第62話:棚からおっぱい
終わってみれば三勝二敗の僅差。例えばダブルスで小春、花音の上振れを狙っていれば勝敗は覆ったかもしれない。姫路美姫が無事であればダブルスでも出張り、やはり勝ち目は潰されていたかもしれない。
もし、はキリがないのだ。
それにこれは所詮練習試合、本番ではない。
(来年には活きのいい新人が高等部へ上がってくるだろうし、そうなったら佐久間はともかく私はレギュラー落ち、層の厚さが強豪たる所以ってね)
高校としては夏の総体が本番。その時にはまた、姫路のような新人が中等部から現れるかもしれない。彼女ほどじゃなくとも優秀な人材を山ほど抱えているのが名門というもの。新チームの脇の甘さは期待できない。
「存在もしない者に期待するな。今は私たちが青森田中だ」
「……顔に出てた?」
「ああ」
青柳はみどりの表情から考えを推察し、苦言を呈する。自分も、そして先輩たちも思い悩んできた名門青森田中と言う看板を背負うに足る者か、と言う問いかけ。龍星館が現れ、愛知勢が復権するまでは一強だった卓球王国。
しかし近年はそうなっていない。今年ようやく栄冠を奪い返したが、それは続けねば真の奪還とは言えない。
「少し話してくる」
「誰と?」
「不知火湊」
だが、それ以上に大事なこともある。プロを目指す者、大学まで続ける者、高校でやめる者、様々な目指すべき場所は在ろうが――
「神崎先輩、どんまいです」
「もっと慰めてぇ。丁重に、丁寧に、心が、心がぁ」
「意外とめんどくせえな、沙紀さんも」
「小春も慰めてェ!」
「まぜっかえすな、チワワ」
所詮は部活、健康を害したりメンタルを崩したり、心身をすり減らしてまでやる必要はないと青柳は考えている。
勝利のためには今のままが良い。
それでも、
「失礼、荷物を引き取りに来た」
「……主将、もう少しだけ、あと半年ぐらい、贅沢言いませんからあと一年、思い切って十年、このままこっちにいたらダメですかね?」
「駄目に決まっているだろ」
「そんなぁ」
この怪物には必要なのだ。
「ところで不知火、ぶし何とかの質問で恐縮なのだが……彼女はいるか?」
「僕ですか? え、かの、え!? な、聞き間違い、ですかね?」
心をすり減らして、身体を切り刻んでしか戦えぬ者には――
「いや、聞いた通りだ」
「……い、いませんけど」
「彼女は欲しいか?」
「ま、まさか!?」
不知火湊、この突然降って湧いた機会に衝撃を受ける。自分は青柳循子のことをよく知らないが、地味な顔つきだがスタイルは良い。卓球と言う共通の話題もあり、その上で彼女にはあまり嫉妬する心が湧かないのだ。
強いが、何処か諦めている部分もあるから。
春が来た、湊に迷いはなかった。
「欲しいです!」
力強く、欲望の赴くままに。だって仕方がない。男子高校生だもの。
「主将、いや、青柳ィ! どういうつもりですかァ!?」
ぶちぎれた姫路美姫。顔が怖い。
「姫路」
「あン?」
「お前、彼氏いるか?」
「み、湊君の前で……いるわけねーでしょーがァ!」
「そうか」
その瞬間、青柳は切れ散らかす姫路の首根っこを引っ掴み、
「じゃあ、付き合え」
不知火湊の前に放り出す。
「「は?」」
きょとんとする二人。ついでに明菱の面々も唖然とする。少し離れたところにいる青森田中、能登中央の面々もびっくら仰天。
指導者である大人たちも目ん玉を見開いていた。
「お互いフリー。そして不知火湊は奇遇にも彼女募集中だそうだ。まさか男に二言はないよな? あるわけないよな?」
「へ、へい。ありやせん」
青柳の有無を言わせぬ圧。
「姫路はこれでもモテるぞ。黒崎のアホもそうだが、月一回は告白されているほどだ。まあスポ専のアホばかりだが……姫路はどうだ? 不服か?」
