第58話:姉妹対決
(っぶなぁ。結構強いわ、この人ら)
(……前の二人はモノが違うとして、平均がこれだけなら普通に強豪でしょ)
結果は青森田中が3-1で勝利を手にした。だが、一セット取られたことやかなり多彩で巧みなサーブに――
「二年の」
「神崎沙紀、かぁ」
同じ二年、青森田中の門を叩いたと言うことはそれなりの自信と覚悟を持ち、今もその辺の強豪校相手なら自分たちどころか二軍でも勝てる。それが全国トップ校の選手、である。そんな彼女たちとそれなりに渡り合う。
特に少し実力で劣る相方の強みを生かし、試合を組み立てた二年生の方はこれから先も幾度か顔を合わせる気がした。
もちろん、先の二人のような突き抜けたモノは見えなかったが。
「息抜きに自主練はしてるんだけど、やっぱり人と練習しないと駄目だねえ」
「サーブは相変わらずキレッキレだったけどね」
「沙紀ちゃんのおかげだよぉ」
「光の実力実力」
負けた。でも、手応えがなかったかと言われたなら嘘になる。最近、練習試合を組みまくって実戦経験を増やし、強豪ともそれなりの回数戦った。少しずつ、距離が近づいている感覚がある。負けはしたけど、遥か彼方ではないと言う実感を得た。
経験を精査し、その都度しっかりと咀嚼する。
(私も、やれる)
その繰り返しが『秀才』神崎沙紀の血肉となる。
「光ちゃん、惜しかったね」
「光先輩、な。礼儀を忘れんなチワワ」
「光ちゃん先輩?」
「テメエは何故ちゃんを付属させんだよ」
「……?」
何言ってんだこいつ、みたいな顔を双方がする。
「ごめんね、みんな」
「大丈夫っすよ。ダブルスはまあ、あんまり練習していないんで」
「秋良ちゃんが勝つ! そうでしょ、秋良ちゃん!」
「誰が出て来ても楽な相手じゃないよ、青森田中は。強い三年が引退して戦力は落ちても、全国トップレベルなのは変わりないわけで」
「花音ちゃんだけが勝ったら調子に乗るでしょー!」
「……そっち?」
ろくでもない小春に若干引きながら、円城寺秋良はスタンバイをする。姉が出てくるとすればみどりのところか、ここしかない。頭とケツは決まっている。
ただ、青森田中内での序列は秋良にはわからない。姉は確かに全国区の選手だったが、自分ほどではないがシングルスでの戦績はあまりよくない。経歴だけなら上の選手は山ほどいるだろう。中等部からの持ち上がり組もいるわけで。
「円城寺生徒」
「何ですか、先生」
「杞憂です。貴女の望む相手が、出てきますよ」
「……そう、ですか」
鉢巻をぎゅっと引き締め、自分と同じ顔が卓球台の前に躍り出る。
「佐久間ァ!」
「負けたら罰走だぞ!」
「みどりの敵討ちだ! やったれ!」
「うっさい!」
味方の声援を受け、佐久間夏姫が現れた。外部入学、まだ一年だと言うのにすっかり馴染んでいるところも姉らしい。
何よりも、やはり華がある。
いつだって格好いいお姉ちゃん。
秋良にはそう見える。
「新たな自分を見せつけてきなさい。貴女の場合は勝ち負けではなく、戦うところからです。全力で……いいですね」
「はい。やってみます」
円城寺秋良は、佐久間秋良は今まであらゆる勝負事でただの一度も姉に、佐久間夏姫に勝ったことがない。
それは一種のトラウマ。刻み込まれた呪いのようなもの。
「秋良ァ、勝てよ!」
「一人勝ちにさせたら許さないから!」
「まったくこの子は。秋良が勝とうが負けようがあんたが負けて、花音が勝った事実は変わんないでしょうに」
「相手がぁ、相手がぁ」
「よしよし、小春ちゃん。泣かないで一緒に応援しようねえ」
人が自分にとっての大一番、と言うところで、まともに応援しているのは花音ぐらいのもの。あとはぐずる小春に振り回されている。
ただ、そのいつも通りの、らしい姿が――
「久しぶり、秋良」
「やあ……夏姫」
『円城寺』秋良の背を押す。
「……何その口調。昔の私の真似?」
