第69話:現状を打破せよ
「有栖川聖が負けた!?」
魔女が県予選で散る、という波乱の展開。まだ星宮那由多であればわかる。彼女も公式戦ではほぼ勝てておらず合口はよくないが、それでも実績は互角に近い。だが、もう一人の鶴来美里に関しては完全にノーマークであった。
特に県外の者たちにとっては寝耳に水。
「鶴来美里の情報を集めろ!」
総体県予選で星宮那由多と白熱した戦いを繰り広げた、と言っても所詮は県予選の話。その後北信越でも転んでおり、当然全国的には無名の選手である。
だが、その実力は本物。何しろ有栖川聖のみならず星宮那由多すらも下し、県一位での堂々通過を果たしたのだから。
「小学生時代、県では結構有名な選手だったみたいです。ただ、大会嫌いというか、負けず嫌いをこじらせて、というか積極的に大会参加せず、全国的には無名。その後、一度卓球をやめ、再開。しかも進学先の明進には元プロの――」
卓球専門誌でも当然、彼女の話題で持ちきりであった。たった一度の栄冠、それがすべてをひっくり返すこともある。
「確かスウェーデンリーグで活躍していた選手だったか。今は公立校で先生をしながら指導者を……いやはや、すごい時代になったもんだ」
「他県からも指導者を慕い選手が集まってきていますので、まあ公立と言いつつも半分私立みたいなもんですよ。少子化の折、何処も生き残りに必死ですし、公立だって生徒数の減少は死活問題。何でもしますわな」
「まあ、裏技なら結局私立が勝ちますがね」
「違いない」
ただ、やはり学校の総合力に関しては予選の成績を見ても龍星館が圧倒的であり、他の追随を許さないのは個人の部の結果を見てもわかりやすい。
「鶴来美里の特徴は?」
「バックハンドドライブが持ち味ですね。居合切りみたいなフォームからの超スピードドライブ、これがほんと全然返せない。フィジカルトレも積極的に行い、夏よりもさらに威力が増し、あの二人ですら何度も抜かれていました」
「有栖川選手はラリーが強み、というわけではないからともかく星宮選手ですら、か。高校から伸びる子はいても、ここまで無名な子は本当に珍しい」
「しかもとある筋の情報によれば……練習試合で青森田中の姫路美姫を下したとか」
「姫路選手を!? ジュニアの三位までを総なめ、と来たか」
「本物だぁ」
この調子なら当然、来年は全日本にも顔を出す。一般の猛者たちに混ざり、どういう結果を出せるかは未知数であるが、少なくともそこでもトップクラスである三名を破って見せたのだから、否が応でも期待は高まってしまう。
もしかしたら中国勢を切り崩せる選手となりうるかもしれない。
皆がそんな妄想にふける中――
(参ったなぁ)
実は復活の不知火湊、という題材に魅力を感じ、今回こそは王者が帰ってくる、と取材に行った。それなのにものの見事に先々へ繋がらぬところで敗れ去った湊くんのせいでもにょる記者。おかげで美里の情報は集められたので怪我の功名だったが。
本命はドボン、彼に付随する明菱の面々もかなり見どころはあったのだが、残念ながら全国紙で県予選の健闘などを載せることはできない。
というか誰だって新女王の情報を知りたいはず。
記者目線では悪くなかった。負けた相手だってあの志賀十劫、女子と違い全国最強格ではないものの、全国区の強豪である男子龍星館の二番手である。最近上り調子であるし、明らかに不知火湊対策も積んできていた。
全国有数の選手が、全力で対策を打ち潰した。
しかも僅差。
成長している。ただ総体県予選の時もそうだったが、くじ運が悪かった。悪すぎた。よりにもよって手前で山口徹宵、志賀十劫と当たるなど――
(持ってないよなぁ)
結局、人が見るのは結果である。そういう意味で不知火湊率いる明菱は印象が薄い。頑張っているが、名が広まるほどではない。
それが歯がゆく、期待していた者として悔しかった。
○
「……美里からの自慢話、うざいなぁ」
神崎沙紀作成の取説によって姫路美姫は落ち着いたが、その後怒涛の勢いで美里からの自慢話が増えた。やれ取材を受けただ、やれ撮影が入っただ。