「ふ、不服は、ないでですけど、その、いきなりで、すっぴんだし」
「気にするな。私は常にすっぴんだ」
「そ、そういう話じゃ」
「なら、振っとくか?」
「ありえないです」
「だそうだ。と言うわけでうちの姫路をよろしく頼む。はい、握手」
青柳が無理やり二人の手を握らせる。契約完了、とばかりに。二人は顔を真っ赤にしているし、青柳は無表情だし、他は呆気に取られている。
そんなどさくさに紛れ、
「彼氏彼女なら日々連絡を取り合うべきだな。困ったことがあればお互い相談するといい。何たらケアは大事だぞ。それでは末永くお幸せに」
メンヘラがヘラる最大の要因を取り除いた主将青柳。その疾風怒濤の、光速を、神速をも超えた攻めの速さは、全ての常識をも凌駕した。
「……か、彼女、ひめちゃん、が」
「あ、あんたね、私と小春と光が傷ついてんのに、何横でちゃっかり彼女ゲットしてんのよ。ありえないでしょ、常識的に考えて!」
「断固反対! 小春は断固反対!」
「……し、心底どうでもいい」
時間差で大騒ぎとなるが、時すでに遅し。
「……青柳ぃ、めちゃくちゃやってんね」
剛腕で全てを片付けた青柳に、鈴木みどりら同期は若干引いていた。
「今のままじゃ三年も持たん。不安定さがもたらす爆発力は魅力だが……部活動にそこまでは必要ない。あいつはプロ志望でもないからな」
「まあ、夢はお嫁さんだっけ?」
「それを入部の挨拶で言う馬鹿だからな。それに不知火としても悪くない話だ」
「面は良いからね。おっぱいもデカいし」
「違う。姫路美姫は不知火湊のためならば卓球を捨てることが出来る。家庭を築くなら……どちらかは夢を諦める必要があるからな」
「……え、そこまで?」
「墓場まで面倒を見てもらうさ。何も言わずとも一度しがみついたら姫路がそうする。これで私たちも一安心、だ」
怖気が奔る策略。
しかし、姫路美姫ならば、そうなるのではないかと言う恐ろしさもあった。
何しろ早速、
「とりあえず、なゆちゃんと……美里ちゃんにも連絡しておこーっと」
驚きが喉元を過ぎ去り、ウッキウキとなった姫路はすぐさま外敵を打ち払うため、布石を打ち始めていたのだ。しかも仇敵にちゃん付けして。
すでに彼女の中ではあれだけ嫌っていた鶴来美里すら敵ではなくなっていた。色んなものが載っていた天秤に、湊一人が載っただけで全部吹き飛んだのだ。
「な、なんか急展開だね、すず」
「ふひひ、だねえ。でも、嬉しそうで、よかった」
「あれ、すずは不知火さんのこと憧れてたんじゃないの?」
「憧れてる。でも、別に、付き合いたい、とかじゃない」
「そ、そっかぁ」
蚊帳の外の能登中央はとりあえずよくわからないが祝福する。
一方、明菱は――
「このクソリア充が! 死ね! 今すぐ腹切って死ね!」
「普通弟子である小春を慰めて、そのままの流れで小春と付き合うべきだと思うなァ、おかしいなァ、あの女小春倒した敵なんだけどなァ!」
当然、突然彼女を手に入れた湊をボロカスになじる声で溢れていた。まあ、主に二人だけだが。大変醜い光景である。
湊は呆けたまま、であったが、
「……湊君」
その声が彼の心を覚醒させた。
「佐村先輩」
彼女欲しさに愚かのことを口走ってしまった。そりゃあ彼女は欲しい。男子高校生だもの。仕方がない。だけど、違う、そうじゃないのだ。
真の愛とは、ここにある。
「僕は――」
今こそこの想い――君に届け。
「おめでとう!」
「――くひょ?」
「可愛い彼女さんだし、すっごくお似合いだよ!」
「……」
不知火湊、見事轟沈。
そしておっぱいとドM(メンヘラ)の彼女をゲットした。
めでたい。
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