会場の予選ゆえに皆の見ている目の前での敗戦であった。

 不知火湊、男泣き。

「……う、売り出せねえよぉ」

 こっそりと撮影に勤しんでいた菊池修平も困り顔、である。


     〇


「やっぱあれじゃない? 彼女にうつつを抜かしてるから負けたんでしょ」

「……」

 会場の隅で体育座りをする湊に、同じ大会の女子の部で参加する鶴来美里は追い打ちをかけていた。湊、沈黙しながらも傷つく。

「途中まではよかった。けれど、志賀先輩の死に物狂いの追い上げをかわし切れず、最後は完全に自滅。勝とうとして前に頼るの丸わかりだった」

「……」

 もちろん大会に参加する星宮那由多も追撃に加わる。

 卓球に関しては容赦ない。

「実戦経験不足」

「それそれ。女子とばっかりやってるからぁ」

「……ぅぅ」

 調子は悪くなかった。しかも男女同じ会場で同日、同時で進行される大会である。皆でワイワイと、楽しくやれていた。卓球を楽しむ、そのテーマは完遂出来ていたと思う。だが、志賀十劫との戦いは少し違った。

 同じ前中後で戦うオールラウンダー。黒崎豹馬ほどではないが強靭なフィジカルと長く卓球を続けて培ったテクニックを併せ持つ猛者である。

 侮っていたわけではない。中学時代は一度も負けたことはなく、今も山口徹宵の陰に隠れているが、それでも強い相手だと言う認識はあった。

 ただ、予想以上に粘られた。食らいついてこられた。

 『楽しい』が削られ、負けたくない、負けられない、と言う想いが見え隠れしてから、卓球が狂った。最後は昔の強かった頃の自分に頼ろうとして、完全に読み切られたカウンター返しでゲームセット。

 終盤、何一つ良いところがなかった。

「しかも何か試そうとしてたでしょ?」

「それ。練習で出来ていなかったはず。試合を練習に使おうとして、それで負けていたら本末転倒。猛省すべき」

「……もう、許してよ」

 折角の実戦、男子と戦う機会はあまりないので、この際色々と試しちゃえ、と実験していたら、足元をすくわれた形。

 いや、実験していた時はよかったのだ。精度はともかく、志賀十劫相手も翻弄出来ていた。問題はやはり、勝負の際。

 勝ち上がり、決勝リーグまであと一歩。その一歩、勝ち負けの際で、負けたくない、勝ちたいと言う想いが自分を縛り、動きを鈍くさせた。

「ナユタン遊んどらんで行くで」

「はい」

「美里、明進の意地見せてくれよ」

「はいはい」

 ちなみに星宮那由多、鶴来美里両名は当然の如く決勝リーグへ歩を進めていた。女子の四強はこの二名と有栖川聖、そして同じく龍星館一年の遠藤愛。これには会場がざわついた。組み合わせの妙はある。それでも並み居る強豪を押しのけ、この四強まで這い上がって来たのだ。夏、心砕け、ボロボロであった彼女が。

 明菱の面々も大躍進した。

 特に香月小春と紅子谷花音は破竹の勢いで勝ち上がったが、香月小春は九十九すずと共に有栖川聖の魔法にかかり、手も足も出ずに敗れた。あれだけの強さを見せつけた二人が、あれよあれよと言う間に点をかすめ取られていく様は、魔法としか言いようがない。魔女の真骨頂を見せつけられた。