まあ完全な嫌がらせである。
何せ――
「……負けかぁ」
不知火湊はものの見事に敗れ去ったのだから。
前回、山口徹宵に敗れた時とは意味が違う。あの時は明らかに準備不足で、フルセット戦う体力もなかった。今回は厳しい夏を乗り切ったおかげでフルセットしっかり戦えたし、体力的な面では何の問題もなかった。
しっかり戦えた。その上で負けた。
だから、
「……」
思っていたよりも堪えていたのだ。勝ちに固執し過ぎたら元の木阿弥、意味がないことは重々承知しつつも、それでも心はなかなか立ち直ってくれない。
それは彼だけではなく、
「おいチワワ、今の雑だぞ」
「小春チワワじゃないもん」
「今更そこかよ」
花音や小春、
「昨日までの元気はどこ行ったのよ」
「……その、一人で全国出たことないので、意識したら急にお腹が」
「このへたれ王子めが」
「ぅぅ」
沙紀や唯一結果を出した秋良まで、どうにも振るわない状況が続いていた。このままでは翌月にある新人戦も苦しい。
地獄の夏合宿を乗り切った結果、それなりの成果は出た。が、それは望むほどの高さではなく、改めて壁の高さを痛感する羽目になっていたのだ。
そんな光景を黒峰は眺めながら、
「……ふむ」
少し考えこむ。
○
「おいおい、卓球部覇気がねえなぁ。やる気ないならスペース寄越せ」
「うるさいやい」
お隣さんのバド部から強請られながらも、やはり微妙に気の抜けた状態の明菱卓球部。それは日を跨いでも変わらず、であった。
其処に、
「集合」
女帝の一喝が入る。
明菱卓球部、いそいそと黒峰の周りに集まる。ビビり倒しながら。
「どうにも振るいませんね。不知火生徒、理由を教えてください」
「え、その、やはりみな、悔しかったのかな、と。それでモチベが――」
「何を他人行儀な。原因は貴方以外にあり得ないでしょう?」
「……へ?」
突然の名指し。やる気が落ちているのはみな同じ、自分だけが原因とは思わないが、黒峰が冗談を言っている雰囲気はない。というか冗談などこの人は言わない。
「未熟なこの子たちの指針は貴方です。その貴方が無様にも敗れ去った。それで皆は迷っているのです。本当にこの道は正しいのか、を」
「……っ」
黒峰はさらに強い語気で続ける。
「勝負事です。絶対に勝てとは言いません。ただ、終盤の醜態は目に余るものでした。追い詰められ、焦り、最後はかつての自分にすがる。貴方の弱さ盛り合わせ。こんな背中をこの子たちはどう追いかけると言うのです」
「……」
その通りとしか言いようがない。執念で食らいつかれた。黒崎豹馬と違い、少しでも粗い技術に関しては逆に利用され、手札の数を有効に使えなかった。使わせてくれなかった。そのあとはもう、見苦しい様しか見せていない。
その通りなのだ。
あんな背中に目指す価値はない。
「新人戦、勝てとは言いません。ですが、この子たちが憧れるに足る背中を見せてください。強いコーチの存在が、この子たちの背骨です」
「はい!」
湊は燃える。少し己惚れていた。あの黒崎選手に勝ったのだ。そんじょそこらの選手にはもう負けない。勝てる。
それがよくなかった。そもそもあれは自分有利な条件、本当の勝負ではない。あのまま続けていれば負けていたはず。
だからこそ――
「では、龍星館へ出稽古に行ってきてください」
「はい! ……はい?」
「すでに先方には話を通してあります。放課後からになりますが、ここから新人戦までの間は龍星館へ入り浸ること」
「こ、こっちの、練習は?」
「こちらで上手くやっておきます。ご心配なく」
黒峰の返しに、
「「「え?」」」
これまた寝耳に水の四人組。コーチ不在で練習が回るとは思えない。何しろメインの多球練習は湊の超絶テクによる球出しが肝なのだ。
だと言うのに、
「すでに決定事項です。龍星館での経験を活かし、強くなってきてください。それが巡り巡って、この子たちの成長にもつながります」
「は、はいぃ」
良いのか、となりながら逆らえず返事をする湊。
途方に暮れる四名。