「さあね。これでも女子の人気は高いよ」
「普通に男子好きなのに女子にモテてどうすんのよ。まったく、中二病は中学で卒業しとかないと……痛々しいだけだってのに」
「……そう言うんじゃ、ないし」
一人で見知らぬ土地の高校デビューをするにあたり、一応姉を参考にした事実はあるが、今は結構板についている、と本人は思っている。
姉が捨てたのなら、堂々とオリジナルを名乗っていく所存。
「真剣勝負はいつ以来?」
「たぶん、初めてだよ」
「……そか。それがわかってるなら……やろうか、真剣で」
「……そのつもりさ」
姉は変わった。昔は王子様のような短く整った髪型だったのに、今は伸ばし始めたのか肩近くまで伸びている。一方の自分は昔の姉と同じ髪型。
気後れする。
「私、強くなったからね」
「……私もさ」
かつて佐久間姉妹と呼ばれた二人、佐久間夏姫対円城寺秋良、開戦。
〇
万能型ドライブマンとオールドスタイルなカットマン。ここ十年卓球界では右も左もドライブマンばかり、と言うのが大会の日常である。多彩な戦型は漫画の中だけ、カットも扱えるドライブマンはいても、カットで耐え忍ぶ従来のミス待ち戦術はほぼ見られなくなった。メジャー対マイナーの構図。
だと、
「……っ」
「っし!」
誰もが思っていた。
「今、佐久間の妹……前に出てドライブ打ち込んだ、よね」
「佐久間妹ってカットだけのイメージだったけど」
佐久間秋良の幻影、腐っても全国区であったことで青森田中の面々ならば記憶の端程度には残っている。周囲でもそうなのだ。
ペアを組んでいた姉は当然、
「……やっぱり、ね」
驚く、と思っていたがそれほど驚いているようには見えない。
(当然だ。お姉ちゃんには映像貰ってるし、予想はされていたはず。でも、ここまで平静なのは……やだな)
自分の新境地である一人佐久間姉妹。黒崎との対戦で湊が見せてくれたそれを、自分なりにチューンアップしたのが今の、カット主体のオールラウンダーである。
今までのスタイルを捨ててまだ日は浅い。発展型とは言え、習熟に関しては不安がある。何よりも攻め手に関しては目の前の姉が参考文献なのだ。
果たして今の自分は通じるのか、不安は過る。
「メンタルに難ありかぁ? 佐久間妹」
「元々そう言う選手だった」
鈴木と青柳は秋良の惑いを見逃さない。当然、対峙している姉も、
(すぐ顔に出すな、秋良)
気づいている。
サーブからツッツキ、ドライブ、カット、と繋がりそこですぐに夏姫は落点の深いドライブ、からの返って来た球を浅くツッツキで返す。
「基本に忠実、カットマン殺しは前後の揺さぶりが肝だから。すずも嫌でしょ?」
「……?」
「……すずが例外だったの忘れてた」
カットマン対策はいくつかあるが、最も有効なのは前後の揺さぶりとされる。人間、意外と左右は省エネでも動けるのだが、前後に関してはどうしても動きが大きく、強くなり、体力を大きく消耗してしまうのだ。
其処に左右を織り交ぜて、かき乱せば――
「ぐっ」
「甘い!」
主導権は揺さぶった側のもの。基本待ちのカット主体には辛いところである。もちろん容易くそうさせないために、秋良も回転を強めたり、あえて弱めたり、コースを、落点を、揺さぶられて苦しい中でも創意工夫はした。
それでも、
「私が誰と組んでいたか……思い出した?」
「……おねえ、夏姫」
「秋良が私を知っているように、私も秋良を知っている」
佐久間夏姫は揺らがない。最近では中々対戦の機会もないカットマン。対策が疎かになる者も少なくないが、彼女に限ってそれはありえない。
卓球に触れてからずっと、隣に希少種がいたのだ。
「強くなった私を……教えてあげる」
共に戦う中で、その強みも弱みもすべて把握している。
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