 花音も頑張った。総体の県予選で敗れた竜宮レオナにリベンジをかまし、このまま勝ち上がるか、と思っていたところをくだんの遠藤愛に阻まれてしまった。

 死闘を征した勢いそのままに、青陵の橘を飲み込み遠藤愛が四強入り。

 さすがは龍星館、である。

 小春も、花音も十六強。上位陣の壁は厚い、と言うか一般でも力を示し続ける有栖川聖や星宮那由多がいる時点で、彼女たちと当たるかどうか、みたいな部分はある。

 神崎沙紀は鶴来美里に三十二強の段階で敗れた。それとて大躍進、部長の面目を何とか保つ。

 そして、

「王子……最高」

「実質優勝でしょ、これ」

「汗が煌めいているわ」

 これまたくじ運の妙、円城寺秋良が明菱勢唯一の八強入り、と言っても運が凄かっただけではなく、今日の彼女は乗りに乗っていた。

 何と龍星館のレギュラーである趙欣怡を破って勝ち上がったのだ。これには会場がどよめいた。親衛隊はよくわからないがとりあえず号泣した。

 その後きっちり鶴来美里に敗れてしまったが、それでも出世頭なのは間違いない。いの一番に姉や家族に連絡している様は微笑ましかった。

 今は親衛隊のせいで調子に乗り過ぎているが――調子に乗っている時の秋良はこれで相当強いのだ。格好つければ付けるほどに調子も上がると言う謎っぷり。

 青陵の橘を含め、強豪四名とのリーグ戦を勝ち抜けば国際招待試合への参加権を得ることが出来る。全国デビューである。

 いやまあ、佐久間姉妹としてはすでに全国区ではあるが。

 明菱としては初。

「勝ちなさいよ!」

「気合いだ気合!」

「小春は小春が負けたからわりとどうでもいい」

 必死に応援する沙紀と花音、それに対し小春の目の死んだ様と言ったら、一種の芸術ではないかと思えるほどに死に絶えていた。

 勝ち上がる自信しかなかったのだ。四強相手にも戦える自信がある。星宮那由多、鶴来美里、彼女たちを倒すために鼻息を荒くしていたのに――

「コーチ」

「なんだい、香月。駄目なコーチだけど」

「小春、なんであの人に負けたの?」

「……」

 香月小春は納得していなかった。それは九十九すずも同じ。彼女にしては珍しく明らかに苛立っていた。負ける気がしていなかったのだろう。

 今の小春と同じく。

「代表候補で、全一の女王だよ、あの人は」

「あの豚よりも弱い」

(豚って……ひめちゃんかぁ。まあでも、確かに――)

 湊の目でも有栖川聖の卓球はよくわからない。正直、卓球だけ見たらジュニアはともかく、一般で勝ち上がっている選手には見えない。強いは強いが、星宮、鶴来、姫路のような凄味があるかと問われたら、そうでもないような気もする。

 実績的にはそんなわけがないのだが。

「つるちゃんよりも、弱い」

「……え?」

 実際、国内はともかく国際戦ではあまりパッとしない戦績ではあるが――

 そんな中、巨大な歓声が巻き起こる。

 皆の視線がそちらへ集中した。其処には、

「っしゃあ!」

 ガッツポーズをする鶴来美里。そして、天を仰ぐ有栖川聖の姿が在った。カメラのシャッター音がさく裂する。フラッシュも瞬く。

 まさかの、

「お先失礼、那由多」

「……美里ッ」

 女王の首を刎ね、生まれ変わった名刀が真の輝きを魅せた。

「……はは、凄いな。あいつ、一気に駆け上がるぞ」

 幼馴染の復活、それに湊は笑みを浮かべてしまう。どうしたって感情移入してしまうのだ。同じく一度、ドロップアウトした者同士だから。

 しかし、彼女は立ち上がり、元プロの教えを乞い必死に這い上がって来た。鍛え上げ、叩き上げ、ようやく帰って来たのだ。

 幼馴染の中で最強だった女王様が。

「見たか、湊!」

「こっちも試合中だっての」

 波乱の決勝リーグ。そして波乱は続く。

「……参ったね」

 古豪、青陵のエースである橘は苦笑いを浮かべる。まさか、よもや、これほど早く、新勢力が台頭するとは思っていなかったのだ。

 その一助を担ってしまった、それを少しだけ悔いる。

「っし!」

 明菱一年、円城寺秋良。何と強豪ぞろいの第二リーグを征し、国際招待試合への切符を掴んで見せた。

 明菱卓球部を売り出そうとしている菊池君、ご満悦である。

 そして――

「もう、魔法は効きません」

「……さよけ」

 鶴来美里と同じく、星宮那由多もまた女王を下す。今まで一度も公式戦で勝てていなかった相手に、あっさりと勝ち切った。

 そして二人の決戦は、

「まだ、たった一回だから」

「……うん」

 明進、鶴来美里が勝ち切った。

 新女王爆誕、それと同時に龍星館の王朝が揺らぐ。絶対的な二枚看板、それがいたから龍星館は最強の王者であった。

 夏に敗れてなお、その下馬評は最強のまま。

 だが、とうとう二枚看板まとめて美里が引きずり下ろした。

 この地区の勢力が今、いや、日本の勢力が今塗り替わろうとしていた。


 そんな夏より暑い、スポーツの秋。

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