第67話:きくしら

「久しぶりだな」

「ん、ああ、夏休みだったしな」

「そう言う意味じゃねえよ」

「……?」

 明菱恥部四天王の一角、草加宗次が夏休み明け、唐突に湊へ声をかけて来た。別に休日一緒に遊ぶ間柄ではないし、御無沙汰なのも当然のことであるのだが。

 何故か怒り心頭である。

(ま、まさか……ひめちゃんの件が漏れたんじゃ)

 湊はよくわからな過ぎて深読みする始末。

「おいおい、草加。変な絡み方するなよ。あ、不知火には土産あるぞ」

 またも恥部四天王が一角、菊池修平が現れた。ご無沙汰である。

「俺には!?」

「お前のもあるよ。ほい」

「やったぜ!」

 写真を一枚放り投げ、それを性欲が滲む表情でキャッチする草加。なかなか見るに堪えない表情であろう。写真と言う時点で女の子のことしか頭にない模様。

 まあ湊の立場でも菊池の写真ならそう思うだろうが――

「……え?」

「プール監視員のバイトに落ちたけど、諦め切れずにプールサイドで自主監視した上、摘まみ出された時の写真な」

「……」

「令和は甘くねえからな。風呂の覗きとかもやめとけよ」

「ぴえん」

 写真一枚で蹂躙された草加を見て、湊は戦慄する。

 この『土産』、想像しているような緩いものではない。

「不知火はこっちな」

「……どこ、土産だ?」

「能登」

「ふ、ふしゅる」

 湊の背筋に嫌な汗がにじむ。ありえない、そう思っていても、渡された写真を裏返し中身を確認するのが恐ろしい。

「どうしたんだよ。確認してもしなくても……中身は変わらないぞー」

「お、おう」

 心の中で南無三、と叫びながら裏返す。

 其処には、

「ぴょっ!?」

 姫路美姫の頭を撫でながら保健室で介抱する不知火湊の姿が明瞭に映っていた。明菱だけに。どう見ても、これは普通の関係ではない。

 湊は恐る恐る、菊池へ視線を向ける。

 笑顔の彼は、

「おめでとう、不知火。何とは言わないけどな」

 邪悪に口角を上げる。弱み、握ったぞ、と言わんばかりに。

「あ、ありがと。何か、わかんないけどさ」

「あっはっは」

「あっはっは」

「何笑ってんだよ、二人とも。俺はこの写真に傷抉られて、泣きたいってのに」

 泣きたいのはこっちだよ、と湊は心の中で叫んだ。そっちは今更クラスメイトにバレたところで痛手はない。何せそもそも評価がマイナスに振り切っているのだ。自分も同列に見られているのは業腹だが、醜聞なら評価は変動しない。

 それならいい。

 問題は常人の界隈ならば祝福されるべき話、いわばプラス評価となるものである。だが、ここで問題なのがこの学校が自称進の中でも微妙な位置で、あまり彼氏彼女と言う関係が見受けられない、見られても一軍連中だけ。

 そういう学校で、そういうクラスだと言うこと。

「……要求は何だ?」

 湊は草加に気取られぬよう菊池の耳元で囁く。

「いやいや、そんなのないよ。友達だろ?」

 実に白々しい返答。そんな話、湊は微塵も信じていない。

「まあ少しだけあとで話あるんだけど、いい?」

「嫌って言ったら?」

「ご想像にお任せするよ」

「……くそ」

「……?」

 草加だけのけもの、ただ傷を負わされただけの男は首をかしげていた。

 その近くで、

「書き出しは……借金取りに身ぐるみ剥がされた勇者が裸で王に懇願する、と」

 髭パイセンが原稿用紙に小説をしたためていた。今どき珍しいアナログスタイル、これこそが文学なのだと言う雰囲気だが、書いているのは意外とカジュアルな模様。見た目と作風のギャップが意外と大きいのかもしれない。


     〇


 休み時間、男子高校生二人がトイレの個室を占拠していた。傍から見れば明らかにヤッている感じだが、当人同士は真面目な話をするつもりらしい。

「取材?」

「そ、卓球部の取材をさせて欲しいんだよ」

「菊池は写真家だろ?」

「部活は新聞部、と言うのは建前としても、今どきの写真ってやつはストーリーが必要なんだよ。綺麗な画を撮ればいいって時代じゃない。絵の世界もそうだろ? 中身じゃないのさ、今求められてるのは。物語だ」