何とも言えぬ空気が明菱卓球部に流れていた。
○
翌日、早速出稽古へ訪れた僕を、
「ようこそ龍星館へ。ささ、こちらへ」
以前も案内してくれた乾さんが笑顔で迎えてくれた。この笑顔はもう完全に転校を視野に入れたものである。取り込んでやる、そんな気配が見て取れた。
まあ、実際に僕はまだ一年、転校しても試合で使うことはできるし、何よりも敵じゃなくなる、というのが大きいだろう。
さらに言えば、徹宵、それに志賀さん、そこに僕が加わったら、そりゃあまあ県内はもちろん、全国でもいい線行くとは思う。
これは驕りでなくて、たぶん本当のこと。
「うちの練習は厳しいよ。合同練習はあくまで試合のおまけ、あれがうちの本当の姿だとは思わないほうがいい」
「そうなんですか?」
「もちろん。君も楽しめると思う」
「はぁ」
笑顔の乾さん、そして――
「ようこそ、地獄の壱丁目へ」
あの徹宵が、志賀さんが、体力自慢の選手たちが、吐きそうな顔をしながらのたうち回る地獄の光景。僕はすぐさま帰ろうとしたけれど、
「ようこそ」
乾さんに連れていかれてしまった。
「湊ォ!」
明日、学校行けるかなぁ。
○
(た、確かに黒峰先生も上手くなったけど)
球出し役を買って出た黒峰による多球練習の最中、部長である神崎沙紀は何とも言えない表情で彼女の球を返していた。
一本調子過ぎる。より実戦に近づけるため、湊はいつも球に意図を込めたランダム性を付与していた。回転数を多く、少なくしてみたり、軸を変えてみたり、速さを変えてみたり、様々な変化を加えていた。
もちろん適当ではない。そこには意図があるし、だからこそ狙いから外れた時、狙い通りに行った時、それが何故そうなったのかがわかりやすかったのだ。
それを黒峰にやってくれ、と言っても酷な話。
やはり湊がいなければ――
「不満ですか?」
「え、いや、そんなことは……」
「顔に出ていますよ。皆さんも」
びくりとする花音たち。
球出しを止め、黒峰は皆へ視線を向ける。
「いい機会ですから言っておきましょう。不知火湊がこれからずっと、あなた達に付きっきりで卓球を教えてくれる。そんな都合のいい未来はありません」
「「「「っ」」」」
黒峰はそう断言する。
「元々頂点をつかんだ才覚、それに正しい努力が載れば、必ず開花します。そう遠くない未来、先日鶴来美里が飛翔したことと同じことが起きるでしょう。彼が望む、望まずにかかわらず、単なる学生コーチとして在れる期間は残り僅かです」
「こ、コーチは小春のコーチだもん!」
「それはあなた達も同じこと!」
「わふ!?」
強く、相手の発言を区切る。二の句は継がせない。
「卓球選手の旬は早く、短い。同世代がすでに世界で戦っている、そういう特殊な環境なのです。あなた達も、もし先を目指すのなら、改めて覚悟しなさい。自分で成長できる環境を勝ち取る、それが強い競技者の必須条件です。与えられるものではない。その程度の認識でいるから、先の大会で後れを取ったのです!」
「「「……」」」
(まあ、私は勝ったけど、さすがに空気読も)
黒峰は再び皆を見渡し、
「ここから先、結果を出したいのならよく考えることです。与えられた残り僅かな素晴らしい環境、それをどう使うか。それが失われた時、あなた方はどうするのか。このひと月、必死に考えて私に示してください。私にできることはやります。ですが、今あなた達が感じている通り、それで足りぬのなら――」
自分たちで埋めろ。
要はそろそろ不知火湊頼りから脱却し、自らの足で歩けと彼女は言っているのだ。湊を龍星館に送り込んだ最大の目的は、きっとこちら。
彼の不在を作ることこそが黒峰の目論見であった。
「しかと考えなさい。されど時間は有限です。それを忘れぬよう」
全ては明菱卓球部の面々を、次のステージへと連れていくために。彼女らがこれ以上の成長を望むなら、これ以上の結果を求めるなら、やはり必要であるのだ。
自立し、戦うことが。
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