「……で、なんで卓球部なんだよ」

 菊池は湊へ数枚の写真を見せる。

「……香月と、紅子谷、か」

「この子たち、お前に近い匂いがしたぜ。結構いいセン行くんじゃねえの?」

「……たぶん、な。と言うか、香月が戦ったのは国内最強クラスで、紅子谷だって強豪校のエース級、それこそ青陵の橘さんぐらいの実力者に勝ったからな」

「でも、知名度はない。だろ?」

「まあ、それは今後嫌でもついてくると思うけど」

 実力はかなり上がって来た。それこそ驚くべき速度で。ただ、結局スポーツの世界は結果が全て、日の目を見るには大会で活躍せねばならない。

 特に卓球は、ぱっと見では才能がわかり辛く、メンタル面を見るには実戦経験が無ければ話にならないから。

 素晴らしい素材、と言うだけでは価値がない。

「早い方が良くね、って話。ちょっと調べたけど、卓球ってこの世代で代表クラスのやつもいるんだろ。高1の秋、一から積み上げるにはちょっと悠長じゃね?」

「……それは、そうだけど」

「同じ結果を出しても有名人とそうでない者じゃ、当然前者の方が扱いはいいぜ。卓球もプロリーグ出来たんだろ? なら、尚更さ。興行だもんな」

「……お前に何のメリットがあるんだよ」

「先物買い。何事も先駆者の方が強いってのは世の常でな。値が上がるって確信できる被写体なら、先に手を付けておきたいんだ。誰が見ても俺だってわかる形でな」

 我欲全開、だが、下手に綺麗ごとを吐かれるよりはずっといい。

「悪いようにはしないさ。それに結局、何をしたって結果を出さなきゃ何の意味もねえのは、お前が一番よく知っているだろ、佐伯湊君」

「……」

 変なことせずとも一からでも充分間に合う。間に合うが、卓球選手の寿命が短いこともまた事実。反応速度は二十過ぎれば下降していき、三十までには一線級で戦うのが難しくなってくる。野球、サッカーの選手寿命は年々伸びているが、卓球はなかなか厳しい。反応を司る眼だけは、どれだけ手を尽くしても抗えないから。

 早ければ早いほどいいのは間違いない。

 実戦経験の面でも、上へ行けば行くほど機会が増える。しかも、この地区には龍星館がいて、全国の舞台へ顔を出すのは極めて難しい。

 他だって鶴来美里も、九十九すずもいるのだ。

「俺はその手助けをする。俺のために。理解、オーケー?」

「……あいつらに迷惑をかけたら、絶対に許さないぞ」

「もちろん。その辺は信じてくれよ。俺もカメラで飯を食っていきたいんだ。名を上げるってのは、名を懸けるってこと。俺は本気だぞ」

 普段の菊池修平は微塵も信じられないが、カメラを握った彼は信じられる、ような気がした。それに彼の言うことにも一理ある。

 知名度は人を、モノを、金を集める。

 プロにとって実力に次ぐ必要な要素かもしれない。

「一緒にあの子ら、売り出していこうぜ」

「……ほどほどにな」

「馬鹿。やるなら全力さ。それに……不知火湊にとっても良い話だと思うけど」

「……?」

(俺が撮りたい、と思ったのはあの場じゃ四人だけ。女の子専門だし、お前の彼女には怖気が奔ったよ。化け物だ。でも……腹立たしいんだが、一番撮りたいと思った被写体は、やっぱ不知火湊なんだよなぁ。女の子大好きなのに)

 湊には見せていないが、菊池は龍星館にも潜入していた。そして、黒崎豹馬との試合を見てしまった。人生最高の一枚、山口徹宵との試合を容易く超えてくれた。香り立つ上質な気配。感性が言う、こいつを撮れ、と。

(だから、お前の分はおまけしといてやるよ)

 それに打算もある。今の二人に価値はない。だが、其処に価値を付与する方法があるのだ。とても簡単に、一石二鳥のやり方で。

 すでに絵図がある。自分含めて全員をぶち上げる絵図が。

「あのさァ! こっちはクソ漏れそうなんだよ! クソしねえなら出てけよ! 下痢だぞ、こっちは! いいのか、オラァ!」

「……し、しまった。埋まってたのか」

「道理で隣から匂い立つわけだ」

「早く出ろや! オオン!」

 トイレはクソをするところ、個室を不法に占拠することはやめましょう。トイレの法に反します。

 ちなみに申し訳なさそうに『二人』で個室から出ると、クソ漏れ寸前の男子生徒は一気に青ざめ「き、気にすんなよ。今は令和だから、な」と言って個室へ駆け込んだ。どうやら話し声が耳に入った程度で、二人とは思っていなかったらしい。

 トイレの個室、男二人、何も起きないわけがなく――

 後日、

「きくしら!」

「いえ、しらきくですわ!」

 おぞましい会話が一部界隈で繰り広げられることになるのだが、別の話。


     〇


「王子ィ! 愛してるゥ!」

「ハハ、頑張るよ」

「汗吸いてぇえ!」

 ひと夏を経て王子みが増した円城寺秋良の親衛隊が応援に駆け付け、裏でこそこそ写真を撮る菊池修平と、中々混沌とした景色となって来た明菱卓球部。

「へえ、あの子も魅力増してきたなぁ。撮り甲斐あるぅ」

「格好良く撮ってくれ」

「ひゅー! サービス良いねえ!」

「菊池ィ!」

「なに?」

「焼き増しください!」

「そんなちゃちなことせずとも……ごにょごにょ」

「……天才か」

「王子たちの魅力、発信していこうな」

「合点でい!」

 さらに王子親衛隊をも取り込み、何か謀を考えている様子。黒峰辺りは露骨に眉をひそめているが、菊池の件は湊が了承済みの旨を伝えてある。

 多少の抑えにはなる、はず。

「攻め方、かなり良くなった。綺麗過ぎるところもあるけど……それはこだわりなんだろ? なら、同じコース、同じ回転で、もっと速く、だ」

「了解!」

 王子の魅せプ、もとい丁寧で美しい(自称)卓球は、姉との戦いからより強い自覚と信念を手に入れ、彼女独自のものとなりつつあった。攻めの大元が姉である佐久間夏姫だとは誰も思わない、ぐらいには。

 恒例の多球練習、輝く汗、引くほど荒くなる呼吸、どんどん表情が曇り、歪み、美意識でギリギリ保った秋良以外、最終的に――

「……あらら、最後の方は使えんね、こりゃ」

 苦笑する菊池。自分的にはこういう本気が極まった光景は好きなのだが、大衆受けする絵ではないし、彼にとってここからの戦いは就活の一環。

「よくやるなぁ。まあでも、結果は出しそうで安心するよ」

 やるからには本気で、一発当てにいく。

 この素材を使って。


     〇


「なんじゃこりゃあああああ!」

 菊池修平プレゼンス、明菱卓球部売り出しプラン第一弾、ブログの作成。最初の記事の見出しが、元神童不知火湊(旧姓佐伯)率いる明菱高校卓球部、である。

 第一弾の主役は完全に自分、他の面々はバーターで紹介されているだけ。しかも、どこで入手していたのか黒崎豹馬と湊のツーショットもある。

 既存の知名度に全力で乗っかる姿勢、恥も何もあったものではない。

「あ、あの野郎、い、いや、でも、僕が役に立っているから、いいのか? でも、これじゃあみんなが色物過ぎる。最初はそんなもん? 本当に?」

 さらにブログを広めるため、各種SNSを駆使し練習風景などを小気味よい音楽と共にショート動画で流すなど、様々な手法が使われていた。

 あとから聞いた話だが、こっちは親衛隊の手によるものらしい。明らかに円城寺が盛りだくさんなのはそれが理由。

「美里から……恥を知れ、恥を。うるさい、僕も知らなかったんだよ」

 どうやら初動からそれなりに広まっている、っぽい。

 少なくとも卓球界隈には。

「あ、黒崎さんからも……最高! もっと盛り上げましょ、か。あの人がそういうなら、なんかよかったような気がしてきた。たぶん」

 もはや湊にはよくわからない世界の出来事となった。

 どうにでもなれ、不知火湊は考えることをやめた。

 それに――

「……あいつ、やっぱいい写真撮るよなぁ」

 ブログに掲載されている写真は、湊の目から見ても皆の良いところがしっかりと映し出されていたから、何も言えなくなってしまう。

 この活動が続き、結果も出せたなら、何かに繋がるような気がしたから。